
転倒リスクは30代から始まっている
厚生労働省の「人口動態調査2023」によると、交通事故による死亡者数(3,573人)は減少傾向にあるのに対し、転倒による死亡者数は2015年の6,330人から2023年には1万584人へと約1.7倍に増加している。このうち96%にあたる1万187人が高齢者である。
2025年には日本の高齢者人口は約3623万人に達し、総人口の約29.1%を占める。約3.4人に1人が高齢者という超高齢社会において、住宅内での転倒事故の予防は喫緊の課題となっている。
しかし、浴室の安全性は高齢者だけの問題ではない。加齢により目の暗順応(明るい場所から暗い場所に移動した際に目が慣れる速度)は徐々に遅くなり、40代から変化が始まる。脱衣所から浴室に入る際の明暗差による一時的な視界不良は、若い世代でも転倒リスクを高める要因となる。
特に注目すべきは、浴室での事故リスクの高さである。パナソニックの調査では、50代以上の42.7%が「浴室で転倒しそうになった、あるいは転倒した経験がある」と回答しており、特に50代男性に限ると、この数値はさらに高くなっている。浴室は「濡れた床での滑り」「浴槽の出入り時のバランス喪失」など、転倒リスクが集中する場所なのである。
■不慮の事故による死亡要因割合

■お風呂で「転倒・転倒しそう」経験

さらに冬場の冷たい床による身体の緊張も見逃せない。同調査によれば55%の人が「寒い時期、お風呂場に入った際に、冷たい床や空気でヒヤっと感じて身体が緊張したり、震えを感じた」経験があると回答し。特に50代では6割を超え、こうした寒さ・冷たさによる筋肉の硬直が転倒リスクへとつながるのだという。
■「冷たい空気による緊張・震えた」経験

大阪公立大学医学部リハビリテーション学科の竹林崇教授は、この認識にさらなる警鐘を鳴らす。
「目をつぶって30秒、片足で立っていられるか。この片足立ちのテストを実施すると、40代を超えると男女を問わずにできる人が減っていきます。また筋力が弱い女性の場合ですと、30代でも足をついてしまう印象があります。これは転倒のしやすさの目安になるのですが、このテストからもバランス能力が30代を境に変化することがわかります」
さらに現代人特有のストレス過多な生活環境が、この問題を深刻化させている。
「30~40代はストレスの多い年代です。疲労が蓄積されると、注意力が散漫になったり、ふらついたりすることもあります。すると入浴時の転倒の確率はさらに増加します」
教授自身も出張先のホテルで足元が滑り、手すりで頭を打った経験があるという。
「床が濡れているというだけで危険度は上昇します」と竹林教授。濡れた床だと足との間に水の層が入りこみ、滑りやすくなるのだ。
40代からの「先回り」リフォームの必要性
「転倒予防のために、シニアになったらリフォーム」というのが現在の当たり前となっているが、それでは遅すぎるのかもしれない。
また40代からの「先回りリフォーム」には、以下のメリットがある。
・体力があるうちの工事対応……リフォーム期間中の仮住まいや片付けなど、体力的負担に対応しやすい
・長期的なコスト効率……早期導入により、より長期間安全な環境を享受できる
・家族全体の安心…… 親世代の来訪時も安心、子育て世代にとっても安全
竹林教授が示唆するように、片足立ちができなくなったら、転倒防止対策を始める時期の目安と考えてもいいだろう。
パナソニックは2025年7月、システムバスルーム「BEVAS」の新プラン、「ヒートセーフstyle」を発表した。竹林教授の監修も受けたこの製品は、従来の「高齢者向け」という枠を超えた、全世代を対象とした安全設計が特徴だ。
https://sumai.panasonic.jp/bathroom/bevas/heat-safe/
最大の特徴は電気式床暖房を採用している点だ。実は足の裏は神経が集中している敏感な部位で、冷たいものを触った時の心拍応答は手よりも鋭いという研究結果がある。
事前に電気式床暖房のスイッチを入れておけば、浴室に入る際の第1歩目の「ヒヤッと感」による身体の緊張を緩和する効果が期待できる。
さらに、「足裏を温めておくことで、常温時よりもバランス能力が向上するという研究結果もあります」と竹林教授。足裏を温めることは、多方面に影響を与えるのである。
もうひとつ注目したいのが、特許取得の「おきラクスマート手すり」。日本人約4万人の体型データベースを活用した同社独自の「デジタルヒューマン」技術により、年齢・性別・身体的特徴に合わせて最適化された設計となっている。
「わが家にも手すりはある!」という声が聞こえそうだが、手すりが天井へと伸びる縦方向ではなく、横方向であることが重要だ。
浴室の手すりの向きが横方向だといい理由
現在、浴室の手すりの多くは円柱型で縦方向に設置されている。実はこの形状では、握力がないと手が滑りやすい、バランスがとりづらいといった弱点もある。
「おきラクスマート手すり」は、手すりの幅が約70mmあり、手を乗せてつかめる形状だ。これは椅子からの立ち座り、浴槽への移動、浴槽をまたぐといった動作を安全かつスムーズに行えるよう、サポートできるように開発されたもの。
「手すりの幅が70mmなのは、指の2か所の関節のどちらの関節が手すりにしっかりかかることで、力が入りやすくなります。また浴槽のヘリに手をかけて立とうとすると、角度によっては肩関節を傷める可能性も生じます」
「おきラクスマート手すり」のように、両足に、両手に、均等に力を入れて立ち上がる姿勢が保持できることは転倒防止に加えて、関節のケガの予防にもつながるのだ。
入浴時間が心身の健康、安定をもたらす
転倒の影響は、単なる身体的な損傷にとどまらない。竹林教授は、転倒が及ぼす心理的な影響の深刻さを強調する。
「転倒した高齢者が入院すると、刺激が減少し、認知機能が急激に低下するケースが非常に多く見られます。ただ認知機能の低下は、刺激の減少だけでなく、転倒によってケガをしたことによって自尊心が傷つけられ、自身を失ったことも影響されていると思います。高齢者にとって自信や自尊心は極めて大切なこと。転倒によって『私にはこんなこともできない』という思いが生まれて、心の支えが一気に崩れてしまうケースもあるのです」
だからこそ、予防的な環境整備は大切だ。安全で快適な浴室環境があることで、最後まで自宅での入浴を継続でき、それが生活の質(QOL)の維持につながる。
「入浴したいのに安全面の不安で諦めてしまう方が多くいらっしゃるのも現実です。お風呂に浸かりたい方は、若い頃から予防的な対策を講じていただき、最後までご自宅のお風呂を楽しんでいただきたいと思います」(竹林教授)
入浴には、清潔を維持するほかにも、入浴による体温上昇が心血管系への刺激となったり、階段上昇や軽い走行と同程度の心負荷がかかることで、予防的な運動効果が期待できるという研究結果がある。
さらに、入浴は副交感神経を優位にし、リラックス効果やストレス解消効果ももたらす。現代のストレス社会において、自宅での安全で快適な入浴環境を整えることは、心身の健康維持に欠かせない要素となりそうだ。
■ 竹林崇さん
博士(医学)、作業療法士。大阪公立大学医学部 リハビリテーション学科 教授。高齢者や障がい者が安全に日常生活をおくるためのリハビリテーションを行う専門職である作業療法士の育成に携わる。専門分野は脳卒中発症後に生じる手の麻痺に対する治療法の開発。国内外の論文発表や学会の講演実績があり、世界で活躍する作業療法士の一人。
取材・文/小泉庸子