
名古屋大学大学院で情報工学を専攻し、NTTで研究職として情報通信業界の最先端に身を置いていた近藤敏矢氏。実家が経営する保育園を継ぎ、異色の保育園経営者となった同氏は、保育業界に蔓延する旧態依然とした体質や非効率な業務実態を目の当たりにし、その変革が求められているといいます。本記事では、同氏の著書『ここが変だよ、保育園』から、現代社会の変化に対応できない保育園が直面する経営課題と、保護者が持つべき新しい視点について、抜粋して紹介します。
なぜ保育園はアップデートできないのか?一般企業とはかけ離れた業界体質
NTTの会社員を辞めて父から引き継いだ保育園は、戦後まもなく設立され、すでに70年以上の歴史があります。あるとき、事務所の掃除をしていたら30年前の写真が出てきたことがありました。写真だけは色褪せていましたが、その場にいた職員も園舎もまったく変わっていませんでした。いつも変わらずにそこにある、という感覚は大切なことだと思います。
しかし、一般企業では話が異なります。一瞬でも早く、いかに競合より優れた製品やサービスを世の中に創出するか、むしろ変化しないものは価値がないと判断されるような世界です。常に変化にさらされながら仕事をしてきた身からすると、保育業界にはまるで時代の流れとは無縁であるかのように引き継がれているものが多く、驚愕でした。もちろん、世の中には長年変わらないことに価値を見いだされるものもあります。ところが、保育の中身までもが数十年前と同じ形であることは、果たして正しい姿なのかと疑問を抱かずにはいられません。保育の現場、保育を支える事務業務等は、時代に合わせてアップデートし、さらなる効率化を実現し、保育現場にかける質を向上させたほうがいいことに間違いはないはずです。
園の業務、園の行事等を振り返ってみたときに、「昨年度も同じことをしていたので」という理由で繰り返していたとしたら、本当にそれで良いのかを問い直す必要があります。実際に、保育の実例を紹介するセミナーでは、従前のあり方をひっくり返しながら改革を進めている保育園が数多く現れています。表面上は同様の行事を繰り返しているところでも、その位置づけを繰り返し議論し、行事の内容、意味、定義づけをし直すなどの努力をしているのです。
その方針、本当に「子どものため」? 存続が危ぶまれる園の共通点とは
保育業界に身をおくと、子どものためだという言葉をよく耳にします。似たようなニュアンスで、子ども目線とか、子ども第一という表現も頻繁に使われます。現場の保育士たちを見ていると、確かに子どもたちのことを第一に考え、身を粉にして働いています。しかし、保育業界には本当に子どものためだといえるか疑問に思う仕組みや制度が多数あります。
例えば、特別保育事業のなかに、リフレッシュ預かり保育があります。これは子どもを月3回を上限に一時的に保育園に預けるというものです。もちろん、24時間365日子どもと向き合っている保護者にとって、わずかな時間であっても子育てから距離をおいてリフレッシュする時間は必要です。
しかし子どもの立場から見てみると、突然知らない場所に連れて行かれるわけです。大好きな親から引き離され、置いて行かないでと泣き叫んでも親は戻ってこず、見ず知らずの人に囲まれた時間を耐え忍ぶのは相当なストレスになります。そういったストレスを子どもに強いるのがリフレッシュ預かり保育です。子どものストレスをベースとした、親のリフレッシュのための保育ということもできそうです。もちろん、お預かりをしている間は、子どもたちにとって最も良い時間となるよう、保育士は一生懸命に考えながら保育を行うのですが、制度自体としては、子ども目線、子ども第一という表現からはあまりに遠いものだと思えます。
地域がセーフティネットの役割を果たしていれば、子どもにとってもなじみのある身内や近所の人がちょっと預かるということが可能であるはずです。しかし、地域社会で保育の機能を果たせるのが保育園に限られるような状況では、親のリフレッシュのために、子どもに多大な負担を強いる現状のようなやり方にならざるを得ません。
子どものためをうたうのであれば、保育園がもっと社会に開かれた存在となり、地域が一丸となった子育てサポート体制を構築していくことで、よりよい方法を考えることもできるはずです。ほかの特別保育を並べてみると、産休明け・育休明け入所予約、産休明け保育(生後57日から)、乳児保育 (0歳から)、夜間保育、延長保育、休日保育、24時間緊急一時保育、病児・病後児保育などです。大人の都合により、社会のひずみをすべて保育園に押し付けている印象も受けます。保育業界に身をおいていると、子どものためという言葉が、「保護者のため」「大人の都合のため」という事情をきれいに覆い隠すために利用されているようにも感じます。
事業承継もできず廃業の危機も。保護者が園の未来を見極めるために知るべきこと
民間の保育園のなかには経営者の高齢化などを理由に事業承継を考えるタイミングがやってきます。後継者候補に考えていた自分の子どもが地元を離れて就職し、自分の人生を歩んでいることもよくあり、必ずしも身内が積極的に保育園を継ぐとは限りません。
そうすると、保育園経営者には事業を畳むことを考える人も出てきます。心の底では、長年経営してきた愛着のある保育園を閉園するのは苦しい決断だと思います。しかし、親族経営の形で続けていく限り、事業承継の候補者が非常に限定されてしまいます。保育業界で一法人一施設のままではいずれ限界がきます。福祉医療機構のデータによると、定員割れを起こす園がすでに増えており、都道府県全体での利用率が8割を切っているところもあります。
待機児童問題という、ある意味で保育業界としてはバブルのような状態が続いていた時代は終焉しました。これまでのやり方では事業承継どころか経営自体が非常に厳しい状態に追い込まれるところも出てきます。社会福祉法人が複数の保育園、複数の施設をもち、厚生労働省の指摘する多角化や多機能化による福祉サービスを提供し、各施設に共通する部分は法人がまとめて管理するなどして効率化を図ることで、事業経営力を強化していくことが求められます。
保育園が保育だけをしていれば良かった時代は終わりました。少子化が急速に進むなかで、黙っていても毎年同じように園児が入園してくるという状況はすでに過去のものとなりました。今後も地域の責任ある子育て支援施設として保育園が存続していくためには、これまでの考え方ややり方を見直さなければなりません。
文/近藤敏矢
こんどう・としや 社会福祉法人みなみ福祉会理事長。保育園や子育て支援拠点等を運営する中で、保育現場の実情と制度のギャップを可視化し、保護者や社会に伝える活動を行っている。著書『ここが変だよ、保育園』『親が知らない保育園のこと』。