
アスリートを支える声援という名のエール。アスリートにとってそのエールが大きな原動力となる一方で、残念ながら応援の名のもとに誹謗中傷が起きてしまうこともある。そんな中で今、私たちができるアスリートへの応援とは。
第1回はママさんハードラー、陸上競技選手の寺田明日香さんと考える。
寺田明日香(てらだ・あすか)
1990年北海道生まれ。100mハードルでインターハイ・日本選手権3連覇などを達成。引退・結婚・出産後にラグビーへの競技転向を経て2019年、陸上競技へ復帰、東京2020オリンピック競技大会で同種目21年ぶりとなる準決勝進出を果たす。23年には日本歴代2位(当時)の12秒86という自己記録を更新。2025年いっぱいで第一線から退くことを表明した。
『明日香がんばれー!』名前呼びの声援が大きな力に
爽やかな笑顔とショートカットが印象的なハードラー、寺田明日香さん。早くからその才能を開花させつつも一度は引退し、結婚、進学、出産、さらには女子7人制ラグビーに競技転向する形での現役復帰、そして陸上競技へ再転向。その後も当時の日本記録を樹立し、東京2020オリンピック競技大会で準決勝に進出するなど、波乱万丈な競技人生を送る中で、常に後押しになったのが、応援してくれるファンの存在だ。
「レーンに並んで選手紹介される時、他の選手よりひときわ大きな声援があがると『よっしゃ、頑張ろう!』って気合いが入りますね。『明日香がんばれー』って名前を呼んでいただくのもすごくうれしいし、それ以外でもいろんなところで声かけていただくことが多くて、そこで交わす何気ない会話の中から、ポジティブなパワーをたくさんもらっています。応援のお礼にサイン入りのオリジナルカードを渡せるよう、常備しています」
中でも印象に残っているのが、特にナーバスになっていたという東京2020オリンピック競技大会の頃の出来事。新型コロナの影響で大会開催が危ぶまれた時期で、目標が定まらず、精神的に最もきつかったそう。
「そんなある日、電車で向かいに座っていたお姉さんがそっとメモを渡してくれたんです。そこには『頑張ってください、応援しています』って書いてあって。開催が決まらず、目標が定まらない時期でもあったので、踏ん切りがついたというか、この出来事がきっかけで、気持ちのスイッチが入りました。その手紙は今もスマホカバーの下に入れているんですが、そういう文字のメッセージの応援もパワーになります。お手紙はいただくことが多いんですが、全部とってありますね」
うちわやコール、エンタメ的応援も大歓迎!
とはいえ、中には心ない声に傷つくこともあるはず。そんな時は?
「気にしすぎない! あと試合前は、投稿はしてもSNSは極力見ないようにしています。普段からエゴサーチもしません。見にいくならもうネガティブな声があるという覚悟で。私の場合、100個いいコメントがあっても1個きついことがあると崩れてしまう気がする。だから自分からはリーチしにいかないんです。でも娘がこっそり『ママ、こう言われていたよ』みたいな告げ口してくることはありますけどね。彼女は逆に楽しんでいる感じで。世代なんでしょうね(笑)」
では、明日香さんへのエールはどう届けるのが良いだろう。
「競技場での応援、声掛け、最近はアイドルの推し活みたいにうちわに名前を書いてくれたりする方もいて、それもモチベーションが上がります。SNSならタグ付けするとか、コメントを残してくれるとかDMとか、直接的に届くとすごく嬉しいです。あと、一アスリートとして、個人に限らず、競技に関するポジティブな情報は、どしどし発信してほしいなと思います。選手たちのモチベーションアップにもつながると思うので」
チャンスがきたら、チャレンジする道を選ぶ
復帰後も次々と記録を塗り替えてきた明日香さんだが、今年限りで競技者の第一線から退くことを表明。様々なキャリアを経験してきた彼女だけに、今後の活躍にも期待が集まる。
「何をしようと完全には決めきれていないのですが、それも私らしいのかなと。一つのところにとどまるというよりは、たくさんの方と関わりを持ちながら、その時々で必要としてもらえることを精一杯やるっていうのがいいのかな、と考えているところです。
アスリート視点では、下の世代の選手がどんどん育ってきているので、その子たちが悩まないで済むような環境整備にも注力していきたい。発信力も高められたら、と思いますね」
ちなみにDIME読者は中間管理職的な立場の方も多く、上司と部下の板挟みで、悩み多き世代。ある意味明日香さんも似たような立場にあると思うが、何かアドバイスを。
「下の世代との関わりについては、自分の当たり前を当たり前と思い込まない、ということでしょうか。知らず知らずのうちに上から目線になっていて、自分は気づいていないっていうこともあると思うんですよ。同じ目線にして、自分の考えを押し付けるのではなく、どういう思いでこの発言をしているのかなと考えてみる。まずは相手を理解することから始まると思うので、私、むっちゃ、話聞きます。聞くことに徹して、理解を深めるように心がけています」
さらにキャリアアップを考えている人に対してはどうだろう。
「人それぞれなので難しいところですが、私の基準としては、チャンスがきたら、基本的にチャレンジする道を選んでいるんです。チャンスのタイミングって限られていると思いますから。そして、いくつかの選択肢で迷ったとしたら、今しかできないことを取る。さらに、その選んだ道の中で、どういうチャンスが生まれそうかも考えている気がします。
違う道に進む時、『失敗したらどうしよう』と考えがちですが、〝たとえ失敗しても成功〟というか、どんなことでも成長につながるはずだから、失敗っていうことがわかった時点で成功。次は失敗しないように何かを変えればいい。
小さな失敗を積み重ねた先に、トータルで成功ならそれでOKですから! これって捉え方の問題でもあると思うんです。失敗を失敗とするか、でも成功のための糧になったよね、と考えるか。
私もこれまで、一度陸上を辞めてラクビーをやったり、社会人生活をしたりなど、色々な経験をしてきました。随分遠回りしてきたようにみえますが、全部がなければ、今の私はないんです」
明日香さんを勇気づける言葉とは?
そんな彼女の支えになっているのが、「雲外蒼天(うんがいそうてん)」という言葉。
「娘が勉強していた四字熟語の中から見つけた言葉なんですけど、私ぴったりだなぁと。『雲を抜けるとその先には青空が広がる、つまりどんな苦難も乗り越えれば明るい未来が待っている』という意味ですが、私も色々なことを経験してきて、曇りがあったからこそ、晴れて突き抜けられた今があることを実感するんです」
さらなる活躍が期待される中で、今年限りで引退を宣言した明日香さん。その最後の日まで、精一杯できる限りのエールを届けたい。
最後に4つの一問一答!
最後は、一問一答で締めくくりを。
01 好きな食べ物は?
「牛タン、カリカリ梅、メロン、とうもろこし」
「お肉はすごく好きですが、年のせいか(笑)、カルビはキツくなってきて、焼肉屋さんでは、牛タンねぎ塩ばかり食べていますね。カリカリ梅は子供の頃からずっと好きで、常に持ち歩いているほど。ロッカーにも常備しているんです。メロンととうもろこしは、私が北海道出身で、おいしいところで育っているので!」
02 試合前に聴く音楽は?
「試合前に限りませんが……星野源さん、Mrs. GREEN APPLEさん」
「試合前に音楽は聴きますが、特に曲やアーティストを決めてはいないですね。好きでよく聴くのは星野源さん、最近は娘の影響でMrs. GREEN APPLEさんの曲を聴くようになりました。私の場合、集中するためにというより、リラックスするとか、リズムを整えるためにという感じです」
03 何をしている時が一番しあわせ?
「昼寝している時」
「睡眠時間はすごく大事にしていますね。昼寝ができそうな日は貴重です」
04 今年ハマったものは?
「Mrs. GREEN APPLE さんとヘラルボニーさんの洋服」
「Mrs. GREEN APPLE さんは娘と一緒に、ホントよく聴いていますね。あと、ヘラルボニーさんの洋服(編集部注: 知的障がいのある作家さんとライセンス契約し、アパレル製品や、企業とのコラボでアートイベントを展開している企業)。先日取材で着用していたのを、ヘラルボニーの作家のおひとり、谷田圭也之(たにだ・かやの)さんが気づいて、Xでつぶやいてくださって。私は、大学時代、福祉のゼミにいたんですが、その時に障がいを持った子どもたちと触れ合って、その才能に驚かされた。それをきっかけにヘラルボニーさんを知って、いい活動だなと思っていました。気に入って着させていただいています」
「その道のりに、賞賛を」
日本オリンピック委員会(JOC)と日本パラリンピック委員会(JPC)は、SNSの存在感がこれほどまでに大きくなったことを踏まえ、アスリート等に対する誹謗中傷対策の取り組みとして、アスリートや関係者が安心して競技に集中できる環境を整えるため啓発映像を制作し、各競技団体や関係機関の協力のもと、国内主要大会や各種イベント等で広く展開しています。
DIMEでは、第一線で活躍するアスリートとの対話を通じて、これからの“エールの在りか”を探っていきます。ぜひ今後もご注目ください。
協力/
JOC-日本オリンピック委員会
JPC-日本パラリンピック委員会
撮影/YUJI TAKEUCHI(BALLPARK) 取材・文/原口りう子(DIME編集部)