21世紀は封建的な社会になる!?

筆者:資本主義のなかで、それらは利益にもつながる。だからこそ、社会の規範として、強く信じられているんですね。
私は、自由と平等、他者への支援も、道徳的に行われるものだと思っていました。
出口先生:もちろん、道徳も大事ですよ。「お互いに得をする」という経済的な論理に支配されている限り、社会秩序は安定しない、というのが社会学の基本的な立場です。タルコット・パーソンズという米国の社会学者が、それを最初に主張しました。
パーソンズは、仮に自由と平等が約束されていても、功利主義的、経済的な動機で結ばれる契約には限界があると述べています。利益やメリットがないとわかった途端に、人は秩序を放棄するからです。
筆者:「金の切れ目が縁の切れ目」というやつですね。
出口先生:普遍的な自由と平等は、経済や利益によって発展したわけですが、次第に無条件に守られるべき教義とみなされました。だから、資本主義も民主主義も、いろいろな問題を抱えながらも、今まで持続してきたわけです。
筆者:経済と道徳が結びついた結果なんですね。
出口先生:そのとおりです。道徳を無視すると、経済もやがて立ち行かなくなる、ということでしょうか。しかし、今の国際社会を見ていると、ディールしなければ、無条件に保証されるべき普遍的な自由と平等が守れない、という状況が当たり前になりつつあります。
筆者:それは、力の強い国も含めて、自分で自分の首を絞めていることになっていませんか? 自分たちを発展させてきた資本主義を、放棄してしまうわけですから。
出口先生:そうですね。最近の社会学では「再封建化」という言葉がよく使われます。階級とか格差が、あまりにも開き過ぎてしまったので、みんながそれに反抗して上昇するよりも、当たり前のものとして受け入れる。それは、日本で言えば江戸時代以前のような封建的な社会なんですが、すでに現代がそうなっていると指摘する社会学者もいます。
筆者:えーっ、建前としての自由と平等も捨ててしまうのですか? 令和の現代に江戸時代なんて、嫌だな⋯
出口先生:大切にしてきた価値観が、気付かない間に内側から破壊されることがあります。そのことを理解する上で「ディール」は、注目するべきキーワードです。

全体で見れば誰もが同意する理念を、個別の関係に持ち込んで、交渉を有利に進めようとする。おそらくこれが「ディール」に対して感じるモヤモヤの正体だ。
これは善悪というより、視点によるギャップでもある。ディールで物事を解決しようとする側から見れば、ごく真っ当な言い分があるから、問題は複雑だ。
立場の違いは当然のことだが、それぞれがすれ違うことで、多くの人が望まない再封建化に向かう可能性もある。ときには俯瞰してみる、他者の立場に立つ、という視点の移動を大切にしたい。
取材・文/小越建典