
商用軽自動車(ガソリン)のスーパーハイトワゴン「N-VAN」を電気自動車(EV)にしたホンダ「N-VAN e:」が昨年の秋、発売された。モデルラインアップは、一人乗り、タンデム2人乗りのようなプロ仕様から、一般的な2~4人乗りモデルまで4タイプ用意されている。今回、一般ユーザー向けスタンダードタイプとなる「e:L4」を試乗したので紹介したい。
モノを積んだり運んだりする軽商用車ミニバンは、コンパクトで、四角くて、そして頼もしい。注目したいのが想像以上に快適なところだ。「N-VAN e:」はバンと言っても、単に鉄板で空間を覆ったような、音も乗り心地もそれなりというわけでなく、「N-VAN」をベースにEVらしい静粛性や乗り心地のよさがきちんと生かされたクルマに仕上がっている。さらに、動的な性能面については、とりわけ加減速の性能でいうと、たくさんの荷物を積むことを想定して開発されているため、申し分はない。つまり、荷物のみならず乗る人にもやさしい軽バンとして造られており、その完成度は侮れないものとなっている。
2024年に発売される半年前には、ヤマト運輸と最終検証と称した実証実験を行なっている。その「答え合わせ」によって得られた走行性能と機能性は、法人はもちろん、個人ユーザーにとっても満足できる内容に仕上がっている。空間のアレンジ力と電気の制御能力により、実用性を極限まで高めていると言っても過言ではない。
今回、訳あって、この「N-VAN e:」に久しぶりに八丈島で試乗する機会を得た。太平洋に囲まれた八丈島の面積は約70km²、周囲は約59km。ひょうたん型の島の北西部に八丈富士が、南東部には三原山があり、碧い海を眺めながらドライブを楽しめる。しかも、ワインディングあり、アップダウンありで、八丈島に生息する木々や植物に囲まれながら南国情緒をたっぷり感じられるドライブとなった。最大航続距離245kmを誇る「N-VAN e:」は、全長3395mm、全幅1475mm、全高1960mmのスーパーハイトワゴンで、EVといえども、ガソリン車と変わらない低床大容量空間と実用動線が確保されている。特筆すべきは、助手席側のドア開口部。センターピラーがないため、フロントドアとスライドドアを開けると特大の開口部が生まれるのだ。
また開発のスタートが商用バンだったということもあるのか、デザインは加飾による承認欲求型ではなく、無機質な機能追求型を選んだというのも正解。コンテナのように無駄が削がれた空間のデザインは引き算から始まり、ユーザーが使いたいように足し算をして仕上げていくところが楽しい。ところで「N-VAN e:」のデザインはガソリン車の「N-VAN」をEVにしただけだと思うなかれ。「同じデザインでもよかったのですが、こだわってしまいました」とデザイナーが話していたとおり、シンプルで視認性の高いメーター類やセンターモニター周辺のデザインもガソリン車とは異なる。
シフトは「N-VAN」のレバータイプからボタン式に換えてスッキリ。ドアにあったウインドウスイッチもエアコンなど使用頻度が高いスイッチ類とともにセンターに集約され、ドライバーの左手が届きやすい位置に配されている。おまけに内装は、樹脂ながら少しも見劣りするものではない。コンテナをイメージした空間の壁面には、タテのラインを施すことで傷が目立ちにくく、道具っぽさも強調されている。また、助手席側の前後ドア間にあるピラーを無くしたため、助手席用のシートベルトはフロントドアに装備されているのも面白い。
シートは、長時間の運転と頻繁な乗り降りに配慮し、腰まわりのサポート強化と乗用車同等のシート骨格が採用されている。聞くと、これもドライバーの身体の負担軽減を目指した結果だという。ちなみに、前席はシートヒーターも標準装備となっており、後席はどちらかと言えば座ることより畳むとペタッと収まるアレンジ性が優先されている。プロユースらしい割り切りも潔い。
走行性能にもこだわりが詰まっている。「N-VAN e:」の走りについては申し分ないどころか、細かなチューニングにより乗る人・使う人にとってやさしい仕様になっている。一般的に、最新のEVは、アクセルを踏めばダイレクトにタイヤを転がすし、時には唐突すぎるほど加速を見せるモデルもある。しかし、この「N-VAN e:」は普段使いのしやすさが特徴で、ダイレクトな加速はそのままに出足はマイルドという自然な感じがいいのだ。ちなみに「N-VAN e:」のパワーとトルクは64PS/162Nmでこれは「N-VAN」のガソリンターボ車と比べて「N-VAN e:」のほうが60Nmほど大きい。トルクが大きいほうが当然、加速性能が優れている。
今回は、島の北部の八丈富士をぐるりと巡るように、島一周道路を走り、途中、アップダウンのあるワインディングも走行した。そこでは、坂道で強めの加速やアクセルの踏み足しを何度も行なったが、アクセルの付き感はマイルドながら私が求める加速はしっかりと得られた。ところで八丈島は、主要道路はきちんと整備されていて、東京都であることを思い出した。路面もとてもきれいだった。しかし、少しメインロードを逸れると、道幅は狭く路面が荒れているところもあった。そんな路面では、さすがにロードノイズが聞こえやすくなったものの、乗り心地が損なわれることはなかった。
ところで、このクルマは減速(ブレーキ)にも特徴があるということを発見した。ブレーキの効きがいいのは当たりまえというか、最近では普通のこと。注目したいのは、絶妙な減速フィーリング。ガソリン車は走った分だけエネルギー(燃料)を消費するばかりだが、EVは減速エネルギーを活用して電力としてバッテリーに回収できる回生ブレーキシステムが使えるのも特徴だ。「N-VAN e:」には減速エネルギーを多く回生できるシステムが搭載されており、しかもブレーキペダルを一気に緩めても、パッと離しても「ガンっ」という衝撃を感じることがほとんどない。
積載している荷物を守る目的で、ブレーキの効き始め(初期)の減速Gの立ち上がりを抑えながら確かな減速も得られるという制御技術が素晴らしい。ちなみに「N-VAN e:」のシフトパネルには「D」の下に、より強い減速が得られる「B」モードを選べるようになっているが、効き始めるタイミングの“効かせ方”のフィーリングは変わらない。今回も景色のいい山間部の下り坂では「B」モードを積極的に活用した。アクセルを緩めたり(回生ブレーキが効く)、踏んだり(加速)するだけの”ワンペダル“ドライブを安心して楽しむことができた。
幾重にも続く、曲率も大小あるコーナーでは、床下にバッテリーを積んだ低重心の車体が遠心力によって不安定になる様子もなく、だからといって足下をスポーツカーのように固められているわけでもなく、安定感とともにしなやかに走った。はたして、今回、島の北部を18kmほど走行した際の電費は17.5kWhで、航続可能距離は87kmを表示していた(※航続距離は走行状況により変動するためあくまで参考値)。八丈島での平均速度はゆっくりだったことも電費には効いたと思うが、それでも日常的に日産「サクラ」に乗っている私の体感を重ねてみても10kWhをはるかに超える数値には正直驚かされた。
「N-VAN e:」は、軽EVとしては大容量の29.6kWhを搭載しており、航続距離は245km(WLTCモード)を誇る。これは配送車として荷物を満載し、ドライバーがエアコンをケチらずに使って夏や冬に使っても100km以上を走れる性能を逆算し、このバッテリー搭載量=航続距離になったそうだ。充電時間は普通充電(6kW)で約4.5時間、急速充電では(50kWで80%まで)約30分ほど。
航続距離に対する考えは使う人の環境や使い方次第。自宅充電がおすすめだが、それ以外にも利用スタイルにフィットすれば、軽EVも大いに選択肢になり得る。荷物にも人にも優しい「N-VAN e:」は他メーカーの軽EVに乗っている私から見てもとても気になる一台だ。
■関連情報
https://www.honda.co.jp/N-VAN-e/
文/飯田裕子(モータージャーナリスト)