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論破するより知的!?国語学者が指南する「悪口」の作法

2025.08.01

仕事やSNS、場合によっては学校でも、論理で相手をねじ伏せる「論破」術がもてはやされる昨今。

それに比べて、感情的で、乱暴なただの「悪口」は、幼稚で程度の低いことばだと思われがち。

今まさに「悪口」を習得中の7歳の娘を持つ筆者も、そのように考えていたのだが――。

「上手に悪口を言える人は頭が良い」と語るのは、国語学者の小野正弘先生。「論破」との比較も含め、「悪口」の素晴らしさ(?)を教えてくれた。

●小野正弘
国語学者。明治大学文学部教授。専門は国語史。日本語の歴史、語彙、意味の変化を研究する。「三省堂現代新国語辞典 第七版」の編集主幹。著書に『オノマトペがあるから日本語は楽しい』(平凡社)、『日本語 オノマトペ辞典』(小学館)、『ケーススタディ 日本語の歴史』(おうふう) 、『感じる言葉オノマトペ』(角川学芸出版)、『くらべてわかるオノマトペ』(東洋館出版)など。

子どもの「悪口」が激しくなる

筆者:最近、7歳の娘のことば使いが、どんどん悪くなっているんです。親に対しても汚い「悪口」を言うようになって…。女の子ですし、ちょっと心配です。

小野先生:私は良いと思いますよ。今の時代に、武器として「悪口」を持っておくのは大事なことです。

昔の日本人は、事を荒立てないようにして、自分の安全を守っていました。特に身体的、経済的に立場の弱かった女性はそうで、伝統的なことば使いにも表れています。

たとえば、「私は人間だ」を、昔ながらの女性ことばで言うと「私は人間よ」になります。「だ」という語尾は強い断定を感じさせますが、「よ」は柔らかく発音されますし、愛手に入して訴えかけ、許諾を得ようとするニュアンスを持ちます。

筆者:確かに…。私も「女の子だから、柔らかく優しいことばを使ってほしい」という意識が、どこかにあったと思います。それは、男性が持っている武器を女性が持てない、という格差につながってしまいますね。

小野先生:はい。以前と違って21世紀の現代は、女性が「事を荒立てなければよい」という社会ではありませんよね。さまざまなところで女性が活躍して、経済力も蓄えています。国語学的にもここ数十年で、女性が「~だ」「である」のように、男性と同等のことばを使うことが多くなったと、考えられています。

筆者:親として、社会人として、とても大切なことだと感じます。

「論破」のカッコ悪さとは

筆者:一方で、大人の世界では、相手を口汚くののしるのではなく、異論があれば論理的に、反論するほうがよいのではないでしょうか?

小野先生:冷静な議論が大事なのはおっしゃるとおりですが、一歩間違えると危険でもあります。

数年前から「論破」ということばが、使われるようになりました。小学生でも、友だち同士や教師、親とのやりとりで、「はい、論破!」などと、盛んに口にすると聞きます。

相手を論理的に打ち負かして、反論できなくするのが「論破」ですよね。でも、本来の議論は相手に勝つためではなく、異なる意見をぶつけて、よりよい結論を導くために行うものです。

筆者:アウフヘーベン(矛盾や対立するものを単に排除するのではなく、より高次な段階で統一・統合すること)というやつですね。

「論破」は、ことば使いこそ丁寧かもしれませんが、より良い結論よりも、相手に対してマウントを取ることが目的になっている可能性があります。

小野先生:そうなんです。相手が反論できなくなるので、「論破」した側はスカッとします。しかし、「論破」されたほうは、感情的に大きなしこりが残ります。

一方、「悪口」はそこまでやりません。非論理的なコミュニケーションでは、そこまでできないのです。

筆者:言われても、言い返すことができますからね。少々乱暴でも口汚くても、「悪口」を言い合ったほうが、精神的には健全なんじゃないか? と思えてきました。

小野先生:それに、上手な「悪口」は、とても知的な行為ですよ。

ただ口汚いだけでは、相手にダメージを与えられません。的確で豊富な「悪口」の語彙を持っていなければなりませんし、ユーモアも必要です。言い合いになれば、口数も、瞬発力も、うまく返す機転も問われます。

それでいて、上手な人は相手を決定的に傷つけないんです。先ほど言ったように、「悪口」は武器ですから、やりすぎると反撃が返ってきます。そこまで相手を追い詰めないよう、ともすれば「そう言われたら仕方がない」と苦笑いし、「負けた」と気持ちよく認められるよう、「粋な」コミュニケーションを行います。

筆者:なるほどー。それに比べて、一部の「論破」のように、立ち上がれなくなるくらい相手を打ち負かし、自分だけスッキリするのはカッコ悪い。「野暮」ですね。

吉本新喜劇の粋な悪口

小野先生:相手も、聞いている人も、スッキリするような「悪口」が理想ですね。その点、落語はよい手本だと思っています。

筆者:飾らない庶民のことばだからこそ、掛け合いがおもしろいのでしょうね。

私は、吉本新喜劇の未知やすえさんを思い出しました。おとなしい女性を演じるやすえさんが、劇中のポイントになると「じゃかあしいわ、ごるぁああ」と豹変します。巻き舌の河内弁で悪役を圧倒するだけでなく、演者の容姿やプライベートをいじったりもするのですが、嫌味がなく、とても小気味よく感じられます。

最後は「鼻の穴から割り箸突っ込んで下からカッコンしたろか、ワレ!」「お前の頭スコーンと割ってストローで脳みそちゅーちゅー吸うたろか!」と恫喝したあと、「怖かったあ」とぶりっ子して、元のキャラクターに戻るのがお決まりです。

一つひとつのことばに、特に深い意味はないんですが、それが良いのかもしれません。

小野先生:未知さんは、みんな分かっているので、「悪口」が始まると、大歓声が湧きますよね。みんなが、不快どころが、喜んで、待ちに待っているように見えます。

「悪口」にはカタルシス(精神の浄化)があります。演芸は良い「悪口」を教えてくれる良い教材です。

「悪口」は、言い過ぎると、相手を傷つけたり、聞いている人を不快にしたり、最近ではハラスメント認定されたりと、しっぺ返しを食らうことになります。プロの芸人さんたちは、そうならない微妙なラインを、うまく渡っているのでしょう。

と、言うことで、娘さんにはどんどん「悪口」の練習をしてもらうと、良いのではないでしょうか。

筆者:そうします。無自覚に武器を振り回すと、自分に返ってくることも含めて、覚えてほしいです。よい練習台になれるよう、私自身の「悪口」にも磨きをかけたいと思います。

大人になると、当人に知られずに言う「陰口」は増えても、人に面と向かって「悪口」をぶつける機会は減る。代わりに、冷静に、論理的に話をしようとするわけだが、必ずしもそれが賢いことだとは限らない。ともすれば、「論破」するように、相手を打ち負かす手段として使ってしまうからだ。

そんななかで、「良い悪口力」は、自分を守り、社会をうまく渡り歩く最強のスキルになる。大人でも、ときには未知やすえさんに見習い、口汚く「悪口」を言い合うことが、必要なのかもしれない。

取材・文/小越建典

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