
きっかけは、電車内で一瞬見かけた、「ヨメテル」というサービス名の広告だった。一瞬だったので「ヨメテル」という名称しか読み取れず、「書籍の読み放題のサービスかな?」「読書用の老眼鏡だったりして」といろいろイメージし、答え合わせのために検索したところ、意外なことに「電話の声をリアルタイムで文字化するサービス」の名前だった。
電話は生活に不可欠な公共インフラであるが、音声を前提とするため、聴覚や発話に困難のある人(以下、「聞こえない人」)にとっては利用が困難であり、長年にわたり社会的障壁となってきた。この課題を解消する手段として開発されサービスで、2025年1月23日から提供を開始。「聴覚障害者等による電話の利用の円滑化に関する法律」に基づいた、総務省が所管する公共インフラとしてのサービスなので、24時間365日利用可能だという。
そう聞くと、「聞こえない人」に特化したサービスでそれ以外の人には関係ないように思えるが、同サービスの公式サイトによると「国内には1,400万人以上の潜在的ユーザーが存在する」という。いったいどういうことなのか。同サービスを提供している一般財団法人日本財団電話リレーサービス広報チームディレクターの上村麻子氏に話を聞き、実際に試してみた。
ヨメテルは、「聞こえない人」から「聞こえにくい人」までを対象としたサービス
上村氏によると、同財団では「ヨメテル」に先駆けて、「電話リレーサービス」という電話専用アプリを2021年7月1日から提供している。これは、聴覚や発話が困難な人が「手話」や「文字」で電話をするアプリで、同財団は総務大臣から、「電話リレーサービス提供機関」の指定を受けている。「電話のバリアフリー化により、だれ一人取り残さないという視点でサービスを提供しています」(上村氏)
「手話・文字」と「音声」を通訳することで、聞こえる人と聞こえない人が電話できる「電話リレーサービス」
「ヨメテル」も同じく、法律に基づく公共インフラとしてのサービスだが、「電話で相手先の声が聞こえない」人から「聞こえにくいことがある」すべての人を利用登録の対象としたサービス。日本補聴器工業会の調査 によると、日常的に「聞こえにくい」と自覚している人は国内の全人口の11.3%、1,400万人以上いるといわれている。厚労省の統計(令和4年「生活のしづらさなどに関する調査」)では、日本の聴覚障害者の人数は推定で約38万人とされているが、それと比較するとはるかに広い層が使えるサービスであることがわかる。
「電話リレーサービス」は1960年代に米国で始まり、現在では欧米をはじめ多くの国で普及している。一方、日本では2002年に民間が文字主体の電話リレーサービスを開始したが、採算性の問題から中止され、普及が進まなかった。しかし東日本大震災の時に、聞こえない人の情報格差が深刻であることが明らかとなったことをきっかけに、2013年からモデル事業が開始された。その結果、2020年に関連法が成立し、2021年7月から公共インフラとして提供が開始された。
スマホで登録すれば即時に使用でき、通話料以外は無料、固定費なし
登録時には3つのチェック項目
・電話で相手先の声が聞こえにくいことがある
・医療機関で難聴と診断されている
・身体障害者手帳身体障害者手帳(聴覚障害、音声機能・言語機能又はそしゃく機能の障害)を持っている
のいずれかに該当すれば、登録可能。
アプリのダウンロード後にオンラインで本人確認を伴う事前登録をすれば、即時に050から始まる「ヨメテル」用電話番号が発行され、通話を始めることができる。通話相手の利用登録は不要なので、利用者はヨメテルのアプリからいつもかけている相手の電話番号にかけるだけ。iPhoneであれば、OSの中に機能が含まれているので、その都度アプリを立ち上げる必要もない。
サービスを提供する費用は、法律に基づいて電話提供事業者が拠出する「電話リレーサービス料」を原資とする交付金により賄われているため、ユーザーは通常の通話料のみを負担し、電話の声を文字化する機能の料金負担はない。「月額料ありプラン(178円)」に登録すると、通話料が安くなるが、基本料が無料の「月額料なしプラン」なら、ヨメテルを使用しない限り、または緊急通報のみの利用であれば、料金は一切かからない。
音声を文字化する手段は、AIとオペレーターから選べる
「ヨメテル」の特長は以下の通り。
(1)音声を文字化する手段を選択可能 利用者は、スピード重視のAI(自動音声認識)、または正確性を重視した文字入力オペレータ(以下、オペレーター)のいずれかを都度選ぶことができる。
(2)相手は通常の電話と同様に通話できる 通話の冒頭8秒間に音声ガイダンスが流れるのみで、それ以降は一般の音声通話と同様に会話が可能。
(3)緊急通報対応 公共インフラとして提供されているため、緊急通報も可能。
実際に使ってみた!
AIとオペレーターによる文字入力の差を比較してみたいと考え、シンプルな会話と、固有名詞だらけの少しこみいった会話の2種類の原稿を用意し、目の前で実際に通話してもらった。
だが、固有名詞の多いこみいった会話も、AIによる自動音声認識でほぼ、問題なく文字化きたので、オペレーターによる文字入力の必要を感じなかった。上村氏によると、近年、AIによる自動音声認識の精度が非常に高くなっていて、普段の会話であれば問題なく使えるとのこと。
ただ、「正確性を重視する方や、契約に関わるような会話などは、スピードは多少遅くなってもオペレーターを選ばれる方もおられます。またあまり一般的ではない固有名詞や専門用語を多く使う通話に正確性を求める場合は、やはりオペレーターのほうが向いているようです」(上村氏)。
冒頭に8秒間、通話相手に対して「電話リレーサービスのヨメテルです。あなたの声を文字にして、相手に表示します。はっきりとお話しください」という音声ガイダンスが流れる。
ガイダンス終了の表示が出ると、会話を開始できる。
筆者が用意した、「簡単な会話」バージョン。AIの自動音声認識は非常にスピードが速く、ほぼ会話と同時進行で文字化された。
※特別に許可を得て撮影
筆者が用意した、固有名詞の多いやや込み入った内容の会話も、同じスピードで完全に認識できた。
※特別に許可を得て撮影
相手の言葉だけでなく、双方向の会話を文字化することもできる。
※特別に許可を得て撮影
画面上の文字化された会話は、1時間以内に限っては読み返すことができる。文字のフォントサイズも変更できるが、極端に大きいサイズにすると一画面で見える文字情報量が減るため、画面が変わるスピードを追いにくくなるので注意が必要。またヨメテルは「電話の利用の円滑化」を目的としたサービスであるため、目の前にいる相手との対面の会話には利用できない(利用規約に本来の用途外での使用は禁止されている)。
2025年4月末時点での登録者数は約1,700人
同財団は2026年までに15,000人の登録を目標としているが、4月末時点での登録者数は約1,700人、1日の通話は平均150回程度だという。1万7千人以上の登録者がいる「電話リレーサービス」と比較すると、「ほぼ知られていない」状況に感じる。
「その背景として、コミュニティの密度の差が関係しているかもしれません。聞こえない方々のうち、手話を生活言語とする方たちのコミュニティは顕在化しており、情報交換も盛んにおこなわれています。ですから誰かが発信すると、多くの方に広がりやすいのですが、『聞こえにくい人』たちは点在化している印象で、情報が届きにくい・広がりにくいように感じています。また、自身の聞こえにくさが生活に与える影響を自覚していない方も、相当数いるのではないかと思います」(上村氏)。
上村氏が会ったヨメテルの利用者の中にも、長年片耳で電話していたため、片耳から徐々に難聴になったが、相手の声が小さくなったと思ってしばらく気づかなかった人や、片耳難聴で、普段の生活にそれほど大きな支障はないが、特に電話する時がストレスを感じる人がいたという。そういう人は意外に多いかもしれない。
そう考えると、潜在ユーザーは1400万人よりも多いかもしれない。「月額利用料なしプラン」なら固定費はかからず、使った時の通話料のみなので、「電話での聞き取りが難しい時がある」という心当たりがある人は、とりあえず登録をして、聞き取りが不安な時のために備えておくのもいいかもしれない。
取材・文/桑原恵美子
取材協力/一般財団法人日本財団電話リレーサービス