
「絶品B級グルメ」とか「ソウルフード」と呼ばれるものは日本全国にある。で、みなさんはこう考えたことはないだろうか。「日本各地にあるんだったら世界各地にも当然B級だけど超絶うまいものがあるんじゃないか?」と。
というわけで世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターたちの集まり「海外書き人クラブ」が、居住国や旅先で出会った「絶品ソウルフード」を大紹介するシリーズ。今回はカナダから「シーザー」をお届けする。
斜め上からだとカクテルに見えないが、「具」の下にちゃんとグラスがある
世界的には全くの無名カクテル
カナダで一番人気と言われて、カナダ人の大人であればほぼだれでも知っている。だが世界的にはまったくと言っていいほど知名度がないカクテルがある。その名は「シーザー」。カナダ人自身も「カナダでは最も有名だけど世界的にはまったく無名」と自虐するくらいだ。
そのシーザーの「基本的」なレシピは縁(ふち)に塩をつけたグラスに、ウォッカ、トマトジュース、ハマグリのエキス、ウスターソース、その他のスパイス(唐辛子ソースや塩、コショウなど)を加えるというもの。つまり「ブラディーメアリー」(ウォッカとトマトジュースが基本で、レシピによってレモン汁やウスターソース、タバスコなどの唐辛子系ソース、塩、コショウを加える)と極めて近い。「基本形」における最大の違いはレモンジュースの代わりにハマグリのエキスを入れるところ。ガーニッシュとしてはセロリスティックが「基本形」である。
極めて「基本的」なシーザーはこういう感じ(Tanner Keller撮影)。
意外とあう!ハマグリエキスとトマトジュース
「トマトジュースにハマグリのエキス?」と奇妙に感じる方もいるかもしれない。だがパスタ料理にも「ハマグリ(またはアサリ)とトマトソース」という組み合わせはある。
じつは「シーザー」もこの「ハマグリとトマトのパスタ」から発想を得たという。「パスタからのレシピの借用だから」という理由で、パスタの国イタリアの歴史的有名人であるユリアス・シーザーから名前を拝借したという。所説はあるが1969年に誕生したというのが定説だ。
ちなみに今ではこのシーザーをつくることが主な用途である「クラマト」(「クラム」つまりハマグリと「トマト」を合わせた命名)というジュースまでスーパーマーケットなどで普通に売られている。その存在を知らないカナダ人はいないと言われるくらい有名ものだ。
以上が「基本形」というか「元々の」シーザーの説明である。
なぜ「ド派手系」のシーザーが生まれたのか?
ところが今やシーザーは「進化系」というか「ガーニッシュ盛りだくさん系」が次々と生まれている。
その原動力となっているものの一つが先ほど紹介した「ほぼシーザー専用ジュース」とも言える「クラマト」を販売するモッツ社主催で行われる「街最高のシーザーフェスティバル」。小説『赤毛のアン』の舞台でもあるプリンスエドワード島で毎年開催される「シェルフィッシュ(貝)フェスティバル」というイベントの中でトップ3が発表され、優勝賞金は2万5000カナダドル(約260万円)だ。審査基準の一つに「ガーニッシュのユニークさ」があることからどんどんエスレートしたようだ。
だが奇をてらえばいいというものではない。最も大切な審査基準はもちろん「味」。受賞歴のあるシェフ、バーバラ・スペインさんはいう。「シーザーはトマトジュースがベースのカクテルなので、まさにトマトジュースのように様々なものにあいます。ピクルスやオリーブのような典型的なガーニッシュだけでなく、セロリやアスパラガスやニンジンや青唐辛子などの野菜スティック。さらには小エビやミニハンバーガー。甘めのものではワッフルやクロワッサンやカップケーキにも!」。
ド派手なシーザーとスペイン氏
確かにこれらはすべてトマトジュースと食べてもおいしい。逆に言うとトマトジュース以外のものがベースのカクテルだったら、こうしたぶっ飛んだガーニッシュはただの「おふざけ」、いや「悪ふざけ」になってしまうかもしれない。
「いろいろなガーニッシュを用意して、お客様に好きにアレンジしていただいたりもするんですよ。それもまたシーザーの楽しみの一つです」
私も体験してみたがまるで「生け花」のようで楽しい。しかも作ったあと、食べて飲めるのだからなおさらである。
その「生け花」ならぬ「生けシーザー」体験で使用したガーニッシュの数々
筆者がつくったシーザー
「侘び寂び」の世界を知る日本人なのにちょっと欲張りすぎたかなと反省したが、「先生」であるバーテンダー氏の作品も同じようなものなので、これでいいのだろう。
ビールやワイン、日本酒など他のアルコール類と違って「食事もしっかりとりながら」というイメージが薄いカクテル。だが「進化系」「ド派手系」のシーザーは「カクテルなのに食事」とも言える今までとはまったく異なる逆転の発想。
だが飲食に限らず多くの進化はおそらくそんなブレークスルーから生まれてきた。これからもどんな突拍子もないシーザーが生まれるのか楽しみでならない。
そして中華やインド発祥の料理を「ラーメン」や「カレーライス」に進化させ、一つの「国民食」としたばかりか今や世界的に大人気な食事に昇華させた日本人。食のアレンジが大得意な我々が、カナダ人が驚くようなシーザーを生みだすかもしれない。
そしてそれによってカナダ人たちが「カナダでは最も有名だけど世界的にはまったく無名」と自虐するシーザーが世界を席巻したら、またそれも愉快だ。
取材協力/
カナダ観光局 https://travel.destinationcanada.com/ja-jp
アルバータ州観光公社 https://www.travelalberta.com/
カルガリー観光局 https://www.visitcalgary.com/
文/柳沢有紀夫
世界約115ヵ国350名の会員を擁する現地在住日本人ライター集団「海外書き人クラブ」の創設者兼お世話係。『値段から世界が見える』(朝日新書)などのお堅い本から、『日本語でどづぞ』(中経の文庫)などのお笑いまで著書多数。オーストラリア在住