【NIKKIのKINIなる世界】刺激過多に疲れた人を癒す「音」とは？

2025.06.28

2024年にYouTubeで最も検索されたワード「ASMR」、すでにご存じの方も多いと思います。Autonomous Sensory Meridian Response（自律感覚絶頂反応）の頭文字をまとめた言葉で、月ごとの検索ランキングを見ても堂々の1位の座に君臨するほどの大人気コンテンツ！　人によっては「脳がマッサージされているような」リラックス効果を感じられ、音楽、アートやデザインの業界でも注目されている体感メディアです。

「ASMRって咀嚼音とかスライムとか、要するに音フェチ動画でしょ？」と思われるかもしれませんが、最近のASMRは驚くほどクリエイティブで多様になっているのです。雨が降る森の中を歩く映像、料理をする音、キーボードを叩く音など、地味で単調な音をしばらく聴いているとホッとしたり眠くなったりしてくきます。最高のASMR効果のために高性能マイクと8Kカメラで撮った映像もあれば、「AIの父」マーヴィン・ミンスキーがMITで数学の講義を平坦な声で行なう記録映像のような「意図せずASMR（Unintentional ASMR）」もコアなリピーターが多いみたいです。ちなみに私はヘッドマッサージなどのASMR動画が大好きで、疲れている時ほど全身が脱力できる心地良い擬似体験を楽しめます……。

情報過多からの逃避

しかし、なぜこんな一見変わったコンテンツがこれほど幅広く人気を集めているのでしょうか？ロンドンのマーケティングリサーチ会社Revealing Realityが今年の3月に出したレポートには、ASMRはただのデジタルトレンドではなく、若者を中心に広がっているanxiety and sensory overload（不安や感覚的の過重負担）の表れであるという興味深い指摘が記載されています。。

2000人以上が対象となったこの調査で浮かび上がったのは、現代の日常の生活は「とにかく情報による刺激が多すぎる」という問題。特にデジタルネイティブの子どもや若者はその影響を受けやすい傾向があるそうです。25歳未満グループと30代~50代グループを比較すると、若者の方が圧倒的に高い割合でASMR動画を好んで視聴しており、「日常に疲れたとき」や「現実逃避したいとき」にASMRを視聴することが多いそうです。さらに18〜34歳の回答をまとめると、外出時にノイズキャンセリングヘッドフォンなどを使って雑音を遮断したり、人混みや騒音をなるべく避けると答えた層も顕著に現れました。

この報告書や関連する報道記事には overwhelmed という単語が何度も出てきます。感情や感覚など、抱えきれないものに圧倒される、という意味ですが、I was overwhelmed by joy（喜びで胸がいっぱいになった）I have an overwhelming amount of work to do（仕事量が多すぎてつぶれそう）のように、ポジティブにもネガティブにも使える表現です。学校や仕事からプライベートまで、起きてから眠りにつくまで一日中デジタル情報を処理し続けることが普通のこととなっている昨今、スマホやパソコンで手軽に没頭できるからASMRがここまで支持されるのかも。

イギリスのノーザンブリア大学の研究では、ASMR効果を強く感じる人は不安やうつ状態など負の感情に陥りやすい傾向が示唆されています。Silence is golden（沈黙は金）といいますが、忙しない日常を生きるためにも、静かで単調な音や心理的安全性を誘う映像に逃避することが多くの人のストレスコーピングになっているようです。

最近では集中力を高め、騒音をカットするためにカラフルで高性能な耳栓（イヤープラグ）が展開されています。自分のスタイルに合ったおしゃれなアイテムで耳（と心）を守って、自分だけの音の世界にこもるのも、たまには必要なセルフケアかもしれませんね。

プロフィール
キニマンス塚本ニキ