
日々の生活の中で欠かすことができない食事。普段何気なく食べている食材には生産者の思いが込められている。また食生活は“食文化”としてその土地、その土地で根付いていることもある。ただ「食べる」だけでなく、身近な食材や食文化のルーツを改めて知ることで、よりウェルビーイングな食生活を送れるかもしれない。
大阪・阪神梅田本店で『高知フードトリップ』開催 希少柑橘のポン酢作り体験で食文化に触れる
大阪・阪神梅田本店1階の『食祭テラス』で、高知県の“食と文化”を深く体験できるイベント『高知フードトリップ~乾杯!土佐の宴会開宴~』が6月18日から23日まで開催された。本場の「おきゃく文化(宴会文化)」や、ユズが有名な高知でさまざまな柑橘を使い分ける「酢みかん文化」をテーマに、食べるだけではない「学ぶ・語る・遊ぶ体験」が楽しめる特別な企画だ。
大阪・阪神梅田で開催された『高知フードトリップ~乾杯!土佐の宴会開宴~』
「その時期・その土地・旬のもの」を選ぶ中で行きついた食文化伝承の重要性
18日には薬膳・和食文化研究科の百田美知さんによる、「酢みかん文化」を実際に体験することができるワークショップ『高知の“酢みかん”文化体験 柑橘酢&高知産品でオリジナルポン酢作り』が開催された。
『高知の“酢みかん”文化体験 柑橘酢&高知産品でオリジナルポン酢作り』
もともと大阪出身の百田さんは2001年から高知で暮らすように。自身が体調を崩したことをきっかけに薬膳や和食を学び始めた。現在は「一般社団法人和食文化国民会議」の委員として高知県内の学校で食育活動を行い、「ひがしこうち香酸柑橘類研究会」として、「酢みかん文化」の歴史や体系をまとめ、活用方法の普及に取り組んでいる。後世に残し伝えていくべき食文化や歴史、希少な柑橘などを保存し次世代へつないでいくため、こうした活動をボランティアで行っている。
「薬膳を勉強すると、『その時期のもの』『旬のもの』『その土地のものを食べる』ことの大切さを知りました。でも『その土地のもの』を食べようと思っても、人間が勝手に手を加えて栽培推奨し、(本来のものとは)違うものになっている食材もあることに気づきました。そこからが(食文化研究の)スタートなんですね。いくら文献で『珍しい柑橘があった』と書かれていても、実際に“モノ”がないと伝わらない。だから貴重な柑橘を見つけてその種の保存をしていくことや、その土地の食文化を残していく取り組みをしています」(百田さん)
日本一のユズ生産量を誇る高知県 何十種類もある香酸柑橘で独自の食文化を構築
高知県はユズの生産量が日本一。特に高知県東部の中芸5町村(奈半利町、田野町、安田町、北川村、馬路村)は有名なユズの産地だ。日本の文化・伝統を語るストーリーを文化庁が認定する『日本遺産』でも、同エリアは『森林鉄道から日本一のゆずロードへ―ゆずが香彩る南国土佐・中芸地域の景観と食文化―』のストーリーが認定されている。江戸末期に庄屋だった志士の中岡慎太郎が、農家の副業としてユズ栽培を奨励したという伝承もある。
高知ではユズ果汁を「ゆのす」と呼び、一升瓶に入れて流通している他、酢の代用として「ゆのす」を使った寿司や、酢の物、葉にんにくのぬた、ユズ味噌、ユズの皮の佃煮など、各家庭でさまざまな料理に使用されている。また、ユズ以外にも香酸柑橘が在来種を含めて何十種類もあり、各家庭で果汁を搾り一升瓶に保存。お寿司など料理の調味料やお酒に入れて、1年を通じて楽しんでいる。米酢など一般の酢を使ったことがない県民もいるほど、「酢みかん」は暮らしに根付いた生きた文化だ。
今回のワークショップではこの「酢みかん文化」を知ってもらうために、ユズやユズ以外の珍しい柑橘を使用したポン酢作りが行われた。登場した柑橘は、ユズ、直七、ぶしゅかん、ハナユ、ダイダイ、ユコウ、椎名スミカン、トオユノス、ことさんちのみかん、スダチ、ヘベスの11種類の果汁。
ユズやカボスは馴染みがあっても、普段あまり耳にしない珍しい柑橘も。百田さんがそれぞれの柑橘の歴史や特徴、料理での使い方などを説明し、参加者はこの11種類の柑橘をテイスティングしていく。
椎名スミカンやトオユノス…絶滅しそうな希少種を保存し未来へつないでいく
例えば、ユコウは高知だけでなく徳島でも有名な柑橘だが、数は非常に少ない。また、高知・室戸市から持参した椎名スミカンは1本しか木が残っておらず、その原木も朽ちかけているため、接ぎ木で苗木を作り保存会が保存している。今回用意された椎名スミカンの果汁も、その残り1本の木から採取されたものだ。またトオユノスは、『アンパンマン』の生みの親・やなせたかしの出身地・香美市のもので、こちらも原木はすでになくなっており、接ぎ木で増やしている状況だ。
百田さんとともに希少な柑橘の保存や食文化を伝える活動している室戸市まちづくり推進課・集落支援員の川島尚子さんは、この日、室戸市から椎名スミカンの果汁を持参した。川島さん自身も神奈川県から室戸に移住し、高知の柑橘文化に感動したという。
「ユズのお寿司にも感動したし、道端にいろんな柑橘が並んでいて手に入ることもびっくりしました。普通は魚に合わせるのは醤油ですが、高知では柑橘を合わせる文化がある。常に柑橘が手に入るので、絞って刺身にかけたりドレッシングにしたり。そこに対する『面白いな』という興味もあったので、百田さんと出会ってから『どうやったら活動を仕事に重ねれるかな』と考えていきました」(川島さん)
百田さんとの活動の中で、文献を通して地域に椎名スミカンが残っていると知り、保存するために探してまわった。「たぶん、興味がなかったら『へぇ~』という感じで、ただ柑橘を紹介して終わると思うんです。でも柑橘の元々の魅力はもちろん、生産者さんや料理人さん、研究者さん、いろんな方々が関わってくれて、どんどん繋がっていって、すごく面白いです」と、「酢みかん文化」の保存や伝承活動に意欲を見せる。
こうした百田さんや川島さんの熱意により、今回は珍しく貴重な柑橘が集結。参加者はそれぞれの柑橘の酸味や甘み、香りの違いを感じながら、特徴をメモしていく。その後、自分の好きな柑橘や気に入った柑橘の果汁を、好きな量で配合し、醤油とブレンドしてポン酢を作った。
食を通した生活習慣やコミュニケーションも伝えていく「誰かがやらないと、なくなっちゃう」
百田さんは、「果汁を並べていただくと、色が違うのが分かりますよね。そして香りも、味も違う。高知県にはそれだけ柑橘の種類があり、今日持ってきたもの以外にも、さらに何十種類もあります」と説明。「家の庭で柑橘の木を植えていて、家の方もその柑橘が何なのか分からないこともあるんです。なので今回持参した『ことさんちのみかん』も、いったい何の柑橘なのか正式には品種が分からず、『◎◎さんちのみかん』という風にその家の名前で呼ばれています」と、独特の文化を語った。
「高知の方は、収穫する時期や使う用途によって柑橘を使い分けます。ユズは香りが強く、どの食材に使ってもユズが勝ってしまうので、ユズの香りを立たせたい時にユズを使い、もっと控えめな香りがいい時は、違う品種を使います。こういう使い分けが、高知の『酢みかん文化』です」(百田さん)
また商業用のユズが生産される一方で、個人の家庭では庭に木を植え、自分たちや近所、親族で交換しながら分け合うというのもその土地の文化だという。「高知の方は、家の外に柑橘の木を1本や2本植えていて、料理を作っている時に勝手口からふらっと外へ出で、実を取りに行きます。それを料理に絞ったり、皮を削ったりという使い方をしています。自分の家にはない品種を、隣の人や近所の人と『うちの◎◎』『あなたの◎◎』と物々交換していた記録も残っています」と、柑橘から生まれるコミュニケーションや土地の文化を説明した。
さらに、「ここでポン酢作り教室をしていて言うのもなんですが、私は自分でポン酢は買わないんですね。柑橘があるので、何か食べたい時には絞る。それだけで美味しい。高知の人はお刺身にも果汁をかけたり、果皮をすったりして食べます。果汁をかけて、味が足りない時にはちょっと醤油を足すだけです」と、果汁のみでも十分に料理を楽しめるという。
「だから今回も、『醤油が200ml、ユズ果汁は◎mlで……』などと、正確な計量もしていません。決まりを作らずに、自分で飲んでみて『この味が良いわ』と思ったものを作っていただきたい。甘い味が好きな人は、甘めの柑橘を選んだり、香りが好きだったらユズの香りを強くしたり、何種類もの柑橘をブレンドしたり。そんな風に変えていただいて、自分のお気に入りを作るのも『酢みかん文化』です」
ポン酢作りを通してその土地の食文化を伝えながら、希少な品種の保存や継承にも力を入れる百田さんと川島さん。ただ単純に食そのものを紹介するのではなく、そこにまつわる人々の生き方、生活スタイル、身近な場所にある希少種をきちんと残していく方法など含めて、「文化」として伝えている。
「希少な柑橘の木を持っている家の方が、その価値を知らないことも多いです。そのため、すでに枯れてしまったり、庭にあるのが邪魔だからと伐採されてしまったものもありました。とてももったいないので、そういうものを残していきたいです。ボランティアなので大変ですが、やっぱり誰かがやらないと、なくなっちゃうから」(百田さん)
ウェルビーイングな生活の根幹となる食。ただ「食べる」だけでなく、自身の周りの食生活や文化に目を向けて、そのひとときを大事に味わい伝えていくことが、大切なのかもしれない。
取材・文/コティマム