
2015年に初代モデルが発売され、10年の歴史を持つApple Watchシリーズ。Apple Watch Series 6以降、およびApple Watch Ultraシリーズには、電子式心拍数センサーが搭載されており、手元で心電図を記録できる。
Apple Watchの心電図アプリは、厚生労働省が医療機器として認定していることも、耳にしたことがあるという人は多いはずだ。一方で、実際にApple Watchを愛用し、健康管理を意識して使っていないと、なかなかそのありがたみは実感しにくいのかもしれない。
アップルは、そんなApple Watchの心電図アプリについて、実際のユーザー体験をもとにしたキャンペーンムービーを公開する。本記事では、キャンペーンムービーのもととなった鈴木政博氏、普段からApple Watchを活用する、杏林大学医学部付属病院 循環器内科主任教授の副島京子氏が招かれたイベントにて伺った、医療機器としてのApple Watchの現在地についてまとめていく。
心房細動の検知になぜApple Watchが有用なのか
副島先生は、心房細動の疑いがある自身の患者にも、頻繁にApple Watchの購入を勧めているという。では、なぜApple Watchが有用なのか、その理由について深堀していこう。
■Apple Watchが検出できるかもしれない心房細動とは
アップルが公開するキャンペーンムービーでは、Apple Watchによって、心房細動を早期発見したユーザーの実体験がつづられる。では、そもそも心房細動とは、どのような症状なのかについて、まずは押さえておこう。
正常な心臓は、心臓内で発生する電気信号によって、規則正しい収縮、拡張を繰り返す。一方、心房細動にかかると、心臓内の部屋(心房)が小刻みに震えて痙攣し、うまく働かなくなってしまう。いわゆる不整脈の一種とされており、不整脈の中では、最も多い病気とのことだ。
心房細動が起こると、ドキドキする、胸が苦しい、息切れする、めまいがするといった症状を起こすことがある。ただし、すべての心房細動患者に症状が出るわけではなく、自覚症状がないパターンもある。
心房細動を放置していると、心房内の血液がよどんで、血栓ができ、脳の血管を詰まらせることで、脳梗塞を引き起こす可能性もある。そのため、心房細動は、早期発見、早期治療が重要とされている。
■心房細動の早期発見にApple Watchが役立つわけ
先に触れた通り、心房細動は、自覚症状がないまま過ごしてしまう可能性のある、危険な病気だ。また、副島先生曰く、症状が出ているのは、水面上に出ているごく一部で、大多数の発作は、水面下に潜む」とのこと。病院で検査をしたタイミングで、不整脈が現れるとも限らず、実際は心房細動を患っているのに、検査結果として現れない可能性もある。
そこで活用できるのが、基本的には常時着用しているApple Watch。設定をオンにしていれば、バックグラウンドで不定期に心拍を計測し、心房細動の可能性がある、不規則な心拍を計測してくれる。
不規則な心拍が65分以内に5回以上検知された場合、ユーザーに通知が届く。このタイミングで医師に相談したり、能動的に心電図アプリを使って、心電図を計測することで、心房細動の早期発見につながる。Apple Watchで計測した心電図は、PDF化して、医師と共有することもできる。
心房細動の治療は、薬などもあるが、生活変容、リスク因子の管理が大切とのこと。Apple Watchであれば、睡眠時の無呼吸状態や、運動量もトラッキングできるため、生活全般を見つめるためのデバイスとして活用できるのが特徴だ。
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Apple Watchのおかげで心房細動に気づいた鈴木氏の実体験
今回のキャンペーンムービーは、エンジニアの鈴木氏の実体験をもとにしたものとなる。趣味のサイクリングの記録や、マスクをつけていてもFace IDの解除ができる利便性から、Apple Watchユーザーとなったとのことだが、どのように心房細動の発見につながったのかを伺った。
■無自覚の心房細動に気づいたきっかけはApple Watchの通知
日常的にApple Watchを身に着けようになった鈴木氏のもとに、心房細動の通知が最初に来たのは、テレワーク中とのこと。普段耳にするものとは違う通知音、バイブにて、「ぜひ医師に相談してください」と表示されていた。
モノづくり系のエンジニアであり、説明書を書くこともある鈴木氏からすると、「ぜひ」という強い言葉は見逃せなかったとのこと。すぐに病院へ行くと、心房細動が出ていることを確認できたが、発作は収まり、リスク要因がないため、しばらくは様子見をすることになる。
このタイミングで、鈴木氏は、Apple Watch SEシリーズから、心電図の計測もできるApple Watch Series 8へと買い替えた。その2か月後、サイクリング中に胸がバクバクする感覚があり、路肩で心拍数を計測すると、198と極端に高い数値が確認できた。
帰宅後も心電図アプリを使い計測すると、引き続き心房細動と結果が出るため、週明けにPDF化したデータを病院に持ち込むと、手術が決まった。
鈴木氏の場合、サイクリング中に胸の鼓動が激しくなることを感じてはいるが、日常生活に支障が出るほどではなく、ほぼ無症状の状態だった。自身に心房細動があり、手術までを早期に対応できたのは、ひとえにApple Watch のおかげといっていいだろう。
■自覚、異常がなくても恒常的に数値を計測していくことが重要
副島先生によると、日常的にApple Watchのようなデバイスを使い、心拍数を意識しておくことが重要とのこと。
鈴木氏の例でも、普段からApple Watchを愛用し、心拍数の計測をしてきたことで、198という数値の異常性が自分で確認できている。これが迅速に診断に結びついた要因だ。
日常的な計測をしていないと、体に異常を感じても、病院に行ってから検査を詳細に行うため、どうしてもタイムラグが生まれる。心拍数以外にも、Apple Watchで計測できる、日ごろの運動状況などを、電子カルテでそのまま読み取ることができ、診断に役立てられるという。
また、術後の日常生活でも、体の状態が安定しているのかを、自分の目で見られるメリットは大きい。
■ヘルスケア機能で先行するApple Watch
健康状態のモニタリングは、期間が長ければ長いほどいいという。副島先生が「心電図がきちっと取れるのが、Apple Watchが優れているポイント」と話すように、スマートウォッチには、心拍数の計測に対応していても、心電図の計測ができないモデルも多い。
また、仮に心臓に異常を感じ、病院に行っても、診察には時間がかかったり、そもそも心電図の測定に対応していない病院もある。能動的にデータを記録し、情報を持った状態で、病院に行けるのも、Apple Watchならではの魅力だ。
ただ、副島先生によると、ユーザーが持ってきた膨大なデータを確認しても、保険点数が付かないため、嫌がる先生がいるのも事実だという。また、日本の電子カルテは、会社が乱立していて、共通のフォーマットをとっていないことが多い。病院によっては、セキュリティの観点から、情報を取り込めないことがあるという。
医療現場において、万人が恩恵を受けられる世界はまだ先なのかもしれないが、個人が健康データに着目し、日ごろから自分の体に気を遣うための手助けとして、Apple Watchのようなデバイスが役立っていることは、間違いないだろう。異常が起きてから病院へ行くのではなく、普段から健康状態をチェックしておくことが、当たり前になる世界が来ている。
取材・文/佐藤文彦