■ユニクロが定番商品ばかりをそろえている理由
この「後悔の回避」という人間の特性をうまく活用してビジネスをしているケースは多々あります。例えば、ユニクロです。
誰でも一度くらいは「たまには冒険してみたいかも」と、普段は着ないデザインや色の服を買った経験があるのではないでしょうか。しかし、ほとんど着ることがなくタンスの肥やしに……といった結果になってしまうこともありますよね。
そんな、服に対する「買わなきゃ良かった」という後悔を減らすための戦略を取っているのがユニクロなのです。
ユニクロのコンセプトである「LifeWear」は、「進化し続ける普段着」と定義されています(「普段着」がポイント)。
ユニクロには、極端に高価な商品はなく、品質は良くてもリーズナブルなものがそろっています。過度に流行を追った奇抜なアイテムはなく、色やスタイルもベーシックなものが基本です。
ユニクロが主に提供するのは、人から注目を浴びるような斬新さではありません。こうした商品提供の考え方は、世の中にかなり浸透してきました。これはまた、お客さん側のニーズにも合っています。多くの人が、ユニクロに「ベーシックと安定」を求めているのです。いつ行っても同じ商品が置いてある安心感、誰が着ても様になる定番のデザイン、そして買い物の失敗を最小限に抑えられる価格設定……。
これらはすべて、後悔を回避したいという顧客心理を理解したうえでのビジネス戦略なのです。ユニクロは、お客さんが将来後悔する要素をなるべく減らしてくれているわけです。私たちがリスクを考えずに買い物ができるようにしてくれている、と言うこともできます。
別の見方をすればユニクロは、人間の消費行動における「買いたい」という欲求だけでなく、「買うことでの失敗を避けたい」という心理的ハードルまで理解して戦略づくりをしていると考えられます。
ここには、誰でも真似できるポイントがありそうです。
■「不安」や「リスク」を小さく分解する
新しいことにトライできない、やりたいことができない、変わらないといけないのに変われない……。そんな声をよく聞きます。
今は変化の速い時代です。仕事でも、昨日までの成功法則が、明日には通用しないかもしれません。そんなときに「後悔の回避」は障壁になる可能性があります。
では、私たちはどうすれば「後悔の回避」を取り除けるのでしょうか。そして、どうすれば新しいチャレンジの一歩を踏み出せるのでしょうか。
まずは、自分の判断も他人の判断も「後悔の回避」の影響を受けていると認識することです。
そのうえで、私がおすすめしたいのが、後悔のもとになる「不安」や「リスク」を徹底的に分解し、それを言語化すること。
「後悔の回避」が起きるのは、後悔を生むかもしれないと思っている「不安」や「リスク」があるからです。でも、この不安やリスクは、たいていの場合は解像度が低く、ぼんやりとした状態で存在しています。大きな、漠然とした不安やリスクだと、どう対策したらいいかわかりません。
そこで、この「不安」や「リスク」をどんどん細かく分解していき、「小さな不安」や「小さなリスク」にしていきます。そうすることで、「対策」があることに気がつきます。小さな不安やリスクならば、対策を具体化できるのです。
実はこの方法はスポーツ心理学で取り入れられているもの。スポーツ選手は、不安を感じると、実力どおりのパフォーマンスを発揮できません。失敗したときのことを想像して心身が萎縮してしまうからです。
そこで推奨されているテクニックが、不安な要素を細かく分解して言語化することです。
漠然としていた不安を分析し、根本的な原因がわかれば、対策を練ることが可能になります。やるべきことが具体的になれば、それに集中することで不安から解放されるのです。
この作業をすると「対処法がない不安」、つまり自分ではどうにもできないこともはっきりします。そうすれば、自分ではどうしようもない不安は捨てる、といった気持ちの整理も可能になるのです。

■「やれば良かった」をなくすためには

この方法で、仕事に関するさまざまな不安も解消することができます。
例えば、取引先に新規案件を提案することになり、上司から「あなたにプレゼンを任せたい」と打診された場合。せっかく声をかけてもらえたのだからやりたいけれど、これまでに経験がなかったり、以前に失敗してしまったりしたことがあり不安……ということもあるでしょう。そんなときも、漠然とした「どうしよう……」という不安を分解してみるのです。
■不安に思っていること
●何を話せばいいのかわからない
●参加者にちゃんと伝わるだろうか
●うまく話せなかったらどうしよう
■なぜ、そう思ってしまうのか
●内容がまとまらない、資料づくりが難しい、話す順番が整理できない
●質問に答えられない、つまらないと思われそう、批判されるのが怖い
●緊張で声が震える、頭が真っ白になる、言葉に詰まる
■不安への対処法
●先輩や上司にプレゼン資料のつくり方を教えてもらう、わかりやすい資料づくりの本などを読む
●話す順番や内容を整理して、事前に同僚などに練習相手になってもらう
●声の出し方や表情のつくり方を意識しながら練習をする
●想定される質問と回答を事前に準備しておく
「後悔の回避=現状のままでいいや」という気持ちの裏側には、不安やリスクを避けたいという気持ちが隠れています。
でも新しいチャレンジができないと、せっかくのチャンスを逃したり、あとになって「やれば良かった」と後悔したりする可能性もあります。
アメリカで80歳以上の高齢者を対象に「人生で最も後悔していることは何ですか?」というアンケートを取ったところ、なんと7割の人が「チャレンジしなかったこと」と回答したそうです。
人生の終盤になって後悔するのは、失敗したことよりも「やらなかったこと」だということですね。国が違っても、「非行為後悔」の精神的なダメージが長く残る傾向は変わらないのでしょう。
忙しい毎日に忙殺されて忘れていた「やれば良かった」「やりたかった」という過去への思いが、人生を振り返るタイミングに、大きな後悔となって蘇ってくることもあります。
そんな気持ちを抱え込まないためにも、自分自身も「後悔の回避」に左右されてしまう性質があると知るべきです。
そして新たな一歩を踏み出してみましょう。その際に不安をなくす具体的な方法として、行動を躊躇させる不安要素を細分化、言語化、明確化して、1つずつ対処法を考え実践するという方法をぜひ、試してみてください。
*23 「Preply(プレプリー)」による「今どきの告白スタイル」に関する調査
*24 『行動ファイナンス入門』(角田康夫、PHP研究所、2009年)
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著者:橋本 之克
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●橋本 之克
行動経済学コンサルタント/マーケティング&ブランディングディレクター
東京工業大学卒業後、大手広告代理店を経て1995年日本総合研究所入社。自治体や企業向けのコンサルティング業務、官民共同による市場創造コンソーシアムの組成運営を行う。1998年よりアサツーディ・ケイにて、多様な業種のマーケティングやブランディングに関する戦略プランニングを実施。「行動経済学」を調査分析や顧客獲得の実務に活用。
2018年の独立後は、「行動経済学のビジネス活用」「30年以上の経験に基づくマーケティングとブランディングのコンサルティング」を行っている。携わった戦略や計画の策定実行は、通算800案件以上。
構成/DIME編集部