■「ちょい見せ」で顧客を沼に引き込む
企業側は、この「コンプリートしたい」「途中でやめたくない」という感情を、消費者にお金を使わせるために利用しています。
例えば、いわゆる「推し活」もその1つです。アイドルがジャケットのデザインが違うCDを数パターンリリースしたり、多数のグッズを発売したりするのも、推しのものならファンは全部集めたいと思うのを見越しているからです。アニメグッズやキャラクターグッズなどでも、同じような売り方がされていますね。

最近は、推しの写真やグッズ、関連アイテムなどを飾り付ける、いわゆる「祭壇」をつくってその写真をSNSにアップする風潮もあります。コンプリート中のグッズを披露して自己顕示欲を満たすことが、さらにグッズ集め行動を後押しします。
他にも、テレビのCMで情報を最後まで伝えずに、「続きはWEBで」と誘導するものがありますが、これも「オヴシアンキーナー効果」の活用です。
また、情報を小出しにする「ティーザー広告」も近い手法です。最初の段階では、ほとんど内容を明かしません。視聴者はわずかな情報しか得られず、全体像をつかめない状態になるため、先が気になってしまうわけです。
大ヒット映画『THE FIRST SLAM DUNK』では、事前にあらすじを一切公開しないというプロモーションで大成功を収めました。
動画配信サービスやウェブ漫画サイトで行われている「1話無料」「1巻無料」「試し読み」などのキャンペーンも同じです。
まずは「無料」をエサに視聴や購読を始めてもらいます。
そこでコンテンツを面白いと思った見込み客は、続きが気になって課金をしてくれるのです。結果的に、「オヴシアンキーナー効果」によって長期的にお金を落としてもらえるわけです。
■「コンプリートしたい」気持ちをうまく活用するには
「オヴシアンキーナー効果」の利用方法に「アイディア発想」があります。
かつて20代で広告業界に入ったばかりのころに、先輩から『アイデアのつくり方』(ジェームス・W・ヤング、CCCメディアハウス)という本をすすめられました。著者はアメリカ最大の広告会社だったトムプソン社の常任最高顧問、アメリカ広告代理業協会の会長などを務めた著名人で、1965年の初版刊行以来、世界中で読まれてきた名著です。
その本にはタイトルのとおり、どうすればアイディアを生み出すことができるのか、具体的な方法が書かれています。そのプロセスは次の5段階です。
(1)材料の収集:アイディアは既存の要素の組み合わせである。新しい組み合わせのために多くの材料を集める。
(2)材料の消化:収集した材料を組み合わせ、そこから関係性を見出そうと努力する。
(3)孵化:アイディアづくりを完全に放棄し、音楽や映画など、想像力や感情を刺激するものに心を移す(無意識の心が勝手に材料を組み合わせるのに任せる)。
(4)誕生:アイディアは探し求める心の緊張を解いたときにやってくる。
(5)検証と発展:生まれたアイディアが実際に活用できるか検証、修正し、さらに発展させる。
正直、この本をはじめて読んだときは半信半疑でしたが、とりあえず試してみたところ、少しずつこの方法でアイディアを生み出すことができるようになったのです。それから長い間、この方法を使ってきましたが、ずっと「なぜ有効なのか」、その理由がわからないままでした。
それを理解できたのは「オヴシアンキーナー効果」を知ったときです。
最も謎だったのは「(3)孵化」の段階でしたが、実はこの「無意識の心が勝手に材料を組み合わせるのに任せる」という作業は、意識的に「オヴシアンキーナー効果」を発動させる方法だったのです。
思考をあえて「中断」することで、無意識のうちに頭が働くように自分を仕向けていたのです。無関係なものに想像力や感情を刺激されている間でも、自然と頭は回転しているわけですね。
この話を読んで、自分の仕事にはあまり関係ない、と思った方もいることでしょう。クリエイティビティは、特殊な仕事だけに必要なものだと思うかもしれません。
しかし、現代は多くのデスクワークを機器やAIが代替する時代です。人間でなければできないものの1つが、クリエイティビティを発揮する仕事です。創造することができなければ、人間の存在価値はなくなってしまいます。
例えば、新たなプロジェクトを通すときに誰から話をするか、部下のモチベーションを高めるためにどんな言葉をかけるかなど、ごく普通の仕事の中にも創造性が必要な場面は数多くあります。
ですから、私はあらゆるビジネスパーソンに創造力を持ってほしいと思っています。
あなたもぜひ「オヴシアンキーナー効果」を活用して、アイディアづくりにチャレンジしてみてください。
*21 Ovsiankina, M. Die Wiederaufnahme unterbrochener Handlungen. Psychologische Forschung, 1928, 11, 302-379.
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『世界は行動経済学でできている』
著者:橋本 之克
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●橋本 之克
行動経済学コンサルタント/マーケティング&ブランディングディレクター
東京工業大学卒業後、大手広告代理店を経て1995年日本総合研究所入社。自治体や企業向けのコンサルティング業務、官民共同による市場創造コンソーシアムの組成運営を行う。1998年よりアサツーディ・ケイにて、多様な業種のマーケティングやブランディングに関する戦略プランニングを実施。「行動経済学」を調査分析や顧客獲得の実務に活用。
2018年の独立後は、「行動経済学のビジネス活用」「30年以上の経験に基づくマーケティングとブランディングのコンサルティング」を行っている。携わった戦略や計画の策定実行は、通算800案件以上。
構成/DIME編集部