
私たちは日ごろ、「自分の意思で物事を決定して、最適な行動をしている」、「常にしっかり考えて選択をしている」、「自分の人生は自分でコントロールできている」と思いがちです。
でも実際は、そのときの状況や自らの感情、売り手側の巧妙な仕掛けなど、さまざまなバイアスに左右され、無意識のうちに誘導されています。
・「『限定』や『大人気』という言葉に弱い」
・「セール品に飛びついて後悔する」
・「ネット通販で買いすぎてしまう」
どれか1つでも当てはまるようなら、あなたの思考や行動はパターン化してしまっているかもしれません。
今回は、行動経済学コンサルタントの橋本 之克氏による著書『世界は行動経済学でできている』から一部を抜粋・編集し、行動経済学を「使えるツール」として日常に活かすヒントを紹介します。
【ダニング=クルーガー効果】「能力が低い人ほど自分を過大評価する」のはなぜか?
■「自分に自信がある人」ほどだまされやすい
「まさか私が引っかかるはずがない」
「自分は大丈夫」
これは、詐欺被害にあった人がよく口にするフレーズだそうです。

みなさんも聞いたことがあるかもしれませんが、詐欺師に一番引っかかりやすいのは、「自分に自信がある人」です。
災害や事件、事故が起きたときなども、「こんなことが起きるなんて怖いね」などと言いながら、なぜか自分がその当事者になる可能性については考えません。「自分はそんな目にはあわないだろう」「自分には関係ない」と思い込んでしまうのです。
こうしたときは、自分の立ち位置を正しく認識できず、「自分から見えている自分」と「他人から見えている自分」にズレが生まれています。自分では「それなりに賢いし他人の甘い言葉には耳を貸さないぞ」と思っていても、詐欺師からすると「チョロいカモだな」と思われていたりするわけです。
このようなときには「自分に対する認知のあり方」に関係する、「ダニング=クルーガー効果」が影響しているかもしれません。
■成績が悪い人ほど「自分はできる」と思い込んでいる
「ダニング=クルーガー効果」とは、能力や知識が低い人ほど、自分の能力不足や他者のレベルの高さに気づかず(気づけず)、自分自身を高く評価してしまう傾向のことです。
この影響を受けることで人は、少し知識を得ただけで、その知識は全体のほんの一部でしかないのに、まるですべてを知っているかのように過信してしまいます。自分自身を過大評価してしまうのです。その結果、断片的で浅い知識に基づいた短絡的な決断を下してしまいます。
これと反対に、成果や結果があるにもかかわらず、自信や自尊心を持てないのも、やはり「ダニング=クルーガー効果」の影響です。能力が高く経験が豊富だと、自分以外のレベルの高い人についても把握できます。その結果、自分自身の能力を過小評価してしまうのです。
「ダニング=クルーガー効果」のもとになった実験を紹介しましょう。
コーネル大学のデイヴィッド・ダニングとジャスティン・クルーガー(この2人の名前を取って「ダニング=クルーガー効果」と名づけられた)は、45人の大学生を対象に、論理的思考に関する20項目のテストを行いました。
終了直後、試験を受けた大学生全員に、自分がどれだけ点数が取れたかを予想してもらい、実際の点数との差を見ます。
全体を「実際の得点」順に、上位から4グループに分け、各グループにおける「予想得点」と「実際の得点」のギャップを集計しました。
すると、最もギャップが大きかったのは、実際の得点が「最下位グループ」。つまり点数の低い学生ほど、自分を過大評価していたのです。反対に、「最上位グループ」は、自分たちを過小評価していました(*27)。

下の図は、「ダニング=クルーガー効果」における、「知識・経験」(横軸)と「自信」(縦軸)の関係を表しています。
1「バカの山」……思い込みの段階
一部の知識を得ただけで、すべてを理解したと思い込み、知識や経験がほとんどないのに自信が急激に高まる。
2「絶望の谷」……思い込みだと知る段階
「バカの山」をすぎると、自分の知識はほんの一部にすぎず、学ぶことはたくさんあると知り、すっかり自信を失う。
3「啓蒙の坂」……自信を持ち始める段階
改めて学ぶことで成長を実感し、少し進歩できたことで自信を徐々に取り戻し始める。
4「継続の大地」……正しく自己評価できる段階(最終地点)
さらに学びを進めることで成熟。自分の得意や不得意も理解して正しく自己を評価し、安定的に自信を持てるようになる。

入社したばかりでまだあまり仕事ができないのに、「自分はできる」と思い込んでいる社員も見かけます。もしかしたら「バカの山」の頂上で天狗になってしまっているのかもしれません。
投資初心者が、たまたま短期間で利益を得られたりすると、それがビギナーズラックにすぎないのに「自分には能力がある」と勘違いすることがあります。調子に乗って難易度が高い商品に手を出して、大損をすることもあります。
また最初だけ配当を支給するなどして、ニセの成功体験をさせる投資詐欺があります。これもまた「やはり、この投資を選んだ自分の目は確かだった」という勘違いをさせることで、さらに多くのお金を投資するよう促していると考えられます。
■「話してもわかり合えない人」もいると認めること
自分を過大評価するなど、自分の能力に対する誤解を戒める言葉は歴史の中でも数多く生まれています。主なものを挙げてみましょう。
■「真の知識は、自分の無知さを知ることである」孔子
■「無知の知」ソクラテス
■「愚か者は自身を賢者だと思い込むが、賢者は自身が愚か者であることを知っている」ウィリアム・シェイクスピア
こうした自己判断の誤りは古くから問題になっています。
一方、2000年代にも、似た問題が大きな話題となりました。450万部を超える大ベストセラーとなった書籍『バカの壁』(新潮社)です。著者の養老孟司さんは、バカの壁とは「自分が知りたくないことや考えたくないことについて情報を遮断しようとして自主的に張りめぐらせている壁のこと」と述べています。
このような壁を自らつくってしまうと、本人だけでなく周囲に迷惑を及ぼしかねません。仕事で「能力が低いのに自己評価が高い」という勘違いをする人間も、その一種と言えるかもしれません。
『バカの壁』では、価値観そのものを一元論(正しいことは1つしかない、という思い込み)から多元論(正しいことはいくつもありうる)に変えなくてはいけないと結論づけられています。
とはいえ人間の価値観の問題となると、難しい点もあります。誰かの価値観を変えることは簡単ではないからです。
ただしこれが「ダニング=クルーガー効果」によるものであれば、変えられるかもしれません。「バカの山」に登っている人は自分で気づいていませんが、時間が経つことで理解できる可能性があるからです。
こうした心理を理解して、相手の自己判断が変わるのを待つことは有効です。
もちろん、そこにかかる時間は人によって異なりますから、ある程度、忍耐も必要でしょう。
重要なのは「根本的な価値観の問題」なのか、それとも「一時的な自己判断の誤り」なのかを見抜くことです。
自分と他者との位置関係を客観的な視点で見極めるのは難しいものです。私たちがしばしば「バカの山」に登ってしまうのも仕方がないのでしょう。
しかし、そこで自らが「ダニング=クルーガー効果」に影響されている可能性をふまえて、できる限り冷静に自己を見つめることは重要です。そこから真の自分の強みを見つけることもできるはずです。
また誰もが、うまくいかなくて自信をなくしたり、自分を見失ってしまったりすることもあります。そんなときは、先ほどの「曲線」で自分が今どの段階にいるのかを分析するのもいいでしょう。
「絶望の谷」にいると思うなら、もう「バカの山」はクリアしているのですから、あとは継続しながら少しずつ、確実に上に登って行くだけだと思えれば、自信につながります。
人間の心理的バイアスを知ることは、他人を理解することはもちろん、自省や自己のさらなる成長にもつながるのです。
*27 Kruger, J., Dunning, D. Unskilled and Unaware of It: How Difficulties in Recognizing One’s Own Incompetence Lead to Inflated Self-Assessments. Journal of Personality and Social Psychology, 1999, 77, 1121-34.
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『世界は行動経済学でできている』
著者:橋本 之克
発行:アスコム
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●橋本 之克
行動経済学コンサルタント/マーケティング&ブランディングディレクター
東京工業大学卒業後、大手広告代理店を経て1995年日本総合研究所入社。自治体や企業向けのコンサルティング業務、官民共同による市場創造コンソーシアムの組成運営を行う。1998年よりアサツーディ・ケイにて、多様な業種のマーケティングやブランディングに関する戦略プランニングを実施。「行動経済学」を調査分析や顧客獲得の実務に活用。
2018年の独立後は、「行動経済学のビジネス活用」「30年以上の経験に基づくマーケティングとブランディングのコンサルティング」を行っている。携わった戦略や計画の策定実行は、通算800案件以上。
構成/DIME編集部