
4月1日、パリ。私はうなるような地響きの最中にいた。米津玄師ワールドツアーJUNK、パリ公演。メンバーが舞台袖にはけた直後だった。地響きが鳴り響いた。
地響きの正体は観客たちの足踏みだ。それまで立ち上がり拳を上げて歌い踊っていた観客がスッと着席したかと思うと、一斉に両足を踏み鳴らし始めたのだ。
米津玄師本人はその日のライブ終了後、Xで「歓声がドンと唸ってこちらまで届いて感激しました。」と綴っている。
地響きが鳴り響いたアンコール
「アンコール!」を呼び続ける光景が基本と思っていた私は、この足踏みが自然に発生していることにまず驚いた。終演後にXを見ると「日本では体験しなかったアンコールだった」「鳥肌がたった」という投稿が見られた。一方で「日本では考えられない行動」、「そんな行儀悪いことして怒られないのか」といった投稿もあった。そうかあれは日本のファン歴が長い方々がその投稿だけを見たら、単なる大騒ぎのように感じたかもしれない。
しかし私自身はこのアンコールを、とてもヨーロッパらしい光景だとも感じた。私はパリ市民ではないが、住んでいるオランダでも期待したり喜びを表す表現として「着席して両足を踏み鳴らす」という行為を見かける。子どもたちが何かの結果発表を待つ時などにも定番の行動だ。それを大会場で大人が一斉に行っているというのが、「米津玄師がまたステージに上がって歌ってくれること」を、純粋に心から期待して待ちわびて自然に発生した行動と見え、なんともいえない暖かく嬉しい気持ちになった。
会場中が踊り、歌った「Lemon」への違和感
気になったのが「Lemon」歌唱時の会場の様子についてだ。Lemonといえば米津玄師の代表曲であり、Billboard JAPANの年間総合ランキングで日米史上初の2年連続1位を獲得するなど数々の受賞歴を持つ。その誰もが聞きたかった曲は、歌いだしと同時に会場中が大歓声をあげた。そして観客は曲に合わせて大きく体を揺り動かしながら、大合唱となったのだ。
しかし実は日本のファンにとっては、パリ公演の「踊りながら大合唱のLemon」は、未知の新体験、もしくは違和感を感じるものだった。
Lemonはじっと静かに聴く楽曲。「歌う人はほとんどおらず、口パクはするけど声に出さないのが暗黙のマナー」なのだそうだ。手拍子をする人も少なく、手拍子をするかどうかもファンの間で議論になることがある。
これには理由がある。Lemonは制作時に米津玄師の祖父が他界し、死別を経験した人の心情が濃く表現された歌詞になったというエピソードがファンの間で知られている。また主題歌として使用されていたドラマ「アンナチュラル」が生と死を扱うテーマだったこともあり、Lemonは最初から「死」と深い関わりのある、鎮魂の歌なのだ。
海外ファンなら歌詞の意味、選ばれた言葉に宿る感情、制作背景や込められた意図といった情報にまで触れないままで、楽曲のファンになっていることも多いだろう。つまりLemonを一緒に大声で歌ったり、踊ったりというのも、決してその背景や文化を軽んじて騒いでいるわけではない。触れている情報量と内容の違い、そしてアーティストと楽曲への「好き」と「リスペクト」をそのまま表現した結果なのだと思う。同様に日本のファンにとっては、楽曲の解釈も含めたリスペクト表現が「静かに聴く」というスタイルなのだろう。彼らにとっては、これまでと全く違う新しいLemonを体験した海外ツアーだった。
海外ファンからみた日本の楽曲、アーティストとの距離感
ヨーロッパの人々が日本の音楽を好きになる入口としてアニメソングの影響も大きい。アニメのオープニングやエンディングに起用されることをきっかけに、そのアーティストに注目するというケースだ。米津玄師も同じく、特に「僕のヒーローアカデミア」のオープニングであった「ピースサイン」(2017年リリース)、「チェーンソーマン」の「KICK BACK」のイントロが流れた瞬間の割れるような歓声はすさまじかった。観客の様子を見ていても、アニメソングを入口にアーティストの他の楽曲も好きになったり、日本語や日本文化にも興味を持ったりという海外ファンが多いように見えた。それらの背景もあってか、観客のマナーは海外でのイベントとしてはかなり良いように感じた。
しかし、それはそれとして。やはり海外ファンのリスペクト表現というのは、熱い思いがあふれて止まらないものであったし、地響きで会場を包み込むアンコールを巻き起こすものであったし、各々の喜びが爆発していた。私が日本で頻繁にライブに行っていたのは随分昔になってしまうが、ファンたちが楽曲ごとに同じ手の振り方をするなど、ある意味約束された安心感に付随した一体感があった。しかし今回パリでのライブに参加し、人間の「好き」や「リスペクト」表現の多様さを実感し、それを抑えることなく表す海外ファンの熱量にいい意味で巻き込まれた。それでも「同じものを好きでいる人たちがここにいる」という心地よさは変わらなかった。
ヨーロッパから見ると、日本はとても遠い国だ。大声で歌い踊ることも、足を踏み鳴らすことも、ここまで会いに来てくれたアーティストへの感謝があふれる証でもあったのだろう。
終演後、会場を後にする人々
文・写真/福成海央
オランダ在住、ミュージアム好きの科学コミュニケーター。気になったらとりあえずなんでも調べるし、なんでも書く。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員