
『九州国立博物館に「あんしんルーム」ができます!』
今年3月、公式SNSでそう公表したのは古都・太宰府ならではの貴重な資料を誇る、国内4箇所目の国立博物館。
刺激に敏感な方が気持ちを落ち着かせるための部屋『あんしんルーム』を博物館内に設置するとのことだが、実は近年、このような「部屋」が様々な施設に誕生しているという。
設置が進む「カームダウン・クールダウンスペース」
人が多く行き交う公共の場で静かに落ち着くためのスペースは、一般的に「カームダウン・クールダウンスペース」と言われ、その必要性が海外を中心に広まり、日本でも東京オリンピックを機に関西国際空港第1ターミナルなどの公共施設への設置が進み、現在開催中の大阪・関西万博では場内8か所に開設されている。
光や音などの刺激を遮ることで気持ちを落ち着かせるスペースなわけだが、九州国立博物館の『あんしんルーム』には、「もっと普及してほしい」「安心して展示を楽しめる」と称賛の声が多く寄せられ話題になった。
実際に4月から運用が始まり、すでに多くの反響があったという。そこで今回、開設した経緯や博物館としての使命について、九州国立博物館企画課教育普及の担当者、西島亜木子さんに話を伺った。
――『あんしんルーム』設置の経緯を教えてください
「あんしんルームは、もともとは発達障がい者が慣れない場所でパニックになりそうになったり、気持ちが高ぶったりした時に避難できる場所として設置を計画しました」
「発達障がい者の中には光や音の刺激に落ち着かなくなったり、初めての場所に不安を抱くこともあり、そのような状況の時は静かに落ち着ける場所が必要なんです。もちろん、障がいの有無にかかわらず、不安になったり刺激に疲れたりした際はどなたでもご利用いただけます」
『あんしんルーム』のような安らぎのスペースは国内の施設でも増えており、その理由について西島さんは「目に見えない困りごとに悩まれている方が多く、それが徐々に認識されてきているためでは」と語る。
そもそも、九州国立博物館は子どもや大人はもちろん、障がい者や外国人まで誰もが楽しめる博物館を目指し、これまで様々な取り組みを行ってきた。それが大きな特長でもある。
展示ガイドアプリの「ナビレンス」は、視覚障がい者もスマートフォンで導線案内や音声による作品解説を聞くことができるサービス。さらに、聴覚障がい者も楽しめるように手話動画、文字、写真で案内してくれる「ナビレンスGO」など、新しいアクセシビリティの形を提供している。
「また、音や光、におい、混雑などの項目を示す「あんしんマップ」も作成し、発達障がいや感覚過敏がある方が事前に確認し、来館時に持ち歩けるようにしています」(西島さん)
そして今年誕生した『あんしんルーム』。利用者からは「すごくいい部屋」「とても落ち着ける」「障がいがあってもなくても使いやすい」「もっと広まって欲しい」という声が寄せられ、好評だという。
やさしさに満ちた九州を代表する博物館。
だが、この博物館には意外すぎる一面も存在していた。
やさしいだけじゃない。ぶっ飛んだ企画も「九博」の魅力
九州国立博物館と言えば、日本とアジア・ヨーロッパの文化交流の歴史を学ぶことができる施設。埴輪や重要文化財の鬼瓦、江戸時代に輸入していた朝鮮人参の珍品「人形人参(ひとがたにんじん)」なるものまで収蔵している。
国宝や重要文化財といったニッポンのお宝を有する博物館だが、その一方で一癖も二癖もある意外な企画も実施していた。たとえば…
【王さまが死んだ!甕棺に入れよう】
死んでしまった王さまを甕棺(かめかん)という棺に入れる劇を行い、終了後に甕棺に入れる埋葬体験ワークショップをこれまで3度開催。約2000年前、弥生時代のお墓(レプリカ)に入れるという異色すぎる体験イベントだ。
【さわって体験!本物のひみつ】
普段はケースの中に展示され、触れることのできない文化財。「さわったらどんな感じ?」という疑問を解き明かしてくれる年に一度の体験型イベント。
昨年は、リアルに再現した銅鐸のレプリカや古代の鏡などを触ったり鳴らしたりできる展示が行われた。車椅子の方も楽しみやすい作品配置にこだわり、点字や手話動画での作品解説も行なったという。
国立ながら大胆かつ先鋭的な企画の数々。歴史初心者でも楽しめるイベントも目白押しで「見て、触れて、体験できる空間」としての存在感を示している。
その取り組みには、歴史や文化をもっと身近に感じてもらいたい、そしてより多くの人に来館してもらいたい、そんな願いが込められているはず。
だが、現実は厳しい。こんな調査結果がある。
株式会社クロス・マーケティングが全国の20歳~69歳の男女を対象に「美術館・博物館に関する調査(2024年)」を実施したところ、博物館に自発的に行く人はどの年代も1割半ば。50代60代では、「あまり行かないが、これからは行ってみたい」という人が多かったという。
参考:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000576.000004729.html
密かに興味を抱く人は多いものの、それが自発的な行動には移りにくい。足を運びたくなる理由や何かしらのきっかけが必要なのかもしれない。
また、一昨年3月にはこんなニュースが報じられた。
『国立科学博物館が資金不足の補塡のため、クラウドファンディングを実施』
標本や資料の収集・保管に多額の費用を必要とする科博が、コロナ禍により入館料収入が激減。また、物価高や人件費高騰により国からの補助だけでは対応ができず、運営が厳しい状況にあったという。
もちろん、科博だけに限った話ではない。国や自治体の財政難で各地の美術館、博物館の運営は厳しさを増すばかり。九州国立博物館も例外ではない。
「当館は今年で開館から20年を迎えますが、開館時から比べると入館者数は減ってきています。しかし現在、新たな九州国立博物館に変わろうとリブランディングに取り組んでいます」
目指すは「時間を旅する博物館」。古の時代にタイムトリップしたような没入感が体験できるコンテンツを始め、今年7月からは九州ゆかりの国宝と選りすぐりの名品を一堂に紹介。九博はさらなる魅力溢れるスポットへ生まれ変わろうとしている。
「博物館をこの先も長く運営するためには、お客様が求めていることに丁寧に答えていくことが大切だと思っています。私達は『誰もが楽しめる博物館』の実現を目指し、これまで博物館側が作っていた障壁のために来たくても来れなかった人のため、アクセシビリティを向上させたいと思っています」
まとめ
独自の企画を繰り出し、非日常の感動を味わえる九州国立博物館。他の施設を圧倒するアクセシビリティは、コンセプト通り「誰もが楽しめる空間」を作り上げている。厳しい時代を乗り越えたその先で、今度はどんな感動を魅せてくれるのか?
取材協力
九州国立博物館
九州国立博物館インスタグラム @kyuhaku_koho
文/太田ポーシャ