
「絶品B級グルメ」とか「ソウルフード」と呼ばれるものは日本全国にある。で、みなさんはこう考えたことはないだろうか。「日本各地にあるんだったら世界各地にも当然B級だけど超絶うまいものがあるんじゃないか?」と。
というわけで世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターたちの集まり「海外書き人クラブ」が、居住国や旅先で出会った「絶品ソウルフード」を大紹介するシリーズ。今回はフィンランドから「カレリアンピーラッカ」をお届けする。
ほのかに甘じょっぱくて歯ごたえはカリふわっ。つまり絶妙!
サウナ以外にも日本人が好きそうなフィンランドのもの
「サ活」が流行語となるほど日本で人気急上昇の「サウナ」。その本場と言えばフィンランドだ。
フィンランドのサウナ。窓があるところが多い。

さてそのフィンランドにはサウナ以外にも日本に人気を呼びそうなソウルフードがある。フィンランドの国民食の1つと言っても過言ではない「カレリアンピーラッカ(カールヤランピーラッカ)」だ。
フィンランド語で書くとkarjalanpiirakka。どこで区切ったらいいのかわからないくらい長い単語だが、そもそもはkarjalanとpiirakkaの2つの言葉が合わさったもの。Karjalanは「カレリア地方の」、piirakkaは「(食べものの)パイ」。つまり「カレリア地方のパイ」という意味で、「カレリアパイ」とも呼ばれることもある。
また「米のパイ」という意味で「リーシピーラッカ(riisi piirakka)」とも。

riisiは「米」という意味だ。
フィリング部分は日本人が大好きなアレ!
中のフィリング部分はオムレツのように「しっとり」。逆に外の皮の部分はまるであられのように「カリッカリ」。2つの口あたりのコントラストが絶妙だ。さらにフィリングの「ほのかな甘み」があるのに対して、皮は微かな「しょっぱさ」。そのバランスも最高だ。
外はカリカリ、中はしっとりのコントラストがたまらない。

さてこのフィリングが何でできているのか。じつは「お米のミルク粥」を焼いて固めたものだ。「お米と牛乳」の組み合わせと聞くと「気色悪い」と眉をひそめる人もいるかもしれないが、ライ麦などのミルク粥である「ポリッジ」は英国やアイルランドの朝食の定番。それらの国々からの移民の子孫が多い私が住むオーストラリアでもよく食されている。とはいえ私自身は正直言って苦手である。
だから「カレリアンピーラッカ」も最初は恐る恐る口にしたのだが、すぐにほおばることになった。「なんだこのうまさは!」と驚かされた。
違和感があまりなかった理由は「粥のようにサラサラ」ではないからだろう。「カレリアンピーラッカ」は鍋で「ミルクがゆ」をしっかりと煮込んで水分を飛ばす。その後小麦やライ麦などでつくられる生地に包んでからも焼き上げるので「スープ感」はない。食感として近いのは冷えたドリアとかグラタンだ。
そして外の皮の「スカートのフリル」のような形状であることも特徴のひとつ。どこか「餃子」的で日本人としては親近感を持ってしまう。
どこでも食べられる国民食
さてこれを読まれているみなさんはそろそろ「カレリアンピーラッカ」を食べたくなってきたはず。ではいったいフィンランドのどこで食べることができるのだろうか?
答えは「結構どこでも」だ。
ホテルなどの朝食バイキングの会場に並ぶこともあれば、駅のキオスク(コンビニ的売店)のパンコーナーにも並んでいる。もちろん街のパン屋さんにもある。値段は2~3ユーロ(約330~490円)。日本と比べて物価が高いフィンランドだが非常にチャレンジしやすいソウルフードだ。

ホテルの朝食バイキングで。

駅のキオスクで。左下が「カレリアンピーラッカ」。
コンビニで売られているくらいだから、もちろんそのまま食べてもおいしい。だが地元の人によると「バターと刻んだゆで卵を和えた〈エッグバター〉をトッピングすると絶品!」とのことだ(ソウルフードゆえに「私的にはこれがベスト!」というアレンジは他にもあるかもしれない)。

ホテルの朝食バイキングなどゆで卵がない場合は「スクランブルエッグで代用するのも手」とのこと。
仮に卵がなくてもバターをたっぷり塗ること! フィリングの米のほのかな甘みと皮の微かなしょっぱさに重厚感が加わり絶品になる。
なぜ北欧で「米」料理なのか?
さてこのカレリアンピーラッカのフィリングが「米」であることに違和感を覚える人も多いだろう。フィンランドは北緯60~70度くらいにあり、国土の3分1は北極圏。樺太よりもずっと北極に近く、「米作」に適した土地ではない。
じつはカレリアンピーラッカ、もともとは寒い場所でも収穫できる大麦やじゃがいもがフィリングも用いられていた。それが19世紀に貿易によって得た米が用いられるようになり、現在ではそれが主流となった。

雪景色は寒さを忘れるほど格別。
カレリアンピーラッカの歴史もなかなか興味深い。このパイが生まれた「カレリア地方」とはフィンランドの南東部とロシアの北西部にまたがる地域であり、ずっと両国(以前はフィンランドを領有した「スウェーデン・バルト帝国」や「ソビエト連邦」)の係争地であった。
1941年に両国で戦争が起こるとカレリア地方に住む人たちはフィンランド内部に避難。彼らがレシピを伝えたことでフィンランド中に広まり、今や国民食とも言える存在になったのだ。ある意味悲しい歴史の産物である。
ちなみに前述のようにスウェーデンに領有されていた歴史もあり、フィンランドの公用語はフィンランド語とスウェーデン語である。当然案内も両方の言葉では記されている。
調査で「世界一しあわせな国」とされることもあるフィンランドだが、しあわせな歴史だけでない。というよりもむしろロシアとスウェーデン、さらにはドイツという大国に挟まれた地理的要因から「苦難の歴史」を歩んできた国である。そんなことを考えながら口にするカレリアンピーラッカは、少しほろ苦さも交じっているような気がした。それでも。
世界はうまいで満ちている。
Visit Finland(フィンランド政府観光局)
https://www.visitfinland.com/ja
フィンエアー/Finnair
「日本から一番近いヨーロッパ」であるヘルシンキ経由で、欧州約70都市へ。羽田・成田・中部・関空の4空港就航。
文/柳沢有紀夫
世界約115ヵ国350名の会員を擁する現地在住日本人ライター集団「海外書き人クラブ」の創設者兼お世話係。『値段から世界が見える』(朝日新書)などのお堅い本から、『日本語でどづぞ』(中経の文庫)などのお笑いまで著書多数。オーストラリア在住