■「損失回避」「保有効果」「イケア効果」をうまく活用するには
「保有効果」をうまく利用すると、相手に「愛着を持たせる」ことができます。
例えばペットショップでは、「もし気になる子がいれば、1週間お試しができるので、おうちで一緒に過ごしてみてください」というサービスがあります。1週間も一緒に過ごすと、もはや「うちの家族」という気持ちになってしまうため、結局購入してしまうというわけです。
動物以外に車の試乗体験などでも同様の効果があります。
一度自分のものだと思ってしまうと、なかなか手放せなくなってしまうものですよね。この仕組みを強化するならば、お試し期間中の動物や車などに、仮の名前や愛称をつけてもらうといった方法も、「保有効果」を高めることでしょう。
アマゾンには、洋服やシューズ、バッグなどを取り寄せ、自宅で試着できる「Prime Try Before You Buy」というサービスがありますが、ここにも「保有効果」の仕組みが巧みに使用されています。

購入者からすれば、気に入った商品だけを購入し、いらないと判断した商品は無料で返送できますし、費用をかけずにサイズやデザインを実物で確認できるので、安心感が得られます。
一方の販売側からすれば、顧客に実際の商品を届けることによって「保有効果」を発生させ、購買意欲を刺激することができます。
このサービスの場合には、「社会的選好」も働きます。これは、自分だけでなく他人のメリットも価値と捉える心理です。商品を複数取り寄せたとしても無料なのですが、「さすがに全部返品するのは悪いかも……」という気持ちになり、購入を決める人もいるのではないでしょうか。
販売側からすると、「お試し」などの機会を設け、一度顧客に体験させる、保有させることが重要ということですね。
こうした心理は、生活のさまざまなところで活用することが可能です。
例えば、子どもにお手伝いをさせたい場合。たとえ子どもにとってつまらない家事でも、自分が手がけることで「イケア効果」が生まれます。また、苦手な食べものがあった場合、一緒に料理をすると食べられるようになるかもしれません。少なくとも「食べてみよう」とは思ってくれるでしょう。
子どもにお手伝いや自主的な行動を促したいとき、「ポイント制」を使う方法も考えられます。
■朝、一人で起きられたら○ポイント
■洗濯物を取り込んだら○ポイント
■晩ごはんの前に宿題を終わらせたら○ポイント
貯まったポイントに応じてご褒美を用意したり、有効期限をつくったりしてもいいでしょう。「ポイントが無駄にならないように(損失回避)」期限までに貯めようと思ったり、「たくさん貯めてもっと良いご褒美が欲しい(保有効果)」という気持ちが生まれるかもしれません。
これらの心理的バイアスからは、保有する、つくるなど、「自ら関わること」による影響力を理解できたのではないでしょうか。ただし、そこで生まれる感情が良い意味の「愛着」ではなく、悪い意味の「こだわり」になりうる点にも注意が必要です。
例えば仕事などでの会議の場面です。アイディアを持ち寄るときに、「イケア効果」が働くとどうなるでしょう?
自分で時間をかけ、知恵を絞って考え出した案を、自分自身が過大評価してしまう可能性があります。自分の案の欠点が見えなくなったり、客観的な判断ができなくなったりするのです。
その結果、無理に自分の意見を押し通そうとしてしまうかもしれません。
このような状況を避けるためには、アイディアや案に関して「自分がつくった」ということをいったん忘れ、「他人がつくったもの」として改めて良し悪しを判断するといいでしょう。
また、自分が作成した案の完成前に、自分以外の人に見てもらい、ネガティブチェックをする方法も有効です。
「愛着」や「こだわり」は決して悪いものではありません。ポジティブに活用するためにも、客観性や冷静さを忘れないことが大事なのです。
*20 厚生労働省『受診率向上施策ハンドブック 明日から使える ナッジ理論』、https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/000500406.pdf
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●橋本 之克
行動経済学コンサルタント/マーケティング&ブランディングディレクター
東京工業大学卒業後、大手広告代理店を経て1995年日本総合研究所入社。自治体や企業向けのコンサルティング業務、官民共同による市場創造コンソーシアムの組成運営を行う。1998年よりアサツーディ・ケイにて、多様な業種のマーケティングやブランディングに関する戦略プランニングを実施。「行動経済学」を調査分析や顧客獲得の実務に活用。
2018年の独立後は、「行動経済学のビジネス活用」「30年以上の経験に基づくマーケティングとブランディングのコンサルティング」を行っている。携わった戦略や計画の策定実行は、通算800案件以上。
構成/DIME編集部