
明治42年(1909年)創業、赤い箱の石けん「カウブランド赤箱」で日本人に愛され続けている牛乳石鹸共進社株式会社(以下、「牛乳石鹸」)。その牛乳石鹸が、創業以来初となる家電「SUSUGU」(以下、「ススグ」)を開発。2025年9月中旬に牛乳石鹸の公式オンラインショップで販売を開始する予定だという。
創業116年で初の家電製品「ススグ」とは?
ススグは、泡立たないミストシャンプー「ススグ ミストシャンプー(以下「ミストシャンプー」)と、牛乳石鹸が独自開発したブラシ中央のノズルからミストが噴霧するブラシ型デバイス「ススグ ミストブラシ」(以下「ミストブラシ」)のセット。被災時や介護の現場など、洗髪が難しいシーンを想定して開発されたポータブル洗髪デバイスセットだ。被災時の洗髪というとドライシャンプーが思い浮かぶが、ススグはドライシャンプーではなく、その名のとおり水ですすぐ体感を得られるのが特徴だ。
いったいどんなものなのか。実際に体験させてもらった。
ススグを使って、牛乳石鹸の会議室で洗髪してみた
ミストシャンプー(下の写真左)は、頭皮にスプレーして、泡立てずに皮脂汚れを浮かし、乳化させて水となじみやすくするシャンプー。女性の手で持ちやすいスリムなフォルムだ。ミストブラシ(下の写真右)も意外に軽く、持ちやすい(昔の電話の子機くらいのサイズと重量感、といえばある年代にはわかりやすいかもしれない)。
(1)ミストシャンプーを髪の根元全体に行き渡るように吹きかける
ミストシャンプーは、髪に吹きかけるのではなく、地肌に押し付けるようにして吹き付ける。頭全体で6~8回くらいのスプレー量で、髪の根元がしっとりするくらいが目安。この段階でかなりの清涼感があり、気持ちがいい。
(2)指の腹で広げて地肌に馴染ませる
馴染ませていると、シトラスサボンの清涼感のある香りが広がり、これも心地よさを加速。ただし泡立たないので、シャンプーをしている実感は乏しい。これで本当に汚れが落ちるのだろうか…。一抹の不安がよぎる。
(3)ミストブラシを地肌に押し当ててから、電源を入れる
重要なのは必ず地肌に押し当ててから電源を入れ、地肌から離さず髪をとくこと(地肌から離すと水が飛び散って服や床を濡らしてしまうことがあるため)。前から後ろに向かって、ゆっくりとブラシでとくのがコツ。最初はあてる位置を移動する時につい、ブラシを頭から離してしまいそうになったが、すぐに要領をつかんだ。髪の毛をかき分けて地肌に直接水をあてることで、ミストシャンプーで浮かせた皮脂汚れを洗い流すことができる。
驚いたのは、イメージ以上に地肌にあたる水の量が多く感じられたこと。一か所に長時間あてていると、水が首もとのタオルに滴ってくるほど。だがこれもすぐにコツをつかんで、頭皮全体を適度に湿らすことができるようになった。リリースを読んでイメージしていたよりずっと“すすいでいる”感が強く、清涼感があり爽快だった。
冬なら、水ではなくお湯を入れてすすぐことがおすすめだそうでで、それもまた気持ちがよさそう。
(4)タオルドライ、ドライヤーで乾かす
頭皮全体がまんべんなく濡れたら、タオルで水分をぬぐう。浮き出た汚れがタオルに付着し、頭皮は清潔になる。
普通にシャンプーした後のようにすっきりした気分になった。
驚いたのは、筆者が使った水の量。タンク(90cc)の半分ほどで洗えたから45ccほどということになる。ということは、大さじ3杯分くらい。(毛量にもよるが)ほとんどの男性がこの量で洗髪できるのではないだろうか。
「キャッチフレーズでは『コップ1杯の水で洗える』ですが、ショートヘアの方なら、おちょこ1杯程度でしっかりすすげると思います」(大形氏)
使用中の想像以上のすすぎ感にも驚いたが、さらに驚いたのが、髪が乾いた後の質感。普通にシャンプーしたようにさっぱりして、髪がサラサラになっている(なんなら、いつも使っているシャンプーよりもサラサラ感が強い)。少量の水で汚れを浮かすことに特化していることが理由なのかもしれない。
「今回、注目されるのはミストブラシの方だと思いますが、我々の得意とする“洗う技術”が詰まっているのはこのミストシャンプーのほうなんです」と大形氏が言っていた意味が後からわかった。ボトルを見ると、ミストブラシ無しで使う方法も記されている。泡立たず少量の水で瞬時にすすげるということは、忙しい時にパパッと髪を洗いたい時に便利そう。このミストシャンプーだけでも欲しいと思った。
被災地では、衛生用の水の確保は後回しになる
同商品の開発のきっかけは、「お風呂の残り湯がもったいないから、有効活用できないか」という、新規開発室メンバーの身近な困りごとの声だった。小さなことのようだが、世界では約40%の人が水不足に陥っているという状況がある。水の効率的な活用は、世界的に大きな課題だ。
日本は水資源こそ豊富だが、地震や水害が多く、被災現場では断水がおき、水が不足することが多い。飲料用の水は被災した後すぐに確保されているが、衛生用の水は確保に時間がかかる。体はタオルなどでふくことでなんとかなるけど、頭皮や髪の毛のかゆみはタオルやドライシャンプーではどうにもならない。
平常時でも、訪問介護などの洗髪介助は多くの準備が必要で大変。時間もかかり、介護される人も体力を消費するので、体調などにより頭が洗えないこともある。介護施設でお風呂は週2~3回というところが多く、毎日洗髪できないところがほとんどだ。
「牛乳石鹸は清潔を届ける会社ですが、すべての人に対してそれができていないという認識から、服を着たまま、コップ一杯の水で爽快な湯あがりを提供する取り組みが2022年に始動しました」(江越氏)。
だが、そもそも「すすぎ」は水を使うのが大前提であり、それでいて周りを濡らしてはいけないのだから、矛盾した商品になる。牛乳石鹸は116年の歴史と技術があるけれども、それは洗面台やお風呂場で水を使える状況での洗浄剤を作り続けてきた歴史であり、水が限定されている状況での汚れ落としは全く違うアプローチが必要だった。
最初にイメージしたスケッチを具体化すべく、まずは身近なものを使って、試してみた。以下はそのほんの一例。さまざまな試行錯誤を繰り返しながら、電気を使ったミスト装置という最適解にたどりついた。汚れを浮かすことに特化したミストシャンプーは、ミストブラシに合わせて開発したものだという。
なぜ、電機メーカーに開発を依頼しなかったのか
「我々は石鹸メーカーであって、家電メーカーではありません。それなのに、家電メーカーにも今のところ存在しない商品をゼロから作らなければならなかった」と江越氏は振り返る。だがここで素朴な疑問が。電気製品が最適解であるならば、家電メーカーとタイアップしてプロに任せるという方法もあったのではないだろうか。
「その段階ではまだ試行錯誤の途中でしたので、こんな不確実な試みにどこまで付き合っていただけるか。またビジネスモデルとして、単に洗浄液だけを作ってミスト発生装置のおまけのように売るというのも、違うと感じました。そこで自分達が理想としている気持ちよさや大きさなどが見えてきた段階で美容家電など取り扱う共創パートナーとユーザー検証と改善を重ねていく事で形にしていきました」(江越氏)
介護に従事するスタッフは女性が多いので、軽さと持ちやすさにもこだわって水が入るタンクの大きさを何度も見直した。少量の水で効率よくすすぐにはミストも細かさが必須だが、細かすぎると水が当たっている感じがしなくてすっきりしない。ブラシの角度、ブラシの大きさ、ブラシの硬さも、使いやすさ、すっきり感を追求して何度も手直しをした。
「ブラシの専門会社に依頼しても、具体的な形状やピンの配列を教えてもらわないと制作が難しいと言われ、自分たちでどんなブラシがいいか試作をしました。それを実際に使ってみて、それをもとに自分たちがグルーガンなどを使って改造して、ということを繰り返しました」(江越氏)。
特に難しかったのが、寝たままの状態で使えるようにすること。寝たまま使える軽さと形であれば介護の時の洗髪が楽になるだけでなく、障がいがあって寝たきりの方でも、介助なしに自分で洗髪ができる。「まわりが全部助けてあげるのではなく、自分でできるという喜びもあります。ススグがその役に立てれば嬉しい」(江越氏)
発売に先駆けて、数量限定で先行予約を受け付けたが(現在は終了)、予想を超える予約数だったという。さまざまなイベントに参加し、使い心地を試してもらったことで、想定していたよりも多彩なニーズがあることもわかった。
「ススグシャンプーの泡立たず、効率よく汚れを浮かせることができるという技術はまた違う製品にも応用できる可能性があると感じています。ススグブラシも、使用された方の声を受け止めて、今後どんどん進化させていきたいですね」(江越氏)
取材協力/牛乳石鹸共進社株式会社
取材・文/桑原恵美子