
私たちは日ごろ、「自分の意思で物事を決定して、最適な行動をしている」、「常にしっかり考えて選択をしている」、「自分の人生は自分でコントロールできている」と思いがちです。
でも実際は、そのときの状況や自らの感情、売り手側の巧妙な仕掛けなど、さまざまなバイアスに左右され、無意識のうちに誘導されています。
・「『限定』や『大人気』という言葉に弱い」
・「セール品に飛びついて後悔する」
・「ネット通販で買いすぎてしまう」
どれか1つでも当てはまるようなら、あなたの思考や行動はパターン化してしまっているかもしれません。
今回は、行動経済学コンサルタントの橋本 之克氏による著書『世界は行動経済学でできている』から一部を抜粋・編集し、行動経済学を「使えるツール」として日常に活かすヒントを紹介します。
【返報性の原理】ビジネスも人間関係も「与えよ、さらば与えられん」が成功のカギ
■「クレクレくん」と呼ばれていたテイカー上司の末路
以前に勤めていた職場の隣の部署に、典型的な〝テイカー〟の上司がいました。
テイカーとは、英語のギブ・アンド・テイクからきた言葉で、自分の利益ばかりを優先し、常に多くを受け取ろうとする(テイクしようとする)人のことです。反対語は〝ギバー〟と呼ばれ、他人を中心に考え、見返りを期待することなく相手に与える(ギブする)人を意味しています。

彼は社内外を問わず、いつも相手から情報や何かしらの利益を引き出すことばかり考えていました。その一方で自分からは一切与えなかったため、社内では陰で「(情報)クレクレくん」と揶揄されていました。
彼の部署の業績が良かった間は、まだ多少は相手をしてくれる人もいたのですが、業績が下がるとともに、まわりから人がいなくなっていきました。その後、業績不振の責任を取って異動したのですが、社内に親しい人や便宜を図ってくれる人がおらず、さみしく会社を去っていきました。
なぜテイカーは嫌われてしまうのでしょうか?
彼の人間性や性格的な問題だけとは限りません。その理由について、行動経済学で説明してみたいと思います。
■何かをしてもらうとお返しがしたくなる
他者から何かを与えられたら、自分も同様にお返しをしようとする心理を「返報性の原理」と言います。
恩恵をくれた相手に対して、「せっかくしてもらったのだから、こちらもお返しをしないと何だか申し訳ない……」という気持ちになる状態です。
例えば、仕事を手伝ってくれた同僚に対して自分も別の機会で手伝ったり、旅行のお土産をくれた友人に自分もお土産を買って来たりするようなことです。
これは行動経済学における「社会的選好」(自分自身のメリットのみならず、他者のメリットも価値と捉える傾向)の1つです。
行動経済学が広く認知される以前の、従来の経済学においては、人間は他者のことなど考えず自分の利益を追求するものと解釈されていました。しかし実際の人間は、必ずしもそうではありません。行動経済学によって、人間には「社会的選好」の心理が働くことが明らかになったのです。
「返報性の原理」の例として、アメリカの心理学者デニス・リーガンによる実験を紹介しましょう。

まず参加者全体を2つのグループに分け、その中で2人1組のペアをつくります。ペアで一緒に美術館の作品を評価するという設定です。
ただし実は、ペアの片方は実験を行うリーガンの助手(つまりサクラ)で、ペアのもう一人が本当の実験対象者(被験者)です。
2グループのうち1つでは、「サクラが評価の合間の休憩時間にジュースを2本買ってきて、1本を被験者にあげる」行動を取ります。もう1つのグループでは特にそういったことはしません。
作品評価の作業がすべて終了したあと、両グループのサクラたちはそれぞれ、自分とペアだった実験対象者に「(自分の売っている)宝くじを買ってくれないか?」と頼みました。
その結果、ジュースをもらった実験対象者は平均で、もらわなかった実験対象者の約2倍の枚数の宝くじを購入したのです。これはジュースをもらった対象者が、宝くじを多く買う形でお返ししたためだと考えられます。
ちなみにこの実験では、サクラの人物に対する個人的な印象の良し悪しが、宝くじ購入に影響するかどうかも確認されており、サクラへの好意度が高かった場合も、低かった場合も、同じように約2倍の違いとなりました(*10)。