
私たちは日ごろ、「自分の意思で物事を決定して、最適な行動をしている」、「常にしっかり考えて選択をしている」、「自分の人生は自分でコントロールできている」と思いがちです。
でも実際は、そのときの状況や自らの感情、売り手側の巧妙な仕掛けなど、さまざまなバイアスに左右され、無意識のうちに誘導されています。
・「『限定』や『大人気』という言葉に弱い」
・「セール品に飛びついて後悔する」
・「ネット通販で買いすぎてしまう」
どれか1つでも当てはまるようなら、あなたの思考や行動はパターン化してしまっているかもしれません。
今回は、行動経済学コンサルタントの橋本 之克氏による著書『世界は行動経済学でできている』から一部を抜粋・編集し、行動経済学を「使えるツール」として日常に活かすヒントを紹介します。
【後知恵バイアス】なぜ上司は、昨日と今日で言っていることが変わるのか?

■「こうなると思ってたんだよね」と言いたくなるわけ
同僚が仕事でミスをしたとき、「あの人はいつかトラブルを起こすと思ってたんだよ」と言ってしまう、株式投資で失敗したあとに「やっぱり、あのときに売っておけば良かった」などと言いたくなる。
みなさんも、さまざまな場面で「こうなることはわかっていた」と言いたくなった、言ってしまったことがあるのではないかと思います。ですが、本当に最初から「わかっていた」のでしょうか? それは正しい記憶でしょうか?
私たちはしばしば、最初からわかっていたと思い込んでしまうことがあります。この傾向を行動経済学では、「後知恵バイアス」と呼んでいます。
何かが起きたあとで、または結果を知ってから、事前にそれを予見していたかのように思い、そんな自分の考えが正しいと考えるのです。
あとから知った結果をもとに、結果を知る以前の自分の記憶を「以前から知っていた」と無意識に書き換えるわけですね。そうして自分の誤りを、棚上げします。そうすれば、あるべき姿(正しい判断を下せる自分)と実態の矛盾による不快感やストレス、即ち「認知的不協和」を感じることもありません。
心理学者のバルーク・フィッシュホフらが、1972年のニクソン米大統領の中国(北京)とソ連(モスクワ)への電撃的な訪問に関して、被験者に2回にわたって質問を行いました。
昔の話なのでひと言解説しますと、当時は20年以上続いていた冷戦の最中で、アメリカは中華人民共和国を国家として承認していなかったため、当時のニクソン大統領の訪問は、多くの人たちにとって驚くべきニュースでした。
この実験では、訪問前に、起こりうる仮説について「どのくらいの確率で起きるか」を推定してもらいました。仮説に含まれていたのは以下のような項目です。
■ニクソン大統領は、北京訪問時に毛沢東と会談する
■アメリカは中国を承認する
■アメリカとソ連は重要事項で合意する
そしてニクソン大統領の帰国後(結果が出たあと)にもう一度同じ被験者を集め、訪問前に答えてもらった質問を再度提示し、当時の自分が個々の質問について「何%の確率で起きる」と予想していたか、思い出してもらいました。
その結果、事実となった項目に対しては、過去に自分が考えた予測値以上に高い確率だったはずだと答えました。逆に事実とならなかった項目については、過去の自分は低く予測していたはずだと答えたのです。
つまり、「実際に起きたこと」によって、自分の記憶が書き換えられ、あたかも訪問前から「そうなるとわかっていた」と思いたがる傾向があることがわかったのです(*13)。
■「結果論」を語る人は言い訳ではなく本心である
スポーツ観戦でも、こうした例はあふれていますよね。
試合が終了したあと、「負けると思ってたんだよね」、あるいは「やっぱり勝ったね」などと口にする人を見たことがあるのではないでしょうか。
サッカー日本代表の試合では、負けると監督の戦術や選手交代などへの批判が相次ぎますが、勝つとそれまでの批判は吹き飛び、「信じていた!」「やってくれると思っていた!」と礼賛したりするものです。
このような人の話を聞くと、「なんて都合のいいやつだ」と思うかもしれませんが、実は多くの人に備わっている性質です。あなたも例外ではありません。
これは他の心理的バイアスと同じように、無意識に働きます。自分で自分の記憶を書き換えても覚えていないわけです。
ですから、わざと嘘をついているわけではなく、「自分ははじめからそう思っていた」と、「心からそう思っている」のです。
■変わると困ることは「記録」を残しておく
スポーツの試合結果であれば、言っていることがコロコロ変わっても誰かに迷惑をかけることはないでしょうが、これが仕事となると、ちょっと困ったことになります。
例えば上司から「AとBの仕事の進め方があるけど、今回はAでやって」と指示を受けたのに、その結果うまくいかなかった場合、「やっぱり、Bのほうがいいと思ってたんだよ」などと言われたら、「あなたの指示どおりにやったんですけど!」と怒りたくなりますよね。
「言った・言わない」という水かけ論になることを防ぎ、自分の不利益にならないためにも仕事の場などで重要度が高い発言をする際には、記録をつけるといいでしょう。複数人で認識を共有しておくといった対策も良いかもしれません。

相手の発言が変わったあとで、「あのときはこう言ったじゃないか!」と責めたくなるのは、よくわかります。しかし先ほども述べたとおり、記憶の書き換えは誰しもが悪意なく、無意識に行ってしまうものなのです。
また心理的バイアス以外で、昨日と今日で気分や判断が変わるというのは自然なことです。毎日の状況、感情は常に同じではないので、「昨日はAだと思っていたけど、今日はBだな」ということもあります。食べたいものや着たい服、聴きたい音楽などが日々変わっていくのは、誰しも経験があるのではないかと思います。
別項目でお話したように、私たちは1日に3万5000回もの意思決定を行っているため、1つひとつを熟考すること自体が難しかったりもします。ですので、言ったことや思ったことが変わってしまうのも仕方がないことなのです。
そんな状況を避けたいのであれば、やはり、大事なことは記録を残して言質を取っておくことが必要です。面倒ではあっても確実な方法でしょう。
仏教の考え方に「諸行無常」というものがあります。私たちは常に変化しており、絶対のものはありません。
意見が変わってしまった相手を「やむを得ないことだ」と受け入れることも、時には必要なのではないでしょうか。
「後知恵バイアス」をはじめとした数々の心理的バイアスの研究結果は、「人間は完璧なものではない」ことを示している、とも言えます。
*13 『ファスト&スロー(上)(下)』(ダニエル・カーネマン、早川書房、2012年)、Baruch Fischhoff, Ruth Beyth. I Knew It Would Happen: Remembered Probabilities of Once-Future Things. Organizational Behavior and Human Performance, 1975, 13, 1-16.
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『世界は行動経済学でできている』
著者:橋本 之克
発行:アスコム
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●橋本 之克
行動経済学コンサルタント/マーケティング&ブランディングディレクター
東京工業大学卒業後、大手広告代理店を経て1995年日本総合研究所入社。自治体や企業向けのコンサルティング業務、官民共同による市場創造コンソーシアムの組成運営を行う。1998年よりアサツーディ・ケイにて、多様な業種のマーケティングやブランディングに関する戦略プランニングを実施。「行動経済学」を調査分析や顧客獲得の実務に活用。
2018年の独立後は、「行動経済学のビジネス活用」「30年以上の経験に基づくマーケティングとブランディングのコンサルティング」を行っている。携わった戦略や計画の策定実行は、通算800案件以上。
構成/DIME編集部