私たちは日ごろ、「自分の意思で物事を決定して、最適な行動をしている」、「常にしっかり考えて選択をしている」、「自分の人生は自分でコントロールできている」と思いがちです。
でも実際は、そのときの状況や自らの感情、売り手側の巧妙な仕掛けなど、さまざまなバイアスに左右され、無意識のうちに誘導されています。
・「『限定』や『大人気』という言葉に弱い」
・「セール品に飛びついて後悔する」
・「ネット通販で買いすぎてしまう」
どれか1つでも当てはまるようなら、あなたの思考や行動はパターン化してしまっているかもしれません。
今回は、行動経済学コンサルタントの橋本 之克氏による著書『世界は行動経済学でできている』から一部を抜粋・編集し、行動経済学を「使えるツール」として日常に活かすヒントを紹介します。
【コントロール幻想】「自由に選べないこと」は不幸の始まり
■自分が観に行った試合は負ける?
スポーツ観戦で、「自分が観に行くと負ける、観に行かないと勝つ」と思ったことはないでしょうか?
あるいは、旅行などのイベントで「自分は晴れ男/晴れ女(雨男/雨女)だなぁ」と思ったことはありませんか?
そんなふうに思ったことがある人は、行動経済学で言う「コントロール幻想」に惑わされているかもしれません。
「コントロール幻想」とは、実際には自分の力が及ばない事柄に対しても、自分で制御でき、影響を与えられると思い込む心理状態のことです。
スポーツの勝敗も天気も、自分の力ではまったくコントロールできないものですよね。それを、「自分が影響を与えているのかも……」と、勘違いしてしまうというわけです。
会社などでも「コントロール幻想」が強くなりすぎて、自分やまわりに悪影響を及ぼすことがあります。
よくあるのは「自分でできる=自分でしたほうがいい」と考えて自信過剰となり、他人に任せられなくなるパターンです。確かに仕事の場合、上司や先輩のほうが、経験の浅い後輩よりも「良い仕事」ができる場合も多いかもしれません。しかしそれではいつまでも後進の育成はできませんし、部下のモチベーションも上がりません。
「自分でやったほうが早い」という人をよく見かけますが、それはまさに「コントロール幻想」にはまり込んだ状態だと言えます。
この「コントロール幻想」に、想像以上に多くの人が支配され、自信過剰の状態に陥っているというデータがあります。ストックホルム大学のオラ・スヴェンソン教授は、アメリカとスウェーデンの学生161名に、「あなたの運転は、他人と比べて安全ですか?」という質問をしました。
最も安全な運転は100点、最も危険な運転は0点、平均は50点として、自分は何点だと思うか回答を求めたのです。
この結果、アメリカの学生の88%、スウェーデンの学生の77%もの人が「自分の運転技術は上位50%に入っている」と答えました(*3)。どちらの国の学生も、「自分は他人より安全に運転できる」と考える人が大半だったのです。自動車をうまくコントロールできるという自信を過剰に持っていると考えていいでしょう。
自信を持つのは悪いことではありませんが、「コントロール幻想」に強く影響された状態になると、他人からは自分勝手、自己中心的、スタンドプレーと見られ、疎まれたり孤立したりするので注意が必要です。
■宝くじを「コントロール」しているという幻想
「コントロール幻想」を巧みに利用しているのが、いわゆる「ロト」のような自分で数字を選択するタイプの宝くじや、コインで削るスクラッチタイプの宝くじです。
あらかじめ決まった番号が書かれている一般的な宝くじを購入することと、ロトやスクラッチとの間に本質的な違いはありません。当選の期待値は同じですし、購入する側の技術や能力が介入する余地もありません。
しかし、自分で数字を選ぶ(あらかじめ決められた選択肢を選ばされるのではない)行為や、コインを取り出して自ら削る行為は、あたかも自分で宝くじをコントロールしているかのような気になり、当たりやすくなるのではないかという幻想を抱きやすくなります。
■「コントロール幻想」をうまく使って人を育てる
このように、「コントロール幻想」には、人を勘違いさせるさまざまな影響力があります。これをうまく活用できると、ポジティブな影響を与えることもできます。
自分が何かをコントロールしていると感じることが、精神や身体に実際にプラスの影響をもたらすことが実証されているのです。
ハーバード大学のエレン・ランガー教授らは、この心理を検証するために老人ホームで実験を行いました。
入居している高齢者を2つのグループに分け、一方のグループは、自分たちで自室の家具の配置などのインテリアや娯楽映画を観る曜日などを決めるようにしました。もう一方は、すべて老人ホーム側が決めることにしました。つまり、このグループの高齢者は自分たちでは何も決めることができないわけです。
一定期間が過ぎたあと、双方のグループに質問をしたところ、自分で選択したグループの高齢者は、他方よりも「自分が幸せで活動的だと感じる」と答えました。また、その高齢者たちは健康状態までも改善したというのですから驚きです。しかも、この効果は一時のものに終わらず、1年半後まで持続したと言われます(*4)。
これをうまく応用すると、部下の育成や子育てなどでも効果を発揮することができそうです。そのためにも、「コントロール幻想」が作用しやすくなる4つの要因を知っておきましょう。
(1)選択機会=自分で選ぶ(例・数字を選ぶ宝くじを買う)
(2)関与 =入手などを自ら行う(例・当たると言われる店で宝くじを買う)
(3)親近性 =自分に近い(例・海外のスポーツくじではなく国内のスポーツくじを買う)
(4)競争 =自分でよく考えた(例・当たる傾向を分析して買う)
この4つの要素に当てはまる状況があると、より自分で制御できている、自分が影響を及ぼしていると感じます。
部下や後輩を育て、仕事を任せるためには、相手の心理における「コントロール幻想」をうまく使うといいでしょう。ただ指示するのではなく、「どうすればうまくいくだろう?」などと相手に問いかけ、相手が自主的に行動するように促すのです。
×「この資料を会議までに10部コピーしておいて」
〇「次の会議でこの資料を使いたいんだけど、どんな形式で準備するのがいいと思う?」
子どもにお手伝いをしてほしいのであれば、次のように問いかけてみると効果的だと思います。
×「ごみ捨てをやってちょうだい」
〇「ごみ捨てとお風呂掃除なら、どっちがやりたい?」
こちらが決めるのではなく、自分で選ばせる、考えさせる方向に導いてあげるといいでしょう。
こうすれば、部下や子どもは、「自分で自分をコントロールしている」という意思を持ったまま、仕事やお手伝いができるようになる、というわけです。実際は上司や親がコントロールしていたとしても。
■自分だけで「コントロールできるもの」を大事にする
また、自分自身で「コントロール幻想」をうまく活用する方法もあります。私たちは自分でコントロールできることに幸せを感じるので、それができない状況になると、行き詰まってしまいます。そうならないためには、自ら「コントロールできることを重視する」という発想を持つことが大切です。
例えば営業の仕事では、行動の結果が必ず成果に結びつくとは限りませんよね。
でも、「月間◯◯件を獲得する」といった「結果」はコントロールできなくても、「月に□□件、アポ取りの電話をする、訪問する」といった「自分の行動」はコントロールが可能です。自分が努力すればできることをまずやってみて、あとは結果を待つという姿勢はメンタルの維持に有効です。
また仕事がつまらない、つらいなどの不満を抱えている場合は、モヤモヤの解決策として、副業や趣味など自分でコントロールができる場を持っておくのもいいと思います。
禅僧の南直哉さんは、ベストセラーとなった著書『新版 禅僧が教える心がラクになる生き方』(アスコム)の中で、「置かれた場所で咲けなくていい」とおっしゃっています。
「置かれた場所」が、自分にとってつらい場所であれば、他の場所に移ればいい。無理をして「置かれた場所で咲かなければ」と自分を追いつめる必要はないという言葉なのですが、これも一種の「コントロール幻想」と言えるのではないかと思います。
自分ではコントロールできないものに対して、「これしかない」と思い込んでしまうと心がすり減ってしまいます。そうではなく、自分でコントロールできる場所に身を置くこと、息抜きができる、自分で選んだサードプレイスのような場所を持っておくことが大切だと思います。
*3 Svenson, O. Are we all less risky and more skillful than our fellow drivers? Acta Psychologica, 1981, 47, 143-148.
*4 Langer, E. J, Rodin, J. The effects of choice and enhanced personal responsibility for the aged: A field experiment in an institutional setting. Journal of Personality and Social Psychology, 1976, 34, 191-198.
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『世界は行動経済学でできている』
著者:橋本 之克
発行:アスコム
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●橋本 之克
行動経済学コンサルタント/マーケティング&ブランディングディレクター
東京工業大学卒業後、大手広告代理店を経て1995年日本総合研究所入社。自治体や企業向けのコンサルティング業務、官民共同による市場創造コンソーシアムの組成運営を行う。1998年よりアサツーディ・ケイにて、多様な業種のマーケティングやブランディングに関する戦略プランニングを実施。「行動経済学」を調査分析や顧客獲得の実務に活用。
2018年の独立後は、「行動経済学のビジネス活用」「30年以上の経験に基づくマーケティングとブランディングのコンサルティング」を行っている。携わった戦略や計画の策定実行は、通算800案件以上。
構成/DIME編集部