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プライベートジェットで抹茶を買い付けに!?日本の抹茶をめぐる争奪戦の舞台裏

2025.08.31

最近、ちょっと興味深い通訳案件の依頼をいただき、数日間、出張に出ていました。クライアントは海外の飲食ベンチャーで、関係者6人の来日に付き添い、京都、鹿児島、静岡のお茶農園を訪問して抹茶の買い付けの商談に同席するといった内容でした。なんと本州-九州間はプライベートジェットで往復すると言われて仰天! これが世界を股にかけるビジネスエリート層のやり方か……と内心慄きながら通訳業務に専念していました。

いま、世界は空前のMATCHAブーム。農林水産省によると、2024年の緑茶輸出額は364億円という過去最高額で、今年は上半期だけ見てもさらなる増加が確実です。世界的な需要はこれからもさらに増え続けると予想されていますが、お茶の生産者や業者からはうれしい悲鳴が……と思いきや、なかなかそうとは言えない状況になっているようです。

エキゾチックで健康的なイメージが大人気

「抹茶」と聞くと、日本では茶道のような伝統的なイメージか、抹茶味のアイスやスイーツなどを思い浮かべる人が多いでしょう。前者はなんとなく敷居が高くて日常からは少し距離があり、後者は安価で手頃で人気の加工食品、という感じでしょうか。

抹茶味キットカットやポッキーは何年も前から海外の友人に持っていく定番のお土産だったのですが、当時はまだ抹茶が特別視されていなかったため、「グリーンティーチョコレート?ふーんちょっと変わった味だね」と、生ぬるいリアクションが返ってくることもしばしばありました(涙)。

今ではTikTokやInstagramで自宅のキッチンでMorning Matchaを淹れる動画が無限に流れ、東南アジアやドバイや欧米諸国で抹茶はすっかりスタンダードなものになりました。ひと昔ほど前まではスタバのテイクアウトカップを持ち歩くことがおしゃれの象徴とされていましたが、いまや意識高い人の必須ドリンクのようになっています。

抹茶にはカフェインが含まれていますが、リラックス作用のあるテアニンも含有しているので、コーヒーのように数時間後に眠気が襲ったりする「カフェインクラッシュ」を起こしにくいと言われています。研究では睡眠の質が改善されたり、認知機能の一部に効果があったりすることも分かってきていて、さらには抗酸化物質が豊富なことからアンチエイジング効果も期待できるという、いい事づくし。これは確かに毎日飲みたくなるわけだ!

ロサンゼルスで人気の超高級スーパー「Erewhon(エレウォン)」では『バニラ抹茶スムージー』や抹茶とアボカドをアーモンドミルクなどとブレンドした『マッチャカドスムージー』など、型にハマらない(というか最初から型というものを知らない)クリエイティブが炸裂した組ドリンクが販売されています。気になるお値段を現在のレートで(おそるおそる)換算すると……一杯3000円。いま、私はなぜかすごく後悔しています。

海外のウェルネス志向の人々にとって、鮮やかな濃い緑色の抹茶はもはやステータスシンボル。パウダー状にした抹茶は品質によって色が異なり、最も高級ランクの抹茶は目が覚めるような深くて鮮やかな緑色。茶道の儀式で使われるため、海外では『セレモニアル・グレード』と呼ばれますが、それほど高品質なものでも実際にはカフェなどでカジュアルに楽しまれる場合も少なくありません。

飲み物だけでなく、『抹茶火鍋』や『抹茶バターステーキ』など、とにかくあれにもこれにもMATCHAを組み合わせようとする勢が続出中。あまりのフリーダムに、さすがの私もタジタジ。邪道だとまでは言わないけど、そもそもそれおいしいの……?

飲んだり食べたりするだけでなく、抹茶成分を含んだスキンケアやコスメ商品まで売れるようになっているとか。日本の抹茶がここまで注目されるのは嬉しい反面、このままでは私たちが日常的に飲む煎茶の生産にも影響を及ぼすかもしれません。

そもそも日本のお茶の生産量のうち抹茶が占める割合はたったの6%。そもそも大量生産・大量消費が前提にない農産物なんです。お茶の木を植えてから葉を摘めるようになるまで5年かかり、生産者の高齢化や後継者不足も懸念されています。

去年の秋から一保堂茶舗や丸久小山園などの老舗店が当面の間、販売数に制限を設けると発表し、海外メディアからも抹茶不足の深刻化を危惧する声が上がるようになりました。そうこうしている間に中国から宇治抹茶の模倣品などが続出しており、何百年もの歴史を持つ老舗ブランドは頭を抱えているようです。

日本の抹茶を守るために必要なこと

今の抹茶の動きを見ていると、これまでにもアメリカを中心に世界で爆発的に人気を集めては消えた『スーパーフード』と似ているかもしれません。例えば、南米アンデス山脈一体で生産される穀物『キヌア』は栄養価が高くて低カロリーであることから、2010年代に欧米で人気に火がつき、「2013年はキヌアの年」と国連が宣言するほど社会現象を巻き起こしました。輸出量も価格も急上昇し、キヌアを主食としている原産国ペルーの人々、特に貧困層の間で深刻なキヌア不足が一時問題になったのです。

その一方で、キヌアの生産者(特に組合を作って卸業者との交渉力を付けた人たち)の生活は豊かになり、子どもを大学に送ることができた、初めて家に電気が通った、などという例も多数あります。現在は世界のキヌアブームは10年前と比べると下火になっていますが、ペルーは今でも世界最大のキヌア輸出国のままです。しかし、近年アメリカやカナダなどでもキヌア生産が始まったことにより、ペルーからの輸出量はここ数年間、なだらかに減少を続けています。

こういった事例を追っていると、言い方は悪いかもしれませんが、日本が誇る抹茶もいつか世界の自由市場の餌食になってしまうのではないかと心配になります。経済的な発展と、需要とバランスの取れた供給をどう取ればいいのかが今後の大きな課題になりそうです。私たちが日本の消費者として何かできることはないのでしょうか。

前述の商談のために訪れた宇治の老舗抹茶卸店の代表の方が「これはあくまで僕の想像なんですけどね」と前置きしてから話した言葉が今でも心に残っています。

「今、環境破壊や地球温暖化のせいで自然がどんどん失われているでしょう。もしかしたら抹茶の人気ががこんなに高まっているのは、人々が本能的に『緑』を求めているからなんじゃないかと思うんです。今後も抹茶の需要は伸び続けるんだとしたら、我々もそれをどうお客様に提供できるのか、真剣に向き合っていかなきゃいけないと思うんです。」

そう言って店主が点ててくださったお抹茶は、口の中から身体の隅々までゆっくりと染み渡るような深い味わいでした。

文/キニマンス塚本ニキ
東京都生まれ、ニュージーランド育ち。英語通訳・翻訳や執筆のほか、ラジオパーソナリティーやコメンテーターとして活躍中。近著に『世界をちょっとよくするために知っておきたい英語100』(Gakken)がある。

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