
FCNTが誇る「arrows」シリーズは、その卓越した堅牢性で知られている。その信頼性でもある、神奈川県の本社オフィス内に構える地下実験室が、「arrows Alpha」の発売前に、メディアに初めて公開された。
この秘密のベールに包まれた施設は、ただの実験室ではなく、「壊れにくい」というarrowsのアイデンティティを形作るための、徹底した試験が行われる、不可侵領域とも言える場所である。
本記事では、そんなFCNTの地下実験室にて行われている、耐久性を担保するための過酷なテストについて、見学できたエリアを紹介していく。
「arrows」の堅牢性を支える耐久試験の数々
FCNTの地下実験室では、arrowsの特徴である堅牢性を実現するため、多岐にわたる厳格な耐久性試験が行われている。これらの試験は、現実の使用状況を想定して設計されている。
代表的な耐久試験としては、以下のものが挙げられる。
・1.5mコンクリート面落下試験:専用装置にセットされた端末が、1.5mの高さからコンクリート面に落下させられる。これは、日常生活で発生しうる落下をシミュレートするものである。
・円錐落下試験:40cmの高さからディスプレイに向けて金属製の円錐を落下させ、ディスプレイの耐衝撃性を確認する。見学したこの試験では、金属が打ち付けられてもディスプレイは無傷であった。
・Vビット落下試験:ディスプレイと本体の境界付近に先端が鋭利な金属を落下させる試験である。ディスプレイの隅が落下時に割れやすいことを考慮し、角度をつけて行われる。金属が打ち付けられた本体には凹みができることもあるが、ディスプレイは表示に問題なく無傷であることが確認できた。
・3点曲げ試験:スマホ本体の両端を金属の部品で保持し、中央部分に丸い先端の金属部品で圧力を加える試験である。これは、ズボンの後ろポケットにスマートフォンを入れた状態で座った際の圧力を想定している。
・繰り返し落下試験:端末を何度も落下させることで、繰り返しの衝撃に対する耐久性を評価する。
その他にも、ねじり試験、点圧迫試験、角曲げ試験といった多角的な負荷試験が実施されている。
FCNTは、フィーチャーフォン時代から携帯電話の堅牢性に取り組んできたが、スマホの時代においては、ディスプレイの保護が最も重視されるようになり、試験内容も時代に合わせて変化しているという。
また、昨今相次ぐモバイルバッテリーの焼損事故を受け、FCNTでは落下した端末の外装だけでなく、内部へのダメージも綿密に確認するなど、安全性への配慮を重ねている。これらの試験を通じて、arrows Alphaは、米軍用規格「MIL-STD-810H」に準拠し、IP6Xの防じん性能やIPX6/8/9の防水性能といった高い耐久性を実現している。
基本性能と独自機能の徹底検証
FCNTの地下実験室は、耐久性試験だけでなく、スマホの基本的な機能やarrows独自の機能の検証においても、重要な役割を担っている。
・通話機能の試験:ダミーヘッドに開発中のスマホを持たせて、マイクやスピーカーの音量が適切であるか測定する設備が整えられている。さらに、スピーカーで鉄道や施設内の騒音・雑音を流しながら、騒がしい環境でもしっかり通話できるかといった通話品質のテストも行われる。実際、arrows Alphaでは、騒音下での通話でも、クリアな音声で会話ができた。
・無線通信の評価:地下にある施設は、外部の電波の影響を受けないため、無線通信の評価に非常に適しているとのこと。FCNTでは、無線の開発をすべてこの地下で行っており、通信の品質はスマホに不可欠な要素として徹底的に検証されている。
・近距離無線通信(NFC)の開発:あまり遠くまで到達してはいけない「近距離無線通信」の設備もここで開発されている。特に「FeliCa」はその一つで、実験室にはバスや改札で使用されるFeliCaリーダー、さらには新幹線のグリーン車のチケットをかざすリーダーが並ぶ。FeliCaの速度性能を実現するためには、ミリ単位での細かな調節が必要であり、その精緻な作業の賜物であるとされている。
・電波暗室:端末のアンテナの強弱を評価するための電波暗室も備えられている。ここでは、人が端末を手に持った時や通話時に耳に端末を近づけた時にどのような特性になるかといった、実使用状況下でのアンテナ性能が確認されている。
・耐水性能とハンドソープ洗い:arrowsシリーズの特徴である、ハンドソープで洗えるという機能も、この施設で試験されている。FCNTの開発メンバーが自らの手でスマートフォンを洗って性能を確かめるという。壁には洗った回数が記録された紙が貼り付けられており、合計1000回以上も手洗いのテストを行う。途中で内部に水が侵入すれば原因を突き止め、また洗い直しとなるため、場合によっては3000~4000回も洗うことになるともいわれる。
レノボグループ傘下となった現在、ディスプレイやカメラといった「スマホの基本的な部分」の試験はレノボ・グループに任せている一方で、この地下実験室では日本市場向けの独自機能や、FCNTらしい機能のテストが集中して行われている。
開発の歴史と未来への展望
FCNTは元々、富士通の携帯電話部門から始まった企業であり、フィーチャーフォン時代から端末の堅牢性には一貫して取り組んできた。2021年4月にポラリスグループに事業移管され、その後2023年5月に経営破綻したものの、同年10月からは中国のレノボグループの傘下で事業を再開している。
現在、FCNTはレノボグループのグローバルな調達力などを活用しつつ、スマホや携帯電話の開発を続けている。しかし、体制が変わっても「arrows」ブランドなどで重視してきた堅牢性へのこだわりはしっかりと受け継がれており、この地下実験室はその象徴と言えるだろう。
2025年8月28日には、この堅牢な耐久性と最新のAI機能を備えた新型スマートフォン「arrows Alpha」が発売されている。FCNTの“地下室”は、単なる試験施設ではなく、ユーザーが安心して長く使えるスマートフォンを届けたいというFCNTの強い思いと、その技術の進化を支え続ける、まさに「arrows」の品質の原点であり続けている。
取材・文/佐藤文彦