
日本の住所は、極めて複雑である。
たとえば、電話で相手の住所を口頭で伝える……ということはできるだろうか。仮に筆者が徳島県徳島市国府町府中に住んでいた場合、さすがにこれを口頭のみで伝えることは不可能だ。「国府町」は「こくふちょう」、「府中」は「こう」と読む。府中は「ふちゅう=不忠」につながるため、それを嫌がった徳島藩の武士が人為的に地名の読みを変更してしまったそうだ。
このように、日本には同じ漢字でもそれぞれ読みが異なる地名というのは数多く存在する。それはPCやスマホを使う際の住所入力にも大きな支障をもたらすのだが、日本郵便が5月26日にサービスを開始した『デジタルアドレス』は、面倒な入力作業を一気にショートカットできるというものだ。
このデジタルアドレスが、もしかしたら日本のDX化を意外な形で後押しする可能性がある。
いろいろとややこしい「日本の住所」
住所を7桁の英数字に置き換える。日本郵便のデジタルアドレスは、このようにたった一言で説明することができる。
しかし、それだけのことが極めて大きな意味を内包している。
我々は、何だかんだで普段から「コピー&ペースト」を毎日実行している。それはライターも同様だ。他人の記事に書かれている文章をコピペしてそれを自分のものにするのはライター業にとってはご法度だが、それでも絶対に間違えてはいけない人名や社名や地名、即ち固有名詞はプレスリリースなどからそのままコピペする。
ただ、これが住所となるとやはり一筋縄ではいかない。
数字が大文字で書かれている時は小文字にしなければならない作業があるし、「××市××町1-2-3」の「-」の部分が「の」だったり「ノ」だったり「1丁目2番3号」だったり……という表記揺れもある。これを統一するのも報酬分に含まれている仕事ではあるが、たとえばこの住所をスマホの画面に表示させた上でコピーし、それを日本郵便の集荷申込プラットフォームの住所記入欄にペーストするという場面に遭遇した場合はどうか? いささか面倒ではないだろうか?
様々なシチュエーションを仮定した上で考えてみると、日本の住所表記というのは実に不親切であることが分かる。
シンプル故の合理性
もちろん、親切不親切という物差しで歴史ある地名の良し悪しを論じることはできない。
デジタルアドレスは住所を強引に7桁の英数字にしてしまう……というものではもちろんない。あくまでも住所に対して7桁の英数字を割り当てているに過ぎず、デジタルアドレスを日本郵便の送り状作成プラットフォームの入力欄に打ち込んだ場合、最終的にそこに現れるのは今まで通りの住所である。伝票に記載される情報も、それまでと全く変わりのない電話番号、住所、指名、電話番号だ。
つまるところ、デジタルアドレスとは日本特有の長い住所の入力を省力化するためのものであり、それ以上でもそれ以下でもない。
そうであるからこそ、このデジタルアドレスは非常にシンプルかつ合理的な仕組みであり、故に我々の生活を大きく変えてしまうかもしれない。
引っ越しすれば住所が変わるのは当然だが、デジタルアドレスは住所変更後も同じ英数字を利用し続けることができる。たとえば筆者が今住んでいる静岡県から沖縄県に引っ越したとしても、そこが日本の領土であればデジタルアドレス自体は変更する必要はない。その中身の情報を更新すればいいのだ。また一方で、何かしらの事情があってデジタルアドレスを変更したいと考えた場合も、デジタルアドレス公式プラットフォームでいつでも削除・変更することができる。
セキュリティー面に不安が?
このデジタルアドレスは、将来的にはタクシーやカーナビでの利用も想定しているという。
たとえば、タクシーの後部座席にあるタブレット端末にデジタルアドレスを打ち込めるようにすれば、複雑な住所を運転手に口頭で伝える手間がなくなるだろう。カーナビも同様で、7桁のシンプルな英数字の入力のみでそれと紐付けられている住所が反映される——といった効果や使い方も見込める。
が、ここで不安点が浮上する。デジタルアドレスを誰かに知られてしまった場合、自宅の住所が漏洩してしまう危険性があるのではないか?
これについて、日本郵便は公式サイトの中でこう説明している。
サービスの特性について
1.デジタルアドレスをご使用いただくことで、自動的に住所が入力できます。デジタルアドレスを家族や友人などに伝えておけば、住所の変更があっても、同じデジタルアドレスで住所を伝えることができます。
2.第三者にデジタルアドレスを知られた場合でも、あなたや同居者の名前等を検索することはできません。
3.住所や名前から、デジタルアドレスを調べることはできません。
(日本郵便公式サイト「デジタルアドレス」より。太字は筆者)
しかし一方で、このような注意書きも記されている。
サービスの利用に伴うリスクと対策について
1.デジタルアドレスの取得には、以下のようなリスクを伴います。ご理解いただいた上でご利用ください。
a.第三者にデジタルアドレスを知られた場合、該当する住所が知られることがあります。
b.デジタルアドレスを無作為に入力することで、該当する住所が表示されてしまうことがあります。
(同上)
結局は今までの住所と同様、厳正な自己管理を利用者に要求しているということだ。
ただ、長く複雑な住所を短い英数字に置き換えられるということ自体は便利この上なく、今後はデジタルアドレスの仕組みを活用することが前提の様々なビジネスや新サービスが続々登場するだろう。
【参考】
日本郵便
文/澤田真一
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