激安190円! 一子相伝の「洋食焼き」ってなに?
3軒目は庄内駅の西出口を降りて、徒歩5分の場所にある『帆立屋』。「名前は洋食焼き。ソースの香りがよくて、前を通るたびに買ってしまうねん」という声を聞いたお店だ。
ソースの香りに誘われ、たどり着いた場所には「庄内名物 秘伝の味 洋食焼き 1枚190円」(税込み)と額装されたボードが吊られている。190円ですと? や、安い! 今どきこの値段でテイクアウトできる商品はそうそうない。
「お客さんはよく『安い』と言ってくださるのですが、これでも4月から10円値上げしたんです。物価の高騰がさらに続くと、『今後は200円にせざるをえないかな』と悩んでいるところなんですよ」。そう語るのは店主の田中さん。
絶妙な角度で吊られた「庄内名物 秘伝の味 洋食焼き 1枚190円」の額入りボード
では、リピート率が高いという人気の洋食焼きをいただきましょう。アルミホイルに包まれたアツアツの洋食焼きは、小麦粉・豚肉・キャベツ・たまご・天かす・紅しょうがと具だくさん。ソースがまんべんなく塗られ、どこを食べてもちゃんと味がするのがいい。ルーツは大正時代から近畿地方の駄菓子屋で売られていた、水で溶いた小麦粉の生地にわずかな具材を乗せて焼く“一銭洋食”にあるという。
「平成2年から焼き始めています。亡くなった父の時代は米屋だったんです。いまだに『帆立屋米穀店』の看板が残っているんですよ。ところがあちこちにスーパーマーケットができて、個人商店で米を売るのが難しい時代になり、父が『鉄火麺』という名前の食堂に変えたんです。そして食堂の店頭で売り始めたのが、この洋食焼き。父が焼いていた時代は1日300枚売れる日もありましたが、少子化の影響か、現在は1日100枚程度かな。細々とやっています」
現在は米穀店も食堂もやっておらず、田中さんはお総菜専門店として再出発したという。
「もう米屋も食堂もやってないから、2代目と呼ばれるとちょっと抵抗があるかな。父がやってきたことのなかで、私が唯一引き継いだのが、この洋食焼きなんです」
この洋食焼きは一子相伝の味だったのか。「秘伝の味」の看板に偽りはなかった。
■店の名は「お好きなように呼んでください」
それにしても、この洋食焼きはマジでうまい。生地のコシというか、伸びるようなしなやかな食感があるのだ。
そしてキャベツのみずみずしいシャキシャキ感がしっかり残っているのに、生っぽくはなく、ちゃんと火が通っている。これは神業だ。
水分が抜けてしまってへなへなになったキャベツの、あのうら寂しさがないのである。この味で、たとえ200円になったとしても安いですよ!
「その点はよく褒めてもらえます。秘訣は鉄板の厚さにあると思うんです。鉄板は特注でね、厚さが既製品の倍はあるんですよ。だから熱の通りが早い。それで『もっとおいしくしよう』と考え、さらに厚い鉄板をオーダーしたんです。ところが、あんまりおいしくない。鉄板は厚けりゃいいってもんじゃないんですね」
なにごとも、ちょうどよさってあるんだな。さて、2枚の看板がかかっているこのお店、現在の店名はなんなのだろう。
「電話に出るときは『帆立屋です』と答えています。とはいえ、お客さんは帆立屋でも鉄火麺でも“洋食焼きの店”でも、好きなように呼んでくれたらいいですよ」
2枚の看板が掲げられた帆立屋。洋食焼きとお総菜、まさに2枚看板の店である
店名をどう呼んでもらっても構わないというフレキシブルさは、味への自信からくるのだろう。初めて食べたのにどこか懐かしい気がするこの洋食焼きは、初めて降りた人でも実家の最寄り駅のような安心感を覚える庄内にぴったりのテイクアウトメニューだ。
マクドナルドのシンプルなハンバーガーは190円。洋食焼きも190円。もしもあなたが初めて庄内を訪れたのならば、ぜひ味比べしていただきたい。
どちらも「シェフを呼んでください」と言いたくなるうまさである。
以上3店を選んだが、飲食店やお持ち帰りの店はまだまだふんだんにある。そして、対面販売の個人商店がこれほど現役で生き残っている光景も珍しい。万国に自慢したい駅前だ。「庄内のうまいもんは、マクドだけやないんやでー!」と大屋根から叫びたい気分である。
【取材協力】
1軒目:モンパルナス
2軒目:ちょい呑みできるクレープ屋さん
3軒目:鉄火麺
※価格は2025年5月取材時点の表記です。
取材・文・撮影/吉村智樹