
タイは日本人にとっては大人気の旅行先である。
日本から距離が近く、そのため航空券代も安く手に入る。年中温暖な気候で、国土の中に数多くのリゾート地が存在する。治安も良く、移動手段も整備されている。初めての海外旅行にタイを選択する人も多い。
が、そんなタイでとんでもない出来事が発生してしまった。
東の隣国カンボジアとの国境紛争だ。
滞在中に軍事衝突発生!
カンボジアの首都プノンペンの北約400kmの位置にプレアヴィヒア寺院というヒンズー教遺跡がある。
断崖の上にあるこの世界遺産は、「天空の寺院」と呼ばれている。ここから見渡せるのは、どこまでも続く熱帯の大森林。日本人を含む外国人観光客も数多く押し寄せる一大観光地でもある。
しかし、ここはタイとカンボジアの国境線を巡る係争地の只中でもある。
此度の両国の軍事衝突で、プレアヴィヒア寺院も損傷を受けたと言われている。さらに、それ以外の地域でも戦闘が行われ、タイ側にも民間人の死傷者が出てしまった。カンボジア軍は車載式のロケット弾でタイ領を攻撃し、その報復措置としてタイ軍はF16戦闘機を投入した。
その後はマレーシアの仲介で停戦に至ったものの、これが未来永劫維持される保証はどこにもない。
軍事衝突が発生するということは、当事国での制約に様々な制約が発生するということである。
たとえば、バックパッカーの間ではタイの首都バンコクから入国してバスに乗ってカンボジアとの国境沿いの都市アランヤプラテートへ行き、そこから越境してカンボジア側のポイペトへ移動し、さらにバスかピックアップトラックに乗り換えてシェムリアップへ行く。シェムリアップは、アンコール遺跡見学の拠点である。筆者自身も経験したことのあるこの移動ルートだが、両国の軍事衝突の影響でアランヤプラテート・ポイペト国境が閉鎖されてしまった。
日本には存在しない陸上国境というものは、一度軍事衝突が起きればあっという間に閉鎖されてしまうものなのだ。
現地メディアよりも早く情報発信してくれる「たびレジ」
そもそも、タイは大規模デモやクーデターが頻発する国である。
反政府デモ隊により空港が占拠されてしまったこともあり、その時は当然ながら旅客機のフライトが停止された。外国人観光客にとっては、帰国する手段がなくなったということだ。
デモ隊は、多くの場合暴徒化していく。そのため、「いつどこでデモ隊が活動予定」という事前情報は必ず把握しておく必要がある。
外務省が提供する『たびレジ』は、旅行者も含めた短期滞在者の利用を想定した情報発信を行っている。
たびレジは事件や騒動の発生、現地情勢、緊急時の連絡先などを分かりやすい形でメールにまとめ、登録者に送信するというサービスである。利用者は、予め指定した渡航先の最新スポット情報を受け取ることができるのだ。
筆者がこのたびレジを実際に利用していた時のこと。この時分はインドネシアにいたのだが、「明日10時、ジャカルタの○○地区でデモが予定されています」という情報がたびレジに掲載されていた。そしてその半日後、現地メディアがまったく同じ内容の情報を報道した。恐るべき情報発信の早さである!
突然の「禁止措置」にも対応
タイとカンボジアの軍事衝突が発生した後の7月30日、タイ民間航空局がこのような発表を行った。タイ国内におけるあらゆるドローンの飛行禁止措置である。
この情報は、日本の外務省も渡航者向けの注意喚起として発信した。
7月30日、タイ民間航空局(CAAT)より、カンボジア国境付近での情勢不安に伴う国家安全保障上の懸念から、タイ国内全土におけるあらゆる種類の無人航空機(ドローン)の運用を禁止する緊急通達が発出されました。
本文
1 禁止期間は2025年8月15日まで、もしくはさらなる通知があるまでとされています。
2 CAATによると、違反者には最大1年の禁錮または4万バーツの罰金、あるいはその両方が科される可能性があり、国の安全保障に脅威を与えると判断された無人機については、軍が破壊する権限を持つとしています。
3 在留邦人及び渡航者の皆様におかれては、同期間中はドローンを使用することのないよう十分にご注意ください。また、今後も治安維持のため様々な規制措置が執られる可能性がありますので、最新の情報入手に努め、状況に応じて適切な行動を心がけてください。
(タイ国内全土でドローンの使用禁止について-外務省海外安全ホームページ)
「国の安全保障に脅威を与えると判断された無人機については、軍が破壊する権限を持つとしています」という点に注目していただきたい。旅行者が勝手に飛ばすドローンは言い換えると「国籍不明機」であり、場合によってはタイ軍が迎撃行動に出るのだ。日本のように、国交省の職員が無許可非行のパイロットをやんわり説得する……などという優しい対応はタイ軍には望めない。
そうしたことを把握するためにも、たびレジは旅行に必須のものと言える。
「戒厳令の可能性」を考慮しよう!
日本は法改正の際、それが憲法に違反してしまう可能性があるか否かを議論するために必ず「有識者会議」が招集される。「○○法の改正を議論する有識者検討会」や「地方自治体のDX化検証会議」といった具合の名称の違いはあれど、憲法学者を含めた有識者を一堂に集めて議論を行い、そこで作成したたたき台を公開してパブリックコメントを募集する……という流れはどのような場合でも変わらない。
しかし、海外では必ずしもそうではない。軍が政治的発言力を持つタイやインドネシア、一党独裁政治のベトナムやシンガポールでは、治安維持のために中央政府が強権を振るうことがしばしばある。有識者会議などを開くより先に、いきなり法律が改正されてしまう……ということは決して珍しい現象ではない。
また、海外には「戒厳令」というものがある。日本の総理大臣が戒厳令を発令することはまずあり得ないが、韓国の大統領が実際に戒厳令に踏み切ったことは記憶に新しい。この場合、憲法が停止されてそれまで施行されていた法律の一部が急遽改正される……ということもある。
もしも、海外旅行中にその国で戒厳令が発令されてしまったら? その場合、1秒でも早く情報を収集することが旅行者にとっての緊急課題になる。それを可能にしてくれるのがたびレジなのだ。
【参照】
たびレジ
タイ国内全土でドローンの使用禁止について-外務省海外安全ホームページ
文/澤田真一