
私たちは日ごろ、「自分の意思で物事を決定して、最適な行動をしている」、「常にしっかり考えて選択をしている」、「自分の人生は自分でコントロールできている」と思いがちです。
でも実際は、そのときの状況や自らの感情、売り手側の巧妙な仕掛けなど、さまざまなバイアスに左右され、無意識のうちに誘導されています。
・「『限定』や『大人気』という言葉に弱い」
・「セール品に飛びついて後悔する」
・「ネット通販で買いすぎてしまう」
どれか1つでも当てはまるようなら、あなたの思考や行動はパターン化してしまっているかもしれません。
今回は、行動経済学コンサルタントの橋本 之克氏による著書『世界は行動経済学でできている』から一部を抜粋・編集し、行動経済学を「使えるツール」として日常に活かすヒントを紹介します。
【ピーク・エンド効果】物事の評価を左右するのは「転」と「結」である
■「終わり良ければすべて良し」は行動経済学だった
あなたが、「ちょっと気になる人」とデートをしたとしましょう。帰り際、彼(あるいは彼女)から次のように言われました。どちらのほうが印象が良いでしょうか?
「今日は楽しかったけど、たくさん歩きまわって疲れたね」
「今日はたくさん歩きまわって疲れたけど、楽しかったね」
あるいは旅行に出かけたとき、次の2つの状況なら、どちらのほうが旅行の印象が良いでしょうか?
■前半はきれいな景色やおいしい食事を満喫できて楽しかったのに、途中で体調を崩してしまい後半はホテルで寝ていた。
■前半は体調が優れずに出かけられなかったが、後半はきれいな景色やおいしい食事を満喫できて楽しかった。
デートも旅行も、後者のほうが良い印象を持てるのではないでしょうか。
これには、行動経済学の「ピーク・エンド効果」という心理が関係しています。
■評価は「ピーク」と「終わり方」で決まる
自分の経験を「ピーク(絶頂)時」にどうだったかと、どのような「終わり方(エンド)」だったかだけで判断する傾向を、行動経済学では「ピーク・エンド効果」と呼んでいます。

この2つだけで一連の出来事や体験の印象が決まり、その他の記憶は薄れてしまいます。「ピーク時」と「終わり方」さえ良ければ、その他は大したことがなくても、あるいは若干悪い印象でも、全体的には良かったと思えるのです。
前出の著名な行動経済学者ダニエル・カーネマンによる実験を紹介しましょう。カーネマンは、2つの調査対象グループにそれぞれ異なるパターンの騒音を聞かせ、終了後に不快感を尋ねました。
A 大音量の不快な騒音を8秒間聞かせる
B 大音量の不快な騒音を8秒間聞かせたあと、多少ましな騒音を8秒間聞かせる
すると、Bグループのほうがトータルでは騒音を聞く時間が長かったにもかかわらず、Aグループのほうが不快感が高いという結果となったのです(*7)。
つまり、Bグループは「最後の8秒間」の不快感が小さかったため、Aグループよりはマシな印象を持った、ということです。ちょっと意外ですよね。
■ピークとエンドの数分間が待ち時間の記憶を打ち消す
シェイクスピアの戯曲のタイトルにもありますが、世界中で言われている「終わり良ければすべて良し」は、まさに「ピーク・エンド効果」です。私たちは知らないうちに、いろいろな場面で「ピーク・エンド効果」の影響を受けています。
映画やドラマ、小説や漫画などでは、最も盛り上がるシーンとラストシーンの2つが特に印象に残っているものですよね。逆に、途中までのストーリーが感動的であったとしても、起承転結の「転(ピーク)」「結(エンド)」に納得がいかないと、「ちょっと微妙な作品だったな」と思ったりもします。
行列のできるラーメン店などに繰り返し行ってしまうのも、「ピーク・エンド効果」の影響です。
後々思い出すのはピーク(待ちに待ったラーメンの最初の一口を食べる瞬間)と、エンド(食べ終わって満腹感と満足感に浸っている時間)です。長時間待たされたことなどすっかり忘れて、結果的に良い体験だったという記憶が残るため、懲りずにまた行列に並ぶのです。
「アンカリング効果」の例として、「待ち時間」を実際にかかる時間よりも長めに表示しているテーマパークの例を紹介しました。「ピーク・エンド効果」の観点では、待ちに待ったアトラクションの面白さが印象を左右します。
1時間待っても2時間待っても、一連の出来事の印象は、アトラクションが始まった瞬間からクライマックスまでの出来栄えや面白さによって決まります。「あー楽しかった!」と思って終われれば、長時間並んでいたときのネガティブな感情は、記憶から消えてしまうわけです。
買い物でも「ピーク・エンド効果」の影響が見られます。実際に得する金額が同じだとしても、シンプルな割引よりもポイント還元のほうが満足度は高くなるのです。
割引の場合、お得感を覚えるのは買った瞬間(ピーク)だけで、購入後は割引いてもらったことさえ忘れてしまったりします。
ポイント還元の場合、まず買うと同時にポイントが手に入り一度ピークを迎えますが、そのあとも手元にあるポイントで何を買おうか、あれこれ考える楽しい時間が続きます。
最終的にポイントを使って割安で買い物をするところまで、エンドの満足感が継続するのです。ポイント還元は施策として人気がありますが、その理由の1つは「ピーク・エンド効果」だと考えられます。

■わざと「終わり方」を盛り上げて演出するテクニック
「ピーク・エンド効果」は、日常生活や仕事でも応用することができます。
取引先などへのプレゼンの際、よく「最初に相手の心をつかむための〝つかみ〟が大事だ」という話を聞きますよね。
もちろんそれは間違いではありません。ただし、人の印象に最も残るのはピークとエンドだということをふまえると、どこに一番の盛り上がりを持ってくるか、そしてどのように話を終わらせるか、を意識してプレゼンの流れを組み立てるのが有効な方法だと言えるでしょう。
また、上司に良い話と悪い話の両方を報告しなければいけない場合は、悪い話→良い話という順番で話をすると、上司の頭に残る印象は良くなるはずです。
このような話の順番は、ビジネスだけに限りません。夫婦間やパートナー同士の会話、子どもへの話し方など、さまざまな場面で使える方法です。
誰かに何かを伝えるときは、ピークとエンドを意識すると、良い効果が得られると思います。
*7 Schreiber, C. A., Kahneman, D. Determinants of the remembered utility of aversive sounds. Journal of Experimental Psychology, 2000, 129, 27-42.
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『世界は行動経済学でできている』
著者:橋本 之克
発行:アスコム
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●橋本 之克
行動経済学コンサルタント/マーケティング&ブランディングディレクター
東京工業大学卒業後、大手広告代理店を経て1995年日本総合研究所入社。自治体や企業向けのコンサルティング業務、官民共同による市場創造コンソーシアムの組成運営を行う。1998年よりアサツーディ・ケイにて、多様な業種のマーケティングやブランディングに関する戦略プランニングを実施。「行動経済学」を調査分析や顧客獲得の実務に活用。
2018年の独立後は、「行動経済学のビジネス活用」「30年以上の経験に基づくマーケティングとブランディングのコンサルティング」を行っている。携わった戦略や計画の策定実行は、通算800案件以上。
構成/DIME編集部