
東京電機大学が今年の入試から、総合型選抜の新入試制度「とんがりAO」を工学部(全6学科)で開始する。「とんがりAO」とは一体どのような入試なのか。工学部長の吉田俊哉教授に話をうかがった。
総合型選抜とは、大学が求める学生像(アドミッションポリシー)に合致する人物を選抜する入試方法だ。2020年まではAO入試とも呼ばれ、1990年代ごろから私立大学を中心に導入が進み、今では8割以上の大学が実施している。書類や面接、小論文など様々な試験を組み合わせ、大学が求める人物像と受験生の「こんなことを学びたい」という希望がマッチングしているかどうかを重視する入試だ。
各校で異なる募集要項を設定する中、東京電機大学では、個性的な試験名称および概要を打ち出し、目を引くフライヤー(募集チラシ)を作成した。その名も「とんがりAO」という。
「一つの分野や事柄に情熱をもって取り組んできた〝とがった〟素養がある学生と出会いたいという思いのもと設定しました。挙げた5分類・20項目は、工学部が出会いたい〝とがった個性や経験をもつ受験生像〟について、具体的に言語化したものです」
項目の中には「好きなアニメ・漫画・小説などいずれかについて科学的・工学的・社会的視点から考察し、分かりやすく講義ができる」「物理・科学の知識を生かし、人を助けたことがある」などがある。
※具体的な5分野・20項目は以下の大学URLに
https://www.dendai.ac.jp/news/20250116-01.html
「従来の総合型選抜試験では、もう少し抽象的な募集の仕方でした。例えば〝高校時代に頑張ったことがある〟などに近いものです。このようなケースだと、周りの大人から入試のために教えてもらった〝大人にウケのいい頑張ったこと〟をアピールしてくださる学生が多かった。ボランティアの経験などはわかりやすい例かと思います。こういう活動も立派な活動なので、悪いわけではありません。しかし、私たちが総合型選抜試験でぜひ来てほしいと思う学生は〝自分の中からあふれ出た好奇心からつながって頑張り続けたこと〟がある学生です」
求めている受験生像は、特定の分野や物ごとに深く熱中する「オタク」といわれる人の中で、特に工学部に関連する分野を極めている学生……と言えばわかりやすいかもしれない。
「大学が提供できるものを好き勝手に利用して楽しみ、教員なんかいなくてもどんどん興味があることに取り組んで、好きなものを作り上げるといった学生に出会いたいですね。いわゆる猪突猛進タイプで、好きなことをやりたくてしょうがない人。一昔前はこういう〝とがった〟学生がもっと多かった気がします。私自身、本学に長く勤めていますが、大学のベースの色というか雰囲気は変わっていないのですが、いわゆるいい意味で暴れてくれる子が減ってきたなぁと感じていました」
世の中には、こういう「好きなことに夢中になっている人」はまだまだたくさんいるだろう。しかし、残念ながらうまくマッチできない現状を、毎年の入試業務を進める中や、多くの学生と接する際に、課題だと感じていたそうだ。
「世の中にはたくさん〝とがった〟学生はいると思います。しかし、従来の私たちの募集の仕方では、うちに目を向けてくれていなかった可能性がある。学生からしても〝好き〟でやっていることが、まさか自分の強みとして受験で使えるなんて思っていないかもしれない。だからこそ〝こういう学生が来てほしい!〟とダイレクトなメッセージを伝えて『これなら私あてはまるかも!』と、1人でも手を挙げていただけたら嬉しいなと思っています」
個性的なフライヤーや募集要項、キャッチ―な入試タイトルなどの採用も含め、従来の総合型選抜試験からの改革はスムーズに進んだのだろうか。
「着想からは2年ぐらいかかっています。一見するとふざけたような感じがする部分もあるとは思いますので、本質にある魂を理解していただくところに時間をかけてきました。とはいえ、大学の空気としては、新しい取り組みなどを柔軟にやっていこうという雰囲気はあります。実際に『数学満点入試』というのをすでに行なっていて、一般入試において数学で満点を取ると、ほかが基準に達していなくとも合格になります。この入試方法も、満遍なく学力を見ないのは危険ではという声もありました。しかし、実際に数学を満点で入ってくるような学生は、ほかの科目が悪くとも結果的に努力して卒業していく。やはり、何かを極めた学生は、その分野でのおもしろさや楽しさを知っていて、そこから派生するかのように、ほかの物事にも頑張れるんです」
今回の入試に関して、否定的な意見が出なかったわけではないそうだ。
しかし「こういう学生と出会えるかもしれないよ? など、丁寧に説明していくと『こういうキーワードとかどう?』とか『こんな人に会ってみたい』とか、前向きな意見に変わっていったんです。皆さんから夢を語るような話も出てきて、やっぱり多くの人が内心は〝とがった〟人との出会いを求めていたことがわかりました」
最後に、この「とんがりAO」で入学した学生に期待していることを語ってもらった。
「技術者はこれからの時代、決まったものを淡々と作り続けていくだけではいけません。本学から卒業していく学生たちにも、技術者として人を驚かせられるようなものを、常に出していってほしいと思っています。我が校が求める〝とがった〟学生は、一般入試で入ってくる学生たちにもいい影響を与えてくれると期待しています。好きなことをどんどん自発的に、楽しそうにやっている姿を見て、ほかの学生も引っ張られる。アイデアのタネや行動のタネみたいなものを蒔いてくれるのではと。お互いが苦手な部分を支え合い、協力し合えれば、いい学生時代を過ごせて、素晴らしい技術者に成長してくれるのではと思っています」
フライヤーには「〝とがった〟熱い思いがある人に刺され」との願いを込めている。
電子システム工学科(写真)を含む主要工学分野の6学科が対象だ。
大学側が具体的に出会いたい学生を明示し、それに当てはまる学生が集まるという形が実現すれば、それは「相思相愛の関係」だ。今後、他学部そして他校にも同様の動きが広がるかもしれない。
取材・文/田村菜津季 編集/田尻健二郎