
ロック/ポップス・シーンで現在の洋楽NO.1アーチストは誰かと問われれば様々な名前があがるだろうが、エリック・クラプトンという答えに賛成・反対はともかく、あり得ないとする人は少ないだろう。同様に邦楽なら、山下達郎はそういうボジションだと思う。
アナログ・レコード至上主義者の心に刺さったクラプトン「アンプラグド」、シュガー・ベイブ「ソングス」
さてつい最近、偶然にもこの2人の代表的なアルバムが新たな形でリリースされ、アナログ・レコード至上主義者の心に刺さった。クラプトンは『アンプラグド』、山下達郎はシュガー・ベイブの『ソングス』だ。
3枚組に付いた“EXTENDED”“REMIXED”“REMASTERED”シール。
1992年、MTVでのアコースティック・ライヴを収録して全米NO.1に輝いた『アンプラグド』は、CD時代ながらアナログ・レコードも発売された。レコードにハマり出した頃に中古で購入して音がいいと喜んだ記憶があるが、その直後の2011年に2枚組リマスター盤(レコードストア・デイの限定3500組らしい)を購入。聴き比べると圧倒的に2枚組がよく、オリジナル盤は処分してしまった。その『アンプラグド』がこの5月、今度は“ENHANCED EDITION”3枚組となって登場した。このアルバムは“EXTENDED”“REMIXED”“REMASTERED”され、クラプトンの喋りも新たに加わっている。となれば、2枚組との聴き比べをしなくては。
試聴曲は全米2位の大ヒット曲「ティアーズ・イン・ヘヴン」だ。どちらも33回転と回転数は同じだから、録音的には盤の合計面積が1.5倍あって録音エリアが大きい3枚組が有利になる。画像のように、2枚組の「ティアーズ・イン・ヘヴン」収録面はラベルから溝までの距離が約34mmで1面4曲収録に対し、3枚組は距離約21mmで3曲収録と、レコード溝は3枚組の方がかなり広い(≒深い)。しかも2枚組の「ティアーズ・イン・ヘヴン」はサイド1の4曲目、3枚組はサイド2の1曲目だ。レコードではよりディスク外側の音が良いとされ、この点でも3枚組が有利となる。このように何かと3枚組は録音上の条件がよく、3枚組の音が断然いいはずだ。
まずは2枚組から。久しぶりに聴くがやはり音がいい。ところが3枚組を聴くや、音の世界が一変する。ヴォーカルは勢いが良く、ギターのアタックは強く、トライアングル(と思う)の響きは輝きがあり余韻が長い。段違いの音だと思いながら、もう一度聴く。
すると2枚組の演奏はシンプルながら、左右に音が広がっている。3枚組は音の良さは圧倒的ながら、演奏は上下には広がるが中央に寄っていて左右は狭い。2枚組には音ではない、ステージの空気感みたいなものが漂う。あえて極端に表現すれば、3枚組はやかましく、2枚組はしっとりしている。どちらが好きかと言えば3枚組だが、2枚組も捨てがたい。2枚組を聴いた時はオリジナル盤をあっさり処分したが、今回はそうはしないつもりだ。
では『ソングス』に。1975年発表のオリジナル盤、2015年発表の40周年記念2枚組盤、今年4月に発売された50周年記念盤を聴き比べる。シュガー・ベイブは大学の同級生が当時、日比谷野音で見たそうだが、僕はその頃はその存在も知らず、1994年の中野サンプラザでの再結成ライブを見ただけだ(この時のライブ音源が50周年記念CDには収録されている)。
1980年代前半、『FMレコパル』編集部在籍時から僕のロックとオーディオの師匠である音楽/オーディオ・ライターの岩田由記夫さんによると、1974年から75年の『ソングス』制作時、レコード会社のシュガー・ベイブへの評価は低くレコーディング予算はあまりなかったという。よってプレイは素晴らしくても、録音のクオリティーは良くはない。また初回プレスは数千枚程度で、あまり売れなかったようだ。
実は数年前に岩田さんと僕で開催しているレコードを聴くイベントでオリジナル盤と40周年盤を聴き比べたことがあり、圧倒的にリマスターされた40周年盤の音の方が良かった。それでもオリジナル盤を手放さなかったのは、プレス枚数の少なさが理由だ。十数年前に良好盤を1万円ほどで買ったが、今では2万円、帯付きなら5万円くらいする。
まずはオリジナル盤から。曲はA面2曲目のシングル曲「ダウンタウン」だ。全体にフラットな印象で、音場は左右にも上下にも広がらない。古い録音だから、というよりもやはり低制作費ゆえにエンジニアリング、特にカッティングに予算をかけられなかったからだろう。『ソングス』より2年早い1973年発表の荒井由実『ひこうき雲』の録音は素晴らしく、僕は2013年発売のリマスター盤よりはるかに音がいいと思っている。帯の“魔女か! スーパー・レディか! 新感覚派・荒井由実 登場!!”というコピーからして、荒井由実へのレコード会社の熱い期待が感じ取れる(ちなみに『ソングス』の帯のコピーは“決定!! ニューミュージックへの道 全ての音楽の進むべき道がここに見えた”だ)。
続いて40周年記念2枚組33回転リマスター盤。一転して元気がよく、ヴォーカルも際立つ。音は左右に広がり、メリハリがある。オリジナル盤では音と音の間に隙間があるようにも感じられたパートがあったが、ギッシリと音が詰まっている。オリジナル盤とは別次元の、パワー・アップ盤とでも呼ぼうか。40周年の音が5段階評価で5なら、オリジナル盤は3、いや2.5としてもいいくらいの差がある。
最新の50周年記念盤は1枚仕様だ。理論上は2枚組の方が音がいいはずなのに、10年後にあえて1枚で出すとはその狙いやいかに? 一聴して40周年に比べて大人しい。40周年が華やぎなら、50周年は落ち着き。オリジナル盤の音のクォリティーを引き上げた印象で、そのテイストはオリジナル盤に近い。40周年が5ならこちらは4だ。
レッド・ツェッペリンの『Ⅰ』『Ⅱ』、イエスの『こわれもの』『危機』のUKとUSの初盤を比べると、UKは落ち着きがありUSはメリハリが強いと言われる。僕も同感だが、奇しくも40周年はUSで50周年はUKというイメージだ。
とここまで聴き比べてから、50周年盤のライナーにある山下達郎によるコメントを読んだ。すると“アナログLPがオリジナル仕様で発売されるのは、実に44年ぶりとなります(2015年に作られたアナログ盤は高音質を目指した2枚組でした)”とある。40周年の音を高評価した耳は正しかった。だがツェッペリンやイエスでは、UKが好きな人もいればUSが好きな人もいる。僕は圧倒的にUS派なので40周年をよしとしたとも言え、『ソングス』も音の好みによって評価は分かれると思われる。
さて、前述した岩田さんと僕によるレコードの会「レコードの達人」で、『アンプラグド』及び『ソングス』を聴き比べる。日時は6月7日土曜日13時半開始、場所は東京・大岡山のライブハウス/グッドストック東京だ。ご興味のある方は、ライブハウスならではの大音量&LINNの800万円級アナログプレーヤー・システムで聴くこの会に是非ご参加ください。
文/斎藤好一