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未来を予見するSF連載小説「旅する電球屋―星河町電燈綺譚」

2025.06.24

未来を予見するSFの世界を描く「パラレルミライ20XX」は、技術進化と人間社会の融合や衝突をテーマにした連載小説です。シリーズでは、テクノロジーによる新たな現実やデジタルとアナログが交錯する未来像を描きます。

SF小説「旅する電球屋――星河町電燈綺譚」

フィラメント電球を背負って旅をする青年レトルと相棒ロボットのトッポが星河町に降り立ったのは、雪のような星屑が降る宵のことだった。宇宙港から伸びる錆びたアーケードをくぐると、そこには昔ながらの提灯や木の看板が残り、昭和の下町としか思えない情緒が漂っている。

「おや、珍しいお客さんだねえ」

声をかけてきたのは、白髪混じりの温和な老女だった。ひっそり営む雑貨屋の軒先で、豆電球ほどの薄明りだけを頼りに、レトルの姿をじっと見つめている。

「もしや、あんたが“旅する電球屋”かい? 噂には聞いていたが……」

レトルは答えずに微笑し、背負っていた木箱をそっと下ろす。内には大小さまざまなフィラメント電球が詰め込まれ、光の宝石箱のようにきらめいていた。老女はその光景に目を丸くし、一瞬、息を呑む。

「昔はうちでもフィラメント電球を扱ってたが、時代が変わって廃れてしまってね。今やこの町も、半分以上が消えかかったままだよ」

老女は苦笑しながら、雑貨屋の奥を指差す。そこには壊れかけたランプスタンドがあり、かつては柔らかな光を放っていたであろう電球が、今はチカチカと明滅を繰り返すばかり。レトルは短くうなずき、箱から同じ口金の電球を探し当てると、老女のランプとそっと交換した。

たちまち灯るフィラメントの暖色が、ほの暗い店先を潤し始める。老女はその光を見つめながら、小さく涙を浮かべた。

「やっぱりいいねえ、この光は。まるで、昔の賑やかな星河町が戻ってきたようだよ」

老女の言葉に、レトルは微笑み返すと、相棒ロボットのトッポに合図を送り、町を散策するためアーケードを進んでいった。トッポは球形ボディをコロコロ回転させながら、暗い路地や軒先を覗き込んでいる。そこかしこで、消えかけの電球が寂しげに瞬いていた。

「こんなに切れかけた電球ばかり……どうしてみんな、買い替えないんだろう?」

レトルはつぶやきながら、訪れる店先で片っ端からフィラメント電球を交換して回る。最新の量子ドット照明に取り替えれば早いのだろうが、町の人々はどうやら“昔の光”にこだわり続けているらしい。その理由を誰も明言しないが、目はどこか懐かしさと悲しみを帯びている。

その夜、レトルとトッポは「星河ホテル」と書かれたネオン管が半分壊れかけの建物に宿をとった。支配人のツキコは、ロビーにある三日月形の照明を指して、「これもずっと切れかかっててね。修理代もかかるから放置してたの」と苦笑する。レトルが試しに電球を取り替えると、ガラス球の中で柔らかなフィラメントがじわっと光り出し、ロビー全体があたたかな空気に包まれた。

「まるで、懐かしい家に戻ったみたいな光……ありがとう」

ツキコはそのまま言葉を続けようとして、ふと俯く。だがレトルはあえて何も聞かず、自分の部屋へと向かった。

翌朝、トッポが町の路地で拾ってきた古い新聞を解析していると、そこには信じられない記事が載っていた。「星河町コロニー、恒星爆発による壊滅迫る」という速報の日付は三か月前。つまりこの町は、近隣の恒星が超新星化する影響で消滅する運命にあるというのだ。そんな大事件なら、とっくに町中が避難していなければおかしい。

「トッポ、本当か……?」

レトルは新聞の記事を何度も読み返す。すでに星河町の住民は避難完了したという記載があるが、実際には今も多くの人が暮らしているではないか。混乱しながらも彼は、ツキコや老女、すれ違う人々に尋ねるが、誰もそんな話は知らないかのように首を横に振るか、ひどく困った顔をして話を濁す。

やがてレトルは町の一番外れで、錆びた旧管制タワーの存在を知る。そこへ行けば真相がわかるかもしれない。

トッポと共にタワーの階段を上りきると、薄暗い通信室の端末がまだ動いていた。画面には「緊急避難完了、星河町信号停止中」と表示されている。そして重要なメッセージがひとつ。

『このコロニーは本体が消滅した後も、旧型ホログラム維持装置により疑似町並みを残します。フィラメント電球の光を核に、街の記憶を保つ実験です。この特製のフィラメント電球は特殊な周波数帯の光を放ち、ホログラムシステムと共鳴することで、人々の記憶や街の風景を持続的に投影しています。』

「疑似町並み、記憶を保つ……? じゃあ、今この光景は……全部ホログラムだと?」

レトルは震える指で画面をスクロールし、そこに映し出された映像を凝視する。星河町はすでに三か月前、恒星爆発によって壊滅していた。あの新聞記事は正しかったのだ。けれど住民が必死に残したホログラム維持装置が、町そのものを“思い出”として保存している。しかも、そのエネルギーの中核はフィラメント電球なのだという。

そっとタワーから下を見下ろすと、アーケードで老女が手を振っている姿が見えた。だが遠くを見るほどに像が歪み、ちらちらとノイズが走っている。トッポが「ピコ、ピコ……」と悲しげに鳴く。フィラメント電球を交換すれば一時的に輝きは増すが、根本のシステムが限界に近いのだろう。

「みんな……もうこの世界から消えかけているのか」

その夜、レトルは誰にも告げずにメインの制御装置を探しだし、自身の電球コレクションの中でも特にレアで高出力な合金フィラメントを取り付けた。町が一瞬、昼間のように明るくなる。宙から降る雪のような星屑が、まるで祝福するかのように輝いていた。

夜明け前、町の人々は奇妙なほど嬉しそうに微笑み、「ありがとう、電球屋さん」と口々に言う。レトルは何かを悟ったように皆の手を握り返す。真実を知らないのか、いや、知っていても受け入れているのか――何もわからないまま、彼らは静かにお辞儀をした。

やがて朝日が射し込む頃、星河町は透明なガラスが砕け散るように、すうっと消滅を始めた。アーケードも、老女の店も、ツキコのホテルも、すべてが陽光の中で淡く溶けるように消えていく。レトルはただ呆然と、手を伸ばすが、誰の姿もそこにはない。

残されたのは、舗装の途切れた荒野と、宇宙船ポートの廃墟だけ。唯一、レトルが交換した合金フィラメント電球だけが転がっており、中のフィラメントはまだかすかに光を宿している。その儚い光を見つめながら、レトルは唇を噛んだ。

「たとえホログラムでも、あの笑顔も温もりも……確かにそこにあったんだ」

トッポが「ピコ」と小さな音を立てる。レトルは電球を拾い上げ、そっと胸に抱きしめた。星河町が消滅した跡地には、もう何もないはずなのに、彼の瞳には幻のアーケードがまだ焼き付いている。

そう、ホログラムの町は消えた。しかし、そこに生きた人々の灯りは確かにレトルの胸に刻まれた。旅する電球屋として、彼はこれからも銀河を巡るだろう。どんなに短い命の光でも、決して無駄にはしないと心に誓いながら。

陽の光に照らされた荒野を背に、レトルの宇宙船がゆっくりと浮上を始める。もう星河町はどこにも存在しない。それでも、合金フィラメントの電球が微かな光を灯している限り、あの懐かしい町と人々の笑顔は、旅する電球屋とともに永遠に生き続けるに違いない。

文/鈴森太郎 (作家)

【参考資料】https://group.ntt/jp/expo2025/pavilion/

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