
私たちを取り巻く「AI」の環境はここ数年で大きく変化した。
ChatGPTをはじめとする生成AIはビジネスだけでなく、社会や日常生活のインフラになりつつある。これから私たち人間とAIはどこに向かって進むのだろうか、どのような関係を構築すべきなのだろうか。
広告会社という立場から日本の未来を考える電通でAIプロジェクトの統括をする児玉拓也さんと、「ドラえもんを本気でつくるプロジェクト」で知られる日本大学の大澤正彦准教授に「AIと人間の未来」について語り合ってもらった。
2025年、生成AIのコンセンサスができつつある社会に
――まずは自己紹介からお願いします
児玉:電通グループの児玉拓也です。2017年ごろから電通グループでAI活用プロジェクトのリーダーをしています。今でこそAI戦略担当というポジションですが、実は、私は技術関係の出身ではなく、学生時代は美術史を専攻していました。
これまでその経験が生かされることはなかったのですが、画像生成AIの登場で私の領域とAIが交わるようになりました。カメラの登場で風景画家たちが困惑したように、画像生成AIの登場は現代のアーティストたちに衝撃を与えています。
これからAIが人間のパートナーになるのか否かに注目が集まっている中、今回はAIと社会の接点に軸足を置いて活動をされている大澤先生と対談ができることを楽しみにしておりました。
大澤:ありがとうございます。日本大学文理学部情報科学科准教授の大澤正彦です。私の夢はドラえもんをつくることです。本日はよろしくお願いします。
児玉さんはアート分野ご出身とのことですが、私はドラえもんとアートは同じだと考えているんです。
――どういうことでしょうか
大澤:以前、テレビを見ていたら何かの番組で「絵がアートじゃないんだよ。アートとは絵を見た一人ひとりの心の中に宿るものがアートなんだよ」といった話しをたまたま聞いたんです。
これを聞いたとき、私は「ドラえもんと一緒だ!」と感じたんです。
それまでドラえもんづくりを単なるものづくりとして捉えていたのですが、ものづくりのルールでドラえもんという存在を決めることができず壁に当たっていました。ドラえもんって何だろうと考えたとき「僕たちがドラえもんと認める存在」こそがドラえもんだと思ったんです。
人の心の中に完成するものづくりという視点は、最近、いろいろな分野で注目されはじめていて嬉しいですね。
児玉:先生の最近の論文でもLLM(大規模言語モデル)と他者モデル(※)の研究がありましたよね。”他者モデルとAI”はAIと私たちの関係がこれからどうなるのか考える上で重要なキーワードだと思うんですよね。
(※)他者モデルとは「他者の心的状態や行動の予測・解釈を行う認知モデル」のこと
大澤:そうなんです。僕たちがAIをどういう存在と認識するかでAIと人間の関係が変わってきます。
児玉:生成AIが普及したおかげで徐々に私たちの中でAIに対するコンセンサスが出来つつありますよね。「言ったことには従う」とか「たまに間違うけどめちゃくちゃ賢い」とか。それに、最近はいかにAIを使って仕事を効率化できるかばかりに注目が集まっている。この状況は先生がおっしゃる他者モデルという視点だと、もしかしたらAIと私たちとの関係においては他人の視点を想像する能力は後退しているのかもしれないですね。先生はいかがでしょう?
大澤:いま、人とAIとの関係は分岐点に立っていると思います。このままAIが効率化を極めるためのインフラとしての道を進むのか、人に寄り添う存在になるのか…。ドラえもんはまさに人に寄り添ったテクノロジーの姿ではありますが、ドラえもんをつくるプロジェクトの完了を待っていたら間に合わない。AIエージェントが効率化から脱却をして人に寄り添うエネルギーで満たされた世界にする必要があるともいえます。
もしAIが人に寄り添う存在として進むことができれば「科学技術の進歩で人が幸せにならない」という課題も解決されるかもしれません。
児玉:”ビルゲイツのパラドクス”ですね。「科学の進歩で生活は豊かになるが心理的に満たされない」という。単に仕事の効率化が進むだけでなく、もっと私たちの心が豊かになるような存在になって欲しいとは思います。
AIの謝罪を受け入れられる未来が来る?
――このままAIが効率化のためのツールとして進化するなら、私たちとAIはどのような関係になるのでしょう
児玉:私もたまに考えてしまうのですが、「人間の仕事は謝ることだけ」になってしまうかもしれません。煩わしい事務作業だけでなく専門的な内容もすべてAIに任せて、人間は最後に責任を取るためだけの役割として存在する。これではディストピアです。そうならないために、AIと私たちは違う可能性を広げていかないといけないんですよね。
大澤:AIの謝罪を多くの人に受け入れてもらうことは、現状なかなか難しそうですね。
児玉:そうですよね(笑)。一体、AIが何をすれば私たちは心から謝罪をしていると認識できるのでしょうか。
大澤:哲学的議論のひとつに「ある存在をどのように理解・説明するか」という“見方(スタンス)”についての議論があります。スタンスには物理スタンス、設計スタンス、意図スタンスの3つがあるのですが、私たちが「AIが謝罪することなんてできない」と信じるのはAIを「設計スタンス」で捉えているからです。つまり、AIの言葉はプログラムが生成したものに過ぎず、AIが謝罪の言葉を口にしてもそこに意図(すなわち心)がないと感じるんです。
人間同士の関係、特に家族のような強い関係は「意図スタンス」でお互いを認識しています。だから、相手の謝罪を受け入れることができます。もし、人がAIを「意図スタンス」で認識できるようになるとAIの謝罪を受け入れられるようになるのではないでしょうか。
児玉:人対人であっても企業という単位になれば人を特定の機能として認識しますよね。つまり人対人でも「設計スタンス」になることもある。人間同士、あるいは人とAIの関係ももっと有機的な繋がりを築くことがカギなのかもしれませんね。
大澤:そう思います。
2030年、AIと人間の関係はどうなっている?
――ところでお二人は普段、生成AIをどのように使っているのでしょうか
大澤:僕は授業に全面的に活用しています。AIとの対談形式で講義を進めたり、グループワークのグループ決めを任せたりすることもありますね。
児玉:私は気になることは何でもAIに尋ねています。昨日は気になるチェリストについて聞いてみたり、ニュースで見た枢機卿の役割を解説してもらったり、アメリカのダイナー文化をAIにまとめてもらったりしました。AIのおかげで社会や物事に対する解像度や理解度が上がったと感じています。知的好奇心が満たされるという意味でAIの恩恵は大きいですね。
大澤:一方で悩み事があったときは、AIを使わなかったですね。家族や友人には相談をすることはあってもAIに相談することは一度もありませんでした。僕にとってもまだAIは「道具」であって「友人・家族」ではないのかもしれません。
児玉:確かに。私たちはまだAIを飲み会に誘うこともしませんもんね(笑)。そういった視点で先生は最近、AIと人間の関係に可能性を感じる事例はありましたか?
大澤:ロボット、AIに関しては「便利だけど可愛くない」か「可愛いけど役に立たない」のどちらかに偏ってますよね。両方が融合しなければブレイクスルーは起こらないと考えていますし、僕らのチャレンジでもあります。
現時点で一番、その理想に近いのは「ロボット掃除機」なんですよ。あの子たちは機能性だけでなく、ユーザーに擬人化されて可愛がられている側面があります。「ルンバが困らないように道を開けてあげよう」とか「ルンバが引っかかっていたら助けてあげよう」とか。
こうした着眼点から、IoT家電に憑依できるAIエージェントの開発を企業ととともに進めているところです。
――それでは最後に、ずばり2030年のAIと人間の関わりはどうなっていると予想しますか?
児玉:予想というより「こうなるべき」「こうなってほしい」という意図を含んだ言葉になりますが、私はAIがいてくれてよかったという存在にはなってほしい。AIのおかげで便利になるだけでなく、楽しさや可能性といった価値も伸ばしていきたいと考えています。
大澤:僕もです。よく「AIがこれほど進化すると予想していましたか」と聞かれることが多いのですが、僕はその都度「予想通り予想外でした」と答えています。テクノロジーの進化は、僕たちの予想より早く進むということを理解しているつもりです。
それは2030年の未来においても同じです。僕たちは予想外のことが起こっているという前提で心構えをしないといけません。
今のままだと「道具」としてのインフラ化が進み、僕たち人間は効率化を強いられてもっと忙しくなるでしょう。だからこそ僕たちの活動で、もう一つの分岐に進めるようにしたいです。
児玉:私は社内外含め、よく経営層からAIで効率化をしてほしいという相談を受けています。それも大切なことですが、そこをアウトカムにしてしまうと可能性を狭めてしまいます。先生のように世界を広げてくれる仲間を増やしていきたいです。
大澤先生、本日はありがとうございました。
大澤:児玉さん、こちらこそありがとうございました。
大澤正彦さん(右)
日本大学文理学部准教授/次世代社会研究センター(RINGS)センター長
1993年生まれ。2020年慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了。IEEE Young Researcher Awardを始め受賞歴多数。孫正義育英財団1期生。認知科学若手の会を設立、元代表。「Forbes JAPAN 30 UNDER 30」2022に選出。著書に『ドラえもんを本気でつくる』(PHP新書)、『じぶんの話をしよう。- 成功を引き寄せる自己紹介の教科書』などがある。
児玉拓也さん(左)
株式会社電通グループ/dentsu Japan グループAI戦略チーム/主席AIマスター
2017年より電通グループ内のAI活用をリード。生成AIに特化したネットワークを結成し、2023年から毎週継続している勉強会を主宰してAIのトレンドとマーケティングへの影響を模索。先端技術のリサーチと社内活用・社内変革を推進している。現在の活動は日本に留まらず、(株)電通グループの経営企画セクションにて技術トレンドを追いながら、海外も含めたグループ全体のAIおよびテクノロジー戦略を率いている。
取材·文/峯亮佑 撮影/干川修