
2024年、日本を訪れた韓国人は史上最多の881万7800人。韓国人の6人に1人が日本を訪れた計算になる。
農林中央金庫が2023年3月に日本を訪れた5か国(米国、英国、フランス、中国、韓国)の観光客を対象に行った「訪日外国人からみた日本の『食』に関する調査」によると訪日韓国人が日本滞在中に食べた料理は寿司が79%で最も多く、ラーメン(62.7%)、うどん(60%)、とんかつ(49.7%)が続いている。
寿司はすべての国で上位を占め、ラーメンも中国を除いて上位だが、半数がとんかつを食べたのは韓国人が唯一で、少し古いが2014年にホットペッパーが訪日上位6か国を対象に行った調査でも韓国人が食べたメニューの1位はとんかつだった。

トンカスとウドンは韓国人に人気のある日式料理
トンカスは統治時代の文化遺産
韓国で定番といってよい人気メニューのひとつが「トンカス」だ。専門店や日本式家庭料理はもちろん、軽食レストランやトンカスをラインナップする中国料理店もある。
韓国語には「ツ」の発音がなく、韓国国立国語院は日本語の「ツ」は「ス」と表記すると定めている。長崎県の対馬は「スシマ」、三重県の津は「ス」といった具合で、とんかつは「トンカス」と表記するのが原則だ。
日本語の発音に近い「トンカチュ」店も目にするが、筆者の経験上、「トンカチュ」は日本のとんかつに近く、韓国式とんかつは「トンカス」表記が多い。

「正当トンカス」は白いスープが添えられる

日本式トンカツはトンカチュ表記が一般的 ご飯は汁椀、味噌汁はそばつゆ入れなのはご愛嬌というべきか
トンカスはハンマーで叩いて薄く伸ばした豚肉にたっぷりの衣をつけて揚げたカツと付け合わせ野菜と一口大の丸いご飯が1枚の皿にのっている。ソースはデミグラスのほか、カレーソースやなかには辛いコチュジャンソースを選択できる店もある。「正統トンカス」はコーンスープに似た白いスープが添えられる。
トンカチュはとんかつのように切った状態で提供されるが、トンカスは切らないで供されるのが一般的で、韓国人は食べる前にすべてを一口大に切り分ける。丸いご飯はおかわりできる。

一口大の丸いご飯はおかわりできる


カレーソースやコチュジャンソースも
日式料理とは
トンカスは多くの日式料理と異なる歴史を持っている。日式とは韓国式にアレンジされた日本風料理で、中国料理をアレンジした料理は中式、西洋に起源を持つ料理は洋式と呼ばれている。
まずは日式について紹介したい。
韓国政府は1988年のソウル五輪を機に韓国を訪れる外国人にグローバルサービスを提供するため、各国に支援を呼びかけた。在日系企業などが呼応し、ロッテは韓国最大の繁華街·明洞に隣接する敷地にホテルとデパートを建設し、日本食レストランを開業した。サムスンが経営する新羅ホテルもホテルオークラの支援を得て日本料理を強化した。ソウルを代表するホテルが日本料理に力を注ぐと韓国式にアレンジされた日式料理が高級接待料理として定着した。
トンカスは日式より早い1960年代、富裕層や外国人向け高級料理として位置付けられ、70年代に入ると誕生日や卒業式といった祝い事やデートの際の食事として選ばれるようになり、90年代以降、日常食として普及したという。
トンカスの歴史は日本が韓国を統治していた1930年代に遡るという説が有力だ。
朝鮮総督府の資料によると1930年、朝鮮半島に居住していた日本人は50万人余で、そのうち10万944人が京城府(現·ソウル市)で暮らしていた。現在、韓国に居住する日本人は約4万人。いかに多いかわかるだろう。
その朝鮮半島に居住していた日本人が好んだ料理にカツレツがあり、トンカスはポークカツレツを再現したという。当時の豚肉は硬かったことから柔らかい食感を好む日本人はハンマーで叩いて薄く伸ばして揚げていた。品種改良が進んだ現在、日本では豚肉をハンマーで叩くことはなくなったが、韓国では叩いて伸ばす習慣が残っている。
韓国人料理人が日本人家庭で学んだ料理を再現したのか、日本人家庭を訪れた韓国人が見よう見まねで再現したかは不明だが、いずれにせよ昭和初期のポークカツレツのレシピを守っていることは間違いなさそうだ。
気になる味は、日本式とんかつを期待すると裏切られるが、別な料理と思って食べると悪くはない。
一番人気は「南山トンカス」だ。明洞駅から徒歩で10分ほどの南山ケーブル乗場の辺りにトンカス店が軒を連ねる一角があるほか、多くのショッピングセンターに「南山トンカス」店が入店する。
明治から昭和初期のポークカツレツを再現したと言われるトンカス。そのメッカである南山トンカス通りは統治時代、日本人居住区から朝鮮神宮に向かういわば門前町だった。神宮の祭礼がある日は多くの日本人で賑わっただろう一角がトンカスの聖地となっているのは偶然だろうか。

南山トンカス通り 南山ケーブルカー乗場が見える
うどんと海老フライの相性は?
韓国でもうどんは「ウドン」といい、統治時代に伝わったと言われている。韓国にもうどんに似たカルグクスという料理があり、さぬき麺機会長の岡原雄二氏は、うどんの起源は朝鮮通信使が日本に持ち込んだカルグクスと主張するが、韓国側から否定されている。
韓国でうどんは簡便食として普及していて、なかでも「海老フライウドン」は人気がある。
韓国では揚げ物を「ティキム」といい、日本料理店は「テンプラ」と「カラアゲ」「フライ」を区別するが、日式はいずれもティキムで「天ぷらウドン」を注文すると高い確率で「海老フライウドン」が供される。
麺は日本のうどんと大差ないものの韓国ではコシがある麺やサッと揚げた天ぷらなど、火を十分に通していない手抜き料理と考える人が少なくない。そこで、韓国人にはしっかり茹でたうどんを出して、日本人にはコシがあるうどんを出す店もあるが、天ぷらうどんは滅多にない。
トンカスはとんかつと思わなければ悪くはないが、海老フライウドンは賛否両論だ。

海老フライウドン フライはうどんに合わないという人も

昭和の給食を彷彿とさせる韓国カレー(写真はカレーうどん)
ところでうどん専門店には大抵、カレーライスがあるし、カレーうどんをメニューに載せている店もある。韓国は昭和の学校給食を彷彿とさせる黄色い甘口カレーが一般的だ。
常日頃、唐辛子をふんだんに使った辛い料理を好む韓国人だがカレーライスは例外で、若者に人気があるCoCo壱番屋やライバル店のあびこカレーも3辛は辛くて食べられず、2辛でも辛いという韓国人は少なくない。
日本のカレーライスは英国海軍のカレーシチューをご飯に合うよう改良されたが、韓国のカレーは統治時代、日本人が持ち込んだ。
海外の日本食はアレンジ料理や想像の産物もあり、韓国でも接待や特別な日に食されている日式料理は1980年代から90年代に日本人が持ち込んだ後、独自進化を遂げた料理が大半を占めるが、日常的に食されている日式はトンカスやカレーなど日本ではすでに失われた昭和初期の料理法を頑なに守っている様子が窺える。
日韓国交正常化60周年の節目の年である今年2025年。昭和初期のレシピを体験する韓国旅行はいかがだろうか。
取材・文/佐々木和義
韓国ソウル在住の広告コピーライター兼撮影屋。写真撮影·映像制作会社から広告会社に転職。韓国駐在員として赴任後、日韓ビジネス専門広告会社を創業し現在に至る。本業の傍ら複数メディアに韓国情報を執筆している。
世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員(https://www.kaigaikakibito.com/)