
私たちは日ごろ、「自分の意思で物事を決定して、最適な行動をしている」、「常にしっかり考えて選択をしている」、「自分の人生は自分でコントロールできている」と思いがちです。
でも実際は、そのときの状況や自らの感情、売り手側の巧妙な仕掛けなど、さまざまなバイアスに左右され、無意識のうちに誘導されています。
・「『限定』や『大人気』という言葉に弱い」
・「セール品に飛びついて後悔する」
・「ネット通販で買いすぎてしまう」
どれか1つでも当てはまるようなら、あなたの思考や行動はパターン化してしまっているかもしれません。
今回は、行動経済学コンサルタントの橋本 之克氏による著書『世界は行動経済学でできている』から一部を抜粋・編集し、行動経済学を「使えるツール」として日常に活かすヒントを紹介します。
【現状維持バイアス】なぜ歳を取ると「新しいもの」を受け入れられなくなるのか?
■気がつかないうちに誰もが老害化してしまう?
「最近の音楽は、うるさくて聴く気にならないよ」
「マッチングアプリで出会うより、昔みたいに自然な出会いのほうがいいと思うな」
「取引先A社には毎回訪問するのが慣例だから、電話やメールは使わないで」
こんな発言を聞いたことがある、あるいは自らしてしまったことはないでしょうか。
これらは、場合によっては若い世代の方々から「老害」と言われてしまうこともある発言です。
私自身も思い当たるところがあるのですが、歳を取ってくると、なかなか新しいものが受け入れられなくなり、「昔は良かった」「昔からのやり方を続けるべき」という話をしてしまいがちです。
この傾向には、脳の老化などさまざまな要素があると言われていますが、要因の1つと考えられるのは、行動経済学で「現状維持バイアス」と呼ばれるものです。
■未来の「得」より今の「損」を過大視してしまう
「現状維持バイアス」とは、未知なもの、未体験のものを受け入れず、現状のままでいたいと考える心理作用です。簡単に言えば、どう転ぶかわからない新たな取り組みによる損失を避けようとする意識です。
流行りの音楽を聴く気にならない、アプリなどの新しいツールを使うことに抵抗がある、効率よりも「昔からのやり方」にこだわってしまうというのも、「現状維持バイアス」による現状を変えたくないという意識が働いているからです。
このバイアスは日常のさまざまなところにあります。例えば「貯金したいけど節約が苦手」というのも、「今の生活レベルや、自由にお金が使える状況を変えたくない」という、「現状維持バイアス」によるところがあるでしょう。

アメリカの経済学者、レイモンド・ハートマンは、カリフォルニア州で「電気代の変更」に関する実験をしました。
「電力供給の信頼性が最も高いが、電気代が最も高い」A社と、「電力供給の信頼性が最も低いが、電気代が最も安い」F社それぞれで契約している人に、今後の契約を見直すならば、どの会社のプランを選ぶか質問します。このとき、「信頼性」と「電気代」のバランス関係がA社とF社の中間であるB社~E社も選択肢に入れました。
すると、現状A社で契約している人の約6割、そして現状F社で契約している人の約6割が、今までどおりの契約を続けることを望んだのです(*29)。

つまり、一度選択したあとは、未知、未体験のものを受け入れにくくなり、信頼性の向上や電気代の安さについて改めて考えずに、とにかく現状を保とうとする意識が働くことがわかります。
今の会社に居続けるか転職するか、新しい業務ソフトを導入するか旧来のやり方を続けるか、あるいは節約のために今より家賃の安い家に引っ越すかどうか。
どちらのほうがメリットがあるか明確だったとしても、未来に得られる利得より現在を変えることで失うかもしれない損失をより大きく考えてしまうのです。
ちなみに、「現状維持バイアス」は、「現在志向バイアス」と名前がよく似ていますが、まったく違うものです。
「現在志向バイアス」は、目先の利益と将来の利益を比較する際、「目先の利益を重視」するバイアスで、時間とともに価値の感じ方が変化する傾向によるものです。
一方「現状維持バイアス」は、あくまで「現状からの変化を避ける」心理です。