
モバイルバッテリー。今や我々の日常生活に欠かせないガジェットであるが、それが全世界の航空業界を恐怖の底に陥れている。
これは決して大袈裟な表現ではない。リチウムイオン電池を内蔵するタイプのモバイルバッテリーは、過熱や発火を起こしやすいと言われている。旅客機にとって、機内火災は最悪の事態。船や鉄道とは違い、乗客はそこから逃げることは絶対にできない。
にもかかわらず、世界ではモバイルバッテリーが原因と思われる火災事故が相次いでいるのだ。それを受け、日本の国土交通省も一つの基準を定め、各航空会社に協力を求めるようになった。
モバイルバッテリーの機内持ち込みが厳格化された、ということだ。
相次ぐ機内火災の原因

2025年1月、韓国金海空港発・香港国際空港行のエアプサン391便の機内で火災が発生した。
これは上部がすっかり剝げ落ちるほど激しい火災だったにもかかわらず、死者は出なかった。乗員の訓練の賜物と言うべき奇跡だが、この火災の原因は乗客が持ち込んだモバイルバッテリーではないかと言われている。最終報告書はまだ上がっていないものの(普通、航空事故の最終報告書は数年がかりでまとめられる)、韓国政府は同年3月までにモバイルバッテリーの機内持ち込みに関するルールを再定義した。
これを簡潔に言えば、モバイルバッテリーは収納棚には入れず、客室乗務員が見える場所(多くの場合は座席前のポケット)に置かなければならない……ということだ。
ところが、韓国政府のこの決定から間もなく香港で同様の事故が発生する。香港航空115便の機内火災である。
これは乗員と乗客が協力して、火元となった収納棚の中に水をかける映像が記録された。こちらの事故も死者は発生しなかったが、モバイルバッテリーとは一歩間違えれば数百名の人々の命を上空で散らしてしまう代物だということが証明されたのだ。
国交省からの「お願い」

これらの事故をきっかけに、中国政府は強権を振るい半ば強引なルール改定を行う。
今年6月から、中国国内便では「認証マークのないモバイルバッテリー」の持ち込みが禁止されるようになった。
これは国際便に対しては適応されないルールではあるが、それでも事前の手荷物検査が強化されるようになった。実は筆者も、北京経由でタイへ渡航したためこの光景を見ている。あくまでも数時間の空港経由に過ぎない乗客に対して、中国の入管当局は徹底した手荷物検査を実施していた。その狙いは明らかにモバイルバッテリーで、筆者が持参していたものも細かく調べ上げるほどの念の入れようだった。
中国のモバイルバッテリー持ち込み厳格化は、まさに「北京からの命令」である。
一方、7月1日に日本の国土交通省が発表した指針は、以下の通り。
スマートフォン、タブレット端末やゲーム端末等の携帯用電子機器の普及拡大により、モバイルバッテリーを持ち運ぶ方が増えていますが、モバイルバッテリーに使用されているリチウムイオン電池は、外部からの衝撃等による内部短絡や過充電等により発熱、発火等のおそれがあります。
現在、国土交通省では、国際民間航空機関が定める国際基準に基づき、機内預け入れ荷物にモバイルバッテリーを含めることを禁止しているほか、機内持込みについても持込み可能なモバイルバッテリーの個数・容量を制限しているところです。
我が国のエアラインにおいても、機内でモバイルバッテリーが発煙・発火等する事例は発生しておりますが、いずれも早期の発見により的確な対応が図られております。一方、本年1月に韓国・金海空港で発生したエアプサン航空機炎上事故では、これまでの韓国事故調査当局による調査により、モバイルバッテリーからの発火が原因である可能性が指摘されています。
こうした中、国土交通省では、機内におけるモバイルバッテリーの発煙・発火等への対応を強化し、客室安全の一層の向上を図るため、航空関係団体(定期航空協会)と連携し、本邦定期航空運送事業者の統一的な取組として、本年7月8日から、以下の2つを協力要請事項として新たに講ずることとしましたので、ご理解ご協力をお願いいたします。
(モバイルバッテリーを収納棚に入れないで!~7月8日から機内での取扱いが変わります~-国土交通省 太字は筆者)
日系2社の対応

「本年7月8日から、以下の2つを協力要請事項として新たに講ずることとしましたので、ご理解ご協力をお願いいたします」ということは、これはあくまでも「お願い」という意味だ。
しかし、日系航空会社の全日空と日本航空はすぐさまそれに従った。まずは全日空の規約を見ていこう。
国土交通省航空局からの要請に基づき、航空機内でのモバイルバッテリーの発煙・発火等への対応を強化し、皆様により安全で快適な空の旅をお過ごしいただくため、以下のご協力をお願いしております。
・モバイルバッテリーを座席上の収納棚へ収納しないでください。
万一の不具合発生時に速やかな対応ができるよう、モバイルバッテリーは必ずお手元または座席前ポケットなど、常に確認できる場所に保管してください。
・機内でのモバイルバッテリーから携帯用電子機器への充電又は、機内電源からモバイルバッテリーへの充電については、常に確認できる場所で行ってください。
携帯電話などの電子機器への充電、または機内電源からモバイルバッテリーへの充電いずれの場合も、異常を感じた際は速やかに客室乗務員へお知らせください。
安心して快適な空の旅をお過ごしいただけますよう、ご理解、ご協力をお願いいたします。
(モバイルバッテリーのご利用に関するお願い-全日空)
次に引用するのは、日本航空の規約である。
機内でのモバイルバッテリーの発煙・発火などの事例が国内外で発生していることを受け、国土交通省航空局からの要請に基づき、2025年7月8日から以下のご協力をお願いいたします。
1.モバイルバッテリーは、座席上の収納棚には収納しないでください。
2.機内で、モバイルバッテリーから携帯用電子機器へ充電する際、または、機内電源からモバイルバッテリーへ充電する際は、常に状態が確認できる場所で行ってください。
全てのお客さまに、機内で安心・安全にお過ごしいただけますよう、ご協力をお願いいたします。
(機内でのモバイルバッテリーの収納・使用に関するお願い-日本航空)
いずれも国交省からの協力要請に倣った形で、同時に「収納棚にはモバイルバッテリーを入れてはならない」ということが完全に確立された。
モバイルバッテリーは「消耗品」と考えて適度に買い替えるべし!

このルール変更は、旅行愛好者の行動にも大きな影響を及ぼすだろう。
モバイルバッテリーとは、経年劣化するガジェットであるという事実をここで今一度思い出す必要がある。数年に渡って同じモバイルバッテリーを利用し続けているという人は、早急な買い替えを考えるべきだろう。感覚的には、モバイルバッテリーは耐久消費財ではなく消耗品に近いのだ。
これは飛行機の中に限らず、様々な場所で最悪の事態を想定することができる話でもある。7月10日、名古屋市営地下鉄鶴舞線の塩釜口駅で乗客の所持していたモバイルバッテリーが発火するということがあった。残念ながら、こうしたことは誰の身にも起こり得る事態だ。身近に消火器が設置されている駅ホームでの事故だったことが、むしろ幸いだったかもしれない。もしも、これが自家用車の中だったらどうなっていただろうか―—。
そうしたことも考慮した場合、旅に連れていく相棒は慎重に選んだほうがいいだろう。
【参照】
モバイルバッテリーを収納棚に入れないで!~7月8日から機内での取扱いが変わります~-国土交通省
モバイルバッテリーのご利用に関するお願い-全日空
機内でのモバイルバッテリーの収納・使用に関するお願い-日本航空
文/澤田真一
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