だしで仕込んだクラフトサケ!?醸し出すユーモアと季節感
足立農醸のクラフトサケはすべて足立さんが団地のこの蔵で仕込んだもの。原料のお米は地元・高槻産。フルーツはほかにキウイ・ライチ・パイナップル・マンゴーなど。「団地CRAFT 団地と果樹園物語」に使われるみかんと文旦は、このUR富田団地の果樹園で栽培されたものだ。まさに団地っ子のサケなのである。
素材のみかん・文旦はなんと団地の果樹園で採れたもの。だからとびきりフレッシュ
素材の旬によって期間限定商品が生まれるのもクラフトサケならではの楽しみ。春限定のいちご、夏限定のコーラなど、四季折々のラインナップとなる。
春限定の「MIYOI(美酔)Craft -STRAWBERRY -」。いちごって発酵させるとこんな色になるんだ
「日本酒のだし割りが流行しているので、いっそだしで発酵させたら面白いんじゃないかと思い、冬季限定でだしのクラフトサケも造ったんです。おいしいと評判で、瞬く間に売り切れてしまいました」
だしで仕込んだクラフトサケだなんて、なんとユニークな。「自由を、醸そう」の象徴的な商品ではないか。
サケだけじゃなく、立地までクラフト
ユニークと言えば、そもそもなぜ団地に蔵をつくろうと思ったのだろう。あまりにも意外ではないか。
──もしかして、酔っぱらって決めましたか?
「当初は、とある山あいの古民家を借りて蔵を開こうと考えたんです。ところがクラフトサケがぜんぜん浸透していない頃だったために地元の理解が得られず、地域の人たちから怪しまれまして。そんなとき、たまたま団地の1階が空いたという物件情報を見つけたんです。実際に訪れてみるとスケルトン渡しの物件で、酒蔵にしてもよいという。高槻は水質がよく、かつては酒どころでした。申し分ない。これだ! と即決しました。そこから内装も大工さんと2人で手作りしたんです」
なんと、クラフトサケの蔵そのものを自分の手でクラフトしていたとは。始めは突飛なように思えた団地の酒蔵だが、保守的な山あいの街ではなく、多様性に富んだ集合住宅だからこそ認められたという点に、改めて未来を担うお酒なのだと感じた。
日本酒の魅力に目覚めた場所は──なんと“テキサス”だった
立地も独特ならば、足立さんの人生もかなり個性的だ。大阪市出身の足立さんだが、日本酒との出会いは意外にもアメリカのテキサス。高校時代は競泳の強豪選手で、高校卒業後、テキサスのオースティンに水泳留学した。しかし、21歳で人生が大きく変わる。日本食レストランでアルバイトをはじめたところ、アメリカ人が日本酒を高く評価していることを知り、驚いたという。
「日本文化なんてほぼ関係ないテキサスで、地元の人たちが日本酒をうまいうまいと飲んでいる。頭のなかでバーンと音が鳴るほどの衝撃でした。日本にいた頃は日本酒が身近にあり過ぎて、世界に通用するなど考えもしなかったんです」
そうして「日本酒を本格的に学ぼう」と25歳で帰国。神戸にある日本酒とおばんざい「ぼでが」の女将の紹介で、銘酒「陸奥八仙」で知られる青門県の八戸酒造に就職した。足立さんは入社初年度から年にタンク数本しか造らない高級酒を担当。世界大会など賞を4度も受賞するなど、酒造家としていきなり頭角をあらわしたのだ。
起業を志して関西へ戻り、米の吟味を学ぶために自家栽培をしている兵庫県丹波市の西山酒造場に就職。2021年に独自の清酒メーカー「足立農醸」を起ち上げた。はじめは委託する形で日本酒を製造していたが、「自分で蔵を開きたい」という夢をかなえるため、2023年、クラフトサケの蔵を団地に開いたのだ。
クラフトサケ第1号商品は「日本の発酵の原点は木いちごだった」という説にのっとり、日本酒に近い三段仕込み製法を行い、モロミに木いちごを入れて一緒に発酵をさせた「MIYOI(美酔)-ORIGIN」だった。
「クラフトサケを製造しはじめたのは、正直に言って『日本酒がつくれないから仕方がなく……』という部分がありました。しかし、現在は違います。クラフトサケを醸すことでフルーツやハーブなどのたくさんの生産者さんと出会い、見える世界が一気に広がった。自分自身もクラフトサケのおいしさ、魅力に気がつき、今は日本でこれを突き詰めたい気持ちなんです」
「日本酒の代わりに」と考えて始めたクラフトサケだが現在は全力で取り組む。手にしているのは初めて手がける甘夏
足立さんが醸すクラフトサケは独自のECサイト、一部酒販店、現地「ADACHI NOUJO Craft Sake Brewery」にて購入可能だ。団地から生まれた次世代のお酒、ぜひ味わってみてほしい。ベランダから眺めているだけではもったいない。
取材・文・撮影/吉村智樹