
横浜新港のターミナル施設に国内外のクラフトビールを数百種そろえたコンビニがある。 “狂ったセブン”の異名をもつ、クラフトビール好きにはつとに有名なコンビニである。そのオーナーのビール熱が沸点に達し、クラフトビールセレクトショップをオープンしたのが昨年6月。一周年を前に取材してきた。
sevenはコンビニとは真逆のコンセプトショップ
sevenは横須賀市の汐入町にある。横浜から京急線で30分ほど、横須賀の繁華街からは離れているが、汐入駅改札から徒歩30秒という絶好のロケーションに立つ。
seven Beer Placeの入り口。青緑の壁に期待が高まる。
扉を開けると、正面にビールが詰まったリーチイン冷蔵庫が11面、ズラッと一列になって迎えてくれる。スタンディングのテーブル2つ、アンバーな照明、特別な装飾やインテリアは見当たらず、奥の壁に今日のビールを記した青色のサイネージが光るだけ。sevenだけに横浜ハンマーヘッドの“狂ったセブン”の賑わいを想像していたが、まったく外れた。
クラフトビールの冷蔵庫が11面! 中央にRECOMMENDの扉。陳列はスタイル別ではなくブルワリーごと。そのためラベルデザインからブルワリーのキャラクターがうかがい知れる。
「クラフトビールとコンビニエンスストアはまったく性格が異なりますから」と、マネージャーの山田大雅さん。
sevenマネジャーの山田大雅さん。前職はバリスタ。以前の職場が横浜ハンマーヘッドの隣のビルにあり、仕事帰りに“狂ったセブン”に立ち寄る常連だった。
コンビニが幅広い顧客をターゲットに、大手メーカーから安定供給される商品を揃えているのに対し、クラフトビールショップは大量生産も万人受けもあり得ない商品を揃える。たしかに両者は真逆と言っていい性格だ。
そもそもなぜ横浜でも横須賀中央でもない汐入町にオープンしたのだろうか? と聞くと、今やブルワリーやタップルームが集るクラフトビール激戦地になった横浜に敢えて参入するメリットはない上、「横須賀に根づいたカルチャーとクラフトビールは親和性が高い」からだという。
米軍基地がある土地柄、横須賀にはアメリカンカルチャーと相まった独特な空気が流れている。sevenにもアメリカ人をはじめ外国人の来店が多いという。それでも店内が素っ気ないほどシンプルなのは、「アメリカンカルチャーなど特定の色に染めたくないから。カルチャー・ニュートラルであることを意識しています」と山田さんは言う。
「最も大切にしているのは多様性です。今もIPA需要が高く、求めるお客さんは多いですが、スタイルやブランドが偏らないように意識しています。日本で飲まれているビールの多くがピルスナーですが、世界には100種以上のスタイルがあり、今も増えています。そのすべてをここで扱うことはできませんが、ビールの幅広い世界の輪郭をここで表現できたら」と語る。
ラベルを見ているだけでも楽しい冷蔵庫の前で迷って選ぼう
11面ある冷蔵庫に約400種のビールが冷えている。セレクトの基準は? と聞くと、当然ながら「味のクオリティーが第一です。それにラベルのクオリティーも加味して選んでいます」とのこと。
山田さん自らがテイスティングしてセレクトするのが基本だが、特に海外からの新参者についてはブルワリーのオフィシャルHPやインスタグラムを確認し、醸造設備、規模、顧客からのコメントなど、細かいところをチェックする。輸入ビールは流通過程の状況によって品質が左右されることもあるが、そういったリスクがおおむね回避したビールが手に入るのがセレクトショップの価値だと思う。
11面ある冷蔵庫のうち、いちばん右の棚に日本のブルワリーのビールが詰まっていた。そこから左にはアメリカやカナダ、イギリス、オーストラリアをはじめ、さまざまな国のさまざまなスタイルが色とりどりに並ぶ。ふだん日本のクラフトビールを飲んでいる記者には、ほぼ見知らぬ世界が広がっていた。
一見、ビールマニアがわらわら集まってきそうなシックな店だが、クラフトビールのことをよく知らない人にもおすすめできる。なぜなら山田さんと、もうひとりのスタッフの田尻裕貴さんが、丁寧にビールの説明してくれるからだ。
真ん中にあるレコメンド棚。「どれにしよっかなー」という気分の日は、ここを覗いてみよう。
ちなみに最近のトレンドを聞いてみると、「世界的にIPA人気は続いていて、ヘイジーIPAは流行りから定番になりました。その一方で、ヘイジーIPAに代表されるジューシーでフルーティな味に対する飲み疲れの声もあり、最近はよりドライな方向に進んでいます。注目されているのがラガー酵母を使ったIPA。最近、温度が高くてもオフフーレーバーを出さずに発酵する、言ってみれば使いやすいラガー酵母が開発されています。それを使って、ラガーのスッキリした味わいとIPAのホップの香りのよさ、両方を取り入れたビールが生まれています」と、とてもわかりやすく説明してくれる。そして数多の中から、おすすめのビールを紹介してくれる。
もしかしたらクラフトビールの初心者は、数百も並ぶラベルの前に立ち尽くし、何を聞けばいいのかもわからなくなるかもしれない。そんな時はただ、ふだん飲んでいるビールや、好みの風味をスタッフに伝えればよい。ちゃんと合いそうなビールをおすすめしてくれる。ラベルのデザインが気に入らなかったら、そう伝えよう。輸入ビールのラベルはかなり斬新、あるいはエグいものがあり、ジャケ買いも楽しめる。気に入ったラベルを見つけたら、中身を山田さんたちに聞いてから買おう。
おすすめの樽生も。小さなカウンターに広がるビールワールド
sevenは飲めるカウンターがあるのが特長だ。ブルワリーとスタイルが異なるビールが数種類、樽につながっている。取材時はフルーツサワー、ジャーマンピルス、ヘイジーIPA、ピーナッツバタースタウトの4つ。
本日の生ビール。スタイル違いで4種類。ピーナッツバタースタウトって何!? 初めてのビールに出会う瞬間。座って飲めるコーナーもあり。
カウンターの奥には小さなキッチンがあり、フードメニューも用意されている。担当の田尻さんは、「ビールのペアリングを試行錯誤しながらメニューを作っています。新しいビールから着想を得ることもあります」と言う。たとえば、コッテリしたヘイジーIPAに濃厚なチーズケーキ、ミルクスタウトに辛いカレーが合うなどの発見があるそうだ。お酒と料理のマッチングに興味がある人にも楽しいカウンターだ。
料理担当の田尻裕貴さんはビールの説明も詳しくしてくれる。小腹が空いている人は、今食べたいものとセットでレコメンドしてもらってもいいだろう。
カウンターで冷蔵庫から選んだビールを飲むこともできる。セレクトショップであり角打ちもできるビアバーなのだ。
記者が選んだ3本。「ホップ感のあるラガーが好きです」という希望を伝えたところ、イギリスのLOST AND GROUNDEDのIPLを選んでくれた。RECOMMEND棚からは、アメリカのCOASTERのケルシュと、奈良醸造の酒酵母を使った「UNDERWATER」をチョイス。奈良醸造はカウンターで飲んで帰った。
夜が更けたころ、横浜ハンマーヘッドの“狂ったセブン”のオーナー中山啓太郎さんがカウンターでビールを飲んでいた。
sevenはオープンから1年。オーナーの中山さんに手応えを聞くと、「横須賀の空気感に馴染んで来たかなと思います。しかしまだまだこれから。sevenは時間をかけてじっくりと育てていきますよ」と話す。
正直、近所にこんなお店があったらビール好きにはたまらないだろう。日本各地に狂っていないsevenが生まれることを願いたい。
■seven 神奈川県横須賀市汐入町2-41-1
取材・文/佐藤恵菜