
地方移住に関心を持つ人が増えている今、「どこで、どう生きるか」は人生の大きなテーマの一つになっています。そんな中、徳島県にある美波町でサテライトオフィスを立ち上げ、移住者と地域をつなぎながら新しいライフスタイルを築いてきたのが吉田基晴さん。その活動を描いた書籍を出版した、かくまつとむさんに、本を出すに至った経緯や地方移住のリアルについて伺いました。
「昼休みにサーフィンができる職場」が生んだ、想像を超える人材獲得
──本を出版した経緯から教えてください。
かくまつとむさん(以下、かくまさん):この本の主人公・吉田基晴さんは、もともと東京で電子著作物や機密性の高いデジタル情報を保護する技術の開発・販売を行なうIT企業を経営していたのですが、良い人材の確保に限界を感じていました。優秀な人は大手企業に集中してしまうため、自社のような中小企業にはなかなか来てくれない。そんな中で、故郷、徳島県で始まった「サテライトオフィス誘致政策」に注目し、東日本大震災以降高まっていた「地方での働き方」のムードにも乗って、県南の美波町にサテライトオフィスを立ち上げたんです。
──人材を集めるために、どのような施策やアイディアがあったのでしょうか?
かくまさん:美波町の浜はよい波が立つことでサーファーの間でよく知られており、「昼休みにサーフィンができる職場」であることを求人告知でアピールしました。つまりワークライフバランスを前面に打ち出したのです。吉田さん自身、じつは半信半疑で、「そんな条件で本当に人が来るだろうか?」 と不安を覚えそうです。社運を賭けたアイディアだったのです。蓋を開けてみれば驚くほどの反響と応募があり、多様な働き方が強く社会から望まれていることを直感したそうです。国が働き方改革を打ち出すより前のことです。
サーファーはもちろん、狩猟をしながら犬と暮らしたいという人など、様々な価値観を持った人が集まり、第1回目の人材募集は見事に成功しました。
──時代の変化とうまくマッチしていた訳ですね。
かくまさん:吉田さんは、そういった流れを受けて移住支援にも乗り出しました。当初は個人の立場での活動でした。田舎では都会では起こり得ないような摩擦がよく起こります。多くの場合、原因は価値観の違い。互いをよく知らないから起こることなんです。吉田さんが気づいたのは、「当事者同士で解決しようとするよりも、間に立つ人がいた方がうまくいくこともある」ということ。そこで、移住者と地元をつなぐ専門会社を自ら立ち上げたんです。
IT×地方の可能性──備長炭焼きにセンサーを入れる発想力
──具体的にはどのような動き方をしたんでしょうか?
かくまさん:今、吉田さんは備長炭を焼いています。里山というのは、もともと燃料である薪炭を生産する場だったのですが、戦後のエネルギー革命以降は利用されなくなり、伸び放題になった木が過密化して中が真っ暗になるなど、生物多様性を脅かすまでになってきました。吉田さんが注目したのはこの荒廃林です。環境復元のために再び手を入れ、伐り出した木を最高級の備長炭に焼き、里山に昔のような経済循環システムを呼び戻す。
過疎地で決定的に不足しているマンパワーは、自然豊かな田舎で暮らしたいと考えている移住者に託す。吉田さんが考案したこのビジネスモデルは、21世紀の「三方よし」経営と呼べるものです。
吉田さんは、この炭焼きにも革新的な発想を取り入れています。じつは炭焼きで一番難しいのは温度管理で、昔は煙や火の色、匂いで窯の中の温度を判断していました。最も肝心な作業であるがゆえに、職人は一度火を入れると窯の前を離れることができませんでした。異変に備え様子をただ見守っているしかないのです。徹夜も当たり前でした。本音としては、待っている間に次に焼く木を切りに行くなど、時間を効率よく使いたいんですよ。
そこで吉田さんは、窯にセンサー付きの温度計を接続し、温度推移のデータをスマホで随時受信できる仕組みを思いつきました。これなら窯から離れた場所でも熱の様子がチェックできますし、心配ないことがわかれば家へ帰ることもできます。
そうした技術は、東京の大きなIT企業に相談すると着手金だけで1千万ぐらいの請求が来てもおかしくないそうです。ところが美波町には吉田さんが誘致したIT企業のサテライトオフィスがたくさんありまして。規模は小さいし名前もあまり知られていないけれど、唯一無二の技術を持つIT企業がたくさん集まっているんですよ。
飲み会の席で今直面している課題の相談をすると、「その程度のことなら簡単ですよ」と返事が返ってくる。温度管理の遠隔システムも、そんな流れの中で誕生したそうです。性能は望み通りで、値段は安すぎて申し訳なくくらい。相談した会社の人は「ITとは呼べないほど単純な技術」だといって、ちゃちゃっと構築してくれたそうです。
IT企業以外にも、建築やデザインに通じた会社、個性的な自営業者も多く集まっていて、たとえば空き家をリノベーションしたい、商品ロゴを新しく作りたいと飲み会の席で呟けば、瞬く間に形になってしまうのが美波町なんです。さまざまなスキルを持つ移住者たちと地域の課題をうまくマッチングさせ、行政とも連携しながら新しいモデルを作っています。
これは新しい時代の移住生活のモデルケースであり、小さな革命を田舎に起こしている人だなと思い、アウトドア雑誌の『BE-PAL』の連載で吉田さんを2年間追いかけ、その後単行本の出版に至りました。
移住は結婚と同じようなもの。もっとカジュアルに考えてみる
──地方と移住者の関係性について、どうお考えですか?
かくまさん:地方では若い人たちが減って、過疎は進行中です。でも、美波町のように移住してきた人たちがワイワイ盛り上げることで、町全体が活気づいている地域もある。こうした田舎を、地方創生研究の第一人者である明治大学の小田切徳美教授は「にぎやかな過疎」と表現しています。人の数を単純に増やすことは難しいけれど、地方の課題解決に取り組むことに意欲的な「人口の質」で地域を支えていくという考え方が、これからもっと重要になってくると思います。
──移住に関心がある人へのアドバイスはありますか?
かくまさん:まずは、自分が何を求めているのかを見つめ直してほしいですね。豊かな自然なのか、人との距離感なのか、あるいはその気になればある程度の食べ物が自給できる安心感なのか、それとも子育て環境なのか。それがはっきりすれば、自分に合った場所も見えやすくなると思います。
それが分かったとしても、いきなり移住しなくていいんです。むしろ勧めません。僕は「移住は結婚と同じ」だと思っていて、最初からお見合い結婚のように重く捉えると、うまくいかないと感じています。
移住政策というのは30年以上前から行われているんですよ。「田舎で農業をやりませんか?」というパターンです。じつは今もそうなのですが、移住して来てほしい地方自治体の側にやや過剰な期待感があって、最初からお見合い的な空気のところもあります。移住に関心のある人たちにも並々ならぬ思い入れがあり、前のめりで移住を決定するパターンが少なくない。ですが、ちょっと歯車がずれた時にはややこしい結末になりやすい。
たとえば、引っ越して来たけれど、うまくなじめずに転出してしまった人を悪く言う。「都会の人間は田舎をなめている」とか「覚悟が足りない」みたいな。逆のパターンとしては「あそこは閉鎖的な土地」「田舎の人間関係は怖い」とかね。そういう対立をことさらクローズアップした、移住を皮相的に見る論調をネットなどではよく見ますが、原因は単なるボタンの掛け違いだと思います。
──なるほど。移住は結婚と同じようなものっていうのはすごく納得します。初めて会った人とすぐ結婚を決めるって、ちょっとリスキーですもんね。
かくまさん:もちろん役場に相談して、理想の移住につながっている方もたくさんいます。どちらにしても、最初は気軽に旅に行く感じがいいかなと思います。普段行っているような旅先からちょっと外れて、観光地じゃないところを旅してみようという感覚で人と触れ合ったり、特産物や自然に触れたりする中で、ああ、こういうところだったら居てもいいよねと自然に思えると、理想の移住につながっていくんじゃないかなと思いますね。
「関わらない」選択より、「関わって楽しむ」移住の魅力
──最近ではコミュニティに属さず暮らす人もいますよね。
かくまさん:交流しないで暮らすこともできますが、僕はもったいないなと思う。地域に関わってこそ田舎の良さが本当に分かるし、先の炭窯の温度センサーのように、自分のスキルがコミュニティーに役立つこともあるんですよ。都会の素晴らしいところは、幅広い職種があるので、さまざまな課題解決能力を持った人がいることです。地方が潜在的に求めているのは、おそらくそこです。
たとえば今はお年寄りでも普通にパソコンやスマホを使います。ところが、トラブルが起きたり設定の方法がわからなかったりするとき、気軽に教えを乞うことのできる人がいないのが田舎です。
美波町の場合は、移住者がご近所の方のデジタルアドバイザーになっていたりもします。お礼は野菜や魚(笑)。そういう関係性を築くことができれば、ウェルビーイングも上がるでしょう。人とのつながりを断った形でも田舎に住むことはできますが、それでは都会暮らしや別荘生活と変わらない。もったいないですよ。
──田舎暮らしの良さとは何でしょう?
かくまさん:今も言いましたように、田舎には助け合いの文化が根付いています。田植え、稲刈り、屋根葺き、昔はなんでも「手伝うのが当たり前」。今はそこまで濃密ではありませんが、草刈りや水路掃除、お祭りなどはみんなで行ないます。ときにはうっとおしさ、面倒くささを感じることがあるかもしれませんが、人と人のつながりの濃さこそが田舎の魅力だと考えてほしいです。
──大自然の魅力も大きいですよね。
かくまさん:森林浴が良い例ですが、自然に触れると体の毒素をデトックスするアーシングと、大地の力を取り入れるエナジーチャージができるとも言われますが、僕自身も実際にそう感じます。リフレッシュになりますね。
「住む」だけじゃない関わり方で、地域も自分も元気になる
──かくまさんがこの本の取材を通して思う、移住先でのウェルビーイングな暮らしとは?
かくまさん:単なる住民票の移動数でなく、移住者を受け入れた地域がより賑やかになるような、お互いにとってプラスになるかどうかが今後の移住政策のカギになると思います。高いレベルでのウェルビーイングの実現。それを徳島県の美波町で推進しているのがこの本の主人公である吉田基晴さんなんですね。
「SDGs」や「ネイチャーポジティブ」、「サーキュラーエコノミー」という言葉も広がってきていますが、経済至上主義からちょっと視点を変え、自然に学び直そうというのが吉田さんの経済観でありライフスタイル論です。
でも現実は、管理する人がいなくて田舎では山がお荷物になりつつある。けれど、移住者と力を合わせれば変えることができるということを、吉田さんは今日もみんなで炭を焼きながら実証しつつあります。
──移住を検討している人へ、最後に一言お願いします。
かくまさん:今は在宅勤務も当たり前になってきていますし、週4日田舎で、週3日都会という生活も可能です。まずは「田舎を探検してみよう」、くらいの軽さで週末に遊びに行くだけでもいいと思います。
住むという概念を超えて、その地域と関わりを楽しむ。そういう柔軟な生き方をも視野に置き、自分と家族に合ったライフスタイルを多様な形で見つけることができたらいいですよね。
著書
『移住で地方を元気にする IT社長が木の会社を作った理由』
かくまつとむ
鹿熊勤/かくまつとむ 1960年、茨城県生まれ。フリー・ジャーナリスト。農山漁村の生活文化、職人の手業、地域活性化、野遊び、自然保護、環境教育など、人と自然が交差する領域を幅広く取材。アウトドア月刊誌『BE-PAL』などを発表の場に20年以上にわたり地方のトレンドを追い続ける。立教大学、同大学院兼任講師。著書に『仁淀川漁師秘伝』『鍛冶屋の教え』『刃物をめぐる68の物語』(小学館)、『糧は野に在り』(農文協)など。
取材・文/高田あさこ