
「かわいいだけじゃだめですか?」「わたしの一番かわいいところ」「最上級にかわいいの!」など、「かわいい」をテーマにした楽曲がヒットしている。
しかも、歌っているのは、FRUITS ZIPPER、CUTIE STREET、超ときめき♥宣伝部と、すべて別々のグループ。
今なぜ「かわいい」をめぐる一大ムーブメントが巻き起こっているのか? 国語学者の小野正弘先生と、「ことば」の側面から掘り下げてみた。
●小野正弘
国語学者。明治大学文学部教授。専門は国語史。日本語の歴史、語彙、意味の変化を研究する。「三省堂現代新国語辞典 第七版」の編集主幹。著書に『オノマトペがあるから日本語は楽しい』(平凡社)、『日本語 オノマトペ辞典』(小学館)、『ケーススタディ 日本語の歴史』(おうふう) 、『感じる言葉オノマトペ』(角川学芸出版)、『くらべてわかるオノマトペ』(東洋館出版)など。
「かわいい」の原義は「顔が火照る」!?
筆者:ヒラヒラした衣装で、キュートな声で、元気に歌い踊る女性アイドルが、流行っていることは知っていました。ですが、ぜんぶ別々のグループだと知ったときは、驚きました。
彼女たち共通の価値観が「かわいい」です。「かわいいだけじゃだめですか?」(FRUITS ZIPPER)、「わたしの一番かわいいところ」(CUTIE STREET)、「最上級にかわいいの!」(超ときめき♥宣伝部)ほか、いずれもヒットしています。複数のグループ、楽曲が人気を集めるという事実が、令和の今を象徴しているように思います。
そもそも「かわいい」って何なんでしょう?
小野先生:「かわいい」の語源は、「顔映ゆし」(かおはゆし)とする説が有力です。「顔が火照る」ような状況を指し、さまざまな場面に対応して用いられて「恥ずかしい」「気の毒で見ていられない」「心惹かれる」など、広い意味で使われました。
なかでも、室町時代くらいまでは、主に「哀れで気の毒」という意味が主だったようです。江戸時代になってから、赤ん坊や若い女性、小物などへの愛おしさや、好きな気持ちを示す意味が定着しました。
筆者:私たちの知っている「かわいい」になったのは、結構最近なのですね。
小野先生:さらに、近年で大きく用法が変わったのが、平成の時代です。若い女性が「社長、かわいい~」と言うなど、それまで対象とはならなかった人や物を、「かわいい」と表現するようになりました
筆者:確かに。これは親密さの表現でしょうか。怖い人や立場が上の人でも、失敗して照れたり、意外な素顔を見せたりすると、急に自分に近い存在だと感じられるようになります。そんな気持ちを「かわいい」と表現しているのではないかと。
小野先生:そうですね。もう少し細かく言えば、ことばの意味変化は「尻尾を残す」というのが、私の持論です。
例えば年配の男性の上司が、その風貌に似つかわしくない、子ネコのマグカップでコーヒーを飲んでいたとします。周囲の人はそのギャップを、ちょっとした「弱み」ととらえます。
筆者:意外な素顔を見せるパターンですね。「ふだん怖い顔をしているけれど、実はネコには目がないのね。あんな部長でも、デレデレしたりするのだろうか?」こんな感じですね。
小野先生:そうです。すると、その上司が急に守ってあげたい対象になります。弱みを見せるから、「かわいい」と言えるのです。
筆者:先生の言う「尻尾を残す」とは、元々の意味の本質的な部分を維持したまま、ことばの使われ方が変わっていく、ということですよね。「顔映ゆし」の「顔が火照る状況」という尻尾を残し、自分ゴトにすると「恥ずかしい」になり、他人ゴトに転じると「気の毒だ」になる。
次に、気の毒な人に対して抱く「守りたい」という尻尾を残し、「小さいものが愛おしい」に変わっていった。現代でも「かわいい」に「守りたい」のニュアンスはあって、対象が弱みを見せたとたんに「かわいい」を感じるようになった…。
対象が広がったとは言え、気に入ったものを、何でも「かわいい」と言っているわけではないんですね。
小野先生:そのとおりです。
もうひとつ言えるのは、「かわいい」に客観性がなくなった、ということですね。これまで「かわいい」の対象は、ある程度客観的に決まっていたわけです。しかし、昨今では100%主観で「かわいい」と思うものを、「かわいい」と言えるようになりました。
筆者:「キモかわいい」とか「ブサかわいい」などの表現は、「守りたい」「主観で対象を決める」という両方の尻尾の特徴を、よく示しているのかもしれません。