
2025年Jリーグも開幕から3か月が経過。J1は国内7冠の名将・鬼木達監督が今季から指揮を執る鹿島アントラーズが首位をキープ。常勝軍団復活に向け、力強く前進している。
彼らを追走するのが、柏レイソル。徳島ヴォルティス、浦和レッズの2クラブで采配を振るった経験のあるリカルド・ロドリゲス監督のマネージメントが大いに光っている。「新監督就任直後のチームは苦戦する」と言われがちなサッカー界だが、この2チームは定説を覆す躍進ぶりを見せているのだ。
とはいえ、現時点での結果はあくまで途中経過。J2、J3含めてまだまだ混沌とした状況にあるため、今後の展開を慎重に見守っていく必要があるだろう。
詳細なデータを駆使して戦術や戦略を立案する時代に突入
Jリーグが今季から導入し、データ革命を起こしつつあるスキルコーナーの概要(Jリーグ提供)
そんなJリーグだが、昨今のテクノロジーの進化は著しいものがある。Jリーグ公式サイトでJ1の試合結果を見ると、「トラッキングデータ」が毎回表示され、選手個々の総走行距離やスプリント回数を確認できる。
2025年5月15日現在のJ1の走行距離ナンバーワンは名古屋グランパスの稲垣祥の194.2キロ、スプリント回数トップは京都サンガの須貝英大の348回、デュエル勝利数トップも稲垣の59回となっている。
だが、クラブの分析担当が扱っているのは、これよりもはるかに詳細な個人・チームデータだ。それを逐一チェックし、戦術や戦略の立案、選手起用などに役立てている。ある意味、昨今のサッカー界は「情報戦争」の側面も少なくないのだ。
スキルコーナーを使って確認できる情報は多彩だ(Jリーグ提供)
J3の小クラブでも2つのテクノロジーを使っていい戦いができる!
こういった現状を踏まえ、Jリーグでは今年から「フットボールボックス」と「スキルコーナー」という2つのシステムを導入。全60クラブへの提供を開始した。マルチメディア事業本部の山下航平氏がその背景を説明してくれた。
「『フットボールボックス』の方は、Jリーグの公式映像と『JSTAS』と呼ばれるJリーグの公式データが紐づいた形で映像検索やデータ分析ができるサービス。もともとかなり多くのクラブが導入していましたが、今季から全クラブが使えるようにしました。
『スキルコーナー』に関しては、Jリーグとして以前からJ1のトラッキングデータを取っていたんですが、毎回機材をスタジアムに設置して取得する形で予算もかかるため、昨季まではJ1限定だったんです。けれども、やはりJ2・J3の試合分析も必要ですし、J1クラブがJ2やJ3の選手を獲得する時の指標がないのは困るという声も大きかった。そこで、機材を使わずにデータを取れる最新のシステムを探し、スキルコーナーを今季から採用するに至りました」
サッカーのデータシステムというのは目下、世界に数多くの種類があり、どれを導入にするにしても、それ相応のコストがかかる。年間運営規模100億円超の浦和のようなビッグクラブなら、新システム導入にも容易に踏み切れるかもしれないが、同5億円以下のテゲバジャーロ宮崎や福島ユナイテッドのような小規模クラブの場合は予算的に難しい。今回、Jリーグが一括導入してくれたことで、脆弱な経営基盤のクラブでも最新鋭のデータを活用できるようになったのだ。
データを駆使して選手個々の長所短所にアプローチも可能
特に「スキルコーナー」に関して言うと、(1)試合分析、(2)選手のパフォーマンス向上、(3)スカウティングの指標…の主に3つの目的で活用が期待されているという。
「選手の走力データ」というのを例に取ると、1分当たりで走っている距離、時速20キロ以上で走った距離、トップスピードとその距離、加速時間など多種多彩な項目があって、それを組み合わせて見ることもできる。
2024年J1では、ピークスプリント速度のトップだったのが、サガン鳥栖のマルセロ ヒアンの時速31・81キロ、スプリント到達時間トップは名古屋グランパスの永井謙佑の1.020秒だったが、今季からはこういった数字をJ1~J3で幅広くチェックできる。同時に世界基準と照らし合わせることも可能になったのだ。
現場で指導するコーチングスタッフが「あなたは世界トップ基準から見ると、こういうストロングとウイークがある」と具体的に提示し、長所を伸ばし、弱点を補うような練習メニューを与えることもできるようになった。数字を突きつけられれば、選手は自分自身を客観視せざるを得なくなり、何をすべきかを真剣に考えるようにもなるだろう。最新鋭のデータというのは、非常に大きな意味があるのだ。
2024年J1のデータで選ぶベストイレブンの一覧(Jリーグ提供)
「自分は運動量豊富なSBじゃなかった」と元Jリーガー・小林氏もデータ検証の重要性を強調
しかしながら、それを有効活用できなければ、宝の持ち腐れになってしまいかねない。クラブ側に委ねられている部分も大いにあるのだ。昨年4月までサガン鳥栖でスポーツダイレクター(SD)を務めていた小林祐三・フットボール本部企画戦略ダイレクターは、クラブ側の立場から、こう語っていた。
「今の時代、データは取ろうと思えばいくらでも取れると言っても過言ではない。だからこそ、それをどう扱うかが重要になってきます。クラブの強化担当によって考え方はまちまちですが、『この時代に適応しなければいけない』という意識の高まりは関係者全体から感じます。
Jリーグが提供するデータが基準になることで、選手の評価がしやすくなったのも事実でしょう。例えば『この選手はJ2でパス成功率が9割だったが、J1に移籍した後は5%落ちた』といった数字があれば、クラブ側が選手補強を進めていくうえでも役立つようになる。今後はより活用範囲が広がっていくでしょう」
ご存じの通り、小林氏はかつて柏レイソル、横浜F・マリノスなどで活躍したサイドバック(SB)だった。当時は「運動量が豊富でアグレッシブなSB」と評されたが、そう言われるたびに「自分はそこまで走れる選手じゃない」と違和感を覚えていたという。
「僕は『走れる』という評価を受けるたびに『違う』と感じていましたが、当時は走行距離とかスプリント回数などのデータがなかったので、それを実証できなかった。今なら一発で分かりますよね。イメージと実際のプレーのギャップこの先、どんどん減っていくでしょうし、正しい特徴を把握することが本人のため、そしてチームのためなんです。
今は下部リーグから上位リーグへの個人昇格も増えていますし、海外クラブに移籍する若手選手も非常に多い。彼らを数字やデータという明確な指標で定義づけられるのは意味あることですね」(小林氏)
Jリーグのフットボール本部で多彩な業務に携わる小林氏(筆者撮影)
昨年末にはボルシアMGのアナリストによる講演会を実施。データ人材育成に注力
貴重なデータを活用できる人材を増やし、システムへの理解を促すために、Jリーグではアクションを起こしている。2024年を振り返っても、7月の『Jリーグワールドチャレンジ(親善試合)』でイングランド・プレミアリーグのニューカッスルを招いた際、同クラブのトップチーム・アナリストの講演会を実施。年末にはオンライン含めて100人弱のアナリストや分析担当が集まった勉強会を開催したという。
「昨年末は『スキルコーナー』の導入が決まっていたので、同社のスタッフと1ユーザーであるドイツ・ブンデスリーガのボルシア・メンヘングラードバッハ(MG)のヘッドアナリストに話をしてもらいました。
その内容で印象的だったのは、強化担当がデータを参考にしながらも、パフォーマンスを見る目を養いながら、選手補強をしているということ。クラブの経営層も含めて数年がかりで継続的にデータを生かした強化に取り組んでいることが、成功の秘訣なんだと感じました」
小林氏もこう話していたが、やはりクラブ全体でデータと向き合っていくことが、強い集団の構築には不可欠だ。いずれはトップチームの選手だけではなく、アカデミーに在籍する若い選手たちのデータも取り扱うなど、ベースとなる数値を増やしていくことも求められてくるだろう。
フットボールボックスを使ったシュート分析画面(Jリーグ提供)
どうしたらJリーグのアナリストになれるのか?
データ活用が重要になればなるほど、それを担うスタッフ育成もより一層、大事になってくる。Jクラブのアナリストを見ると、筑波大学サッカー部員や大学院生が日本サッカー協会の手伝いから始めて、クラブに雇われる例が目立つが、今後はもっと幅広い人材を採用していくことも重要ではないか。
Jリーグとして「こういうスキルが必要です』というのは言及しづらいところがあるだろうが、『スキルコーナー』や『フットボールボックス』に限らず、さまざまなツールがあるため、エクセルやパワーポイント、動画編集などパソコンのリテラシーは必須と言える。
そのうえで、コミュニケーションスキルやプレゼンスキルも重要だ。自分が分析したデータや情報をコーチや選手に伝えて、現場で活用してもらわなければ意味がないため、相手に寄り添ったフィードバックができる力も大切だ。“人間力”というのはどの世界でも求められることではないか。
サッカー界のアナリストを目指そうとするなら、普通のビジネスパーソンと同じ基礎的な部分は徹底した方がいい。そのうえでサッカーを学び、データ分析スキルを磨いていくことが近道だ。
今季導入された2つのテクノロジーがJリーグの今後にどのような影響を及ぼすのか。そこも注視しつつ、今後をしっかりと見続けていきたいものである。
スキルコーナーなどデータシステムを扱う人材確保は今後の課題だ(Jリーグ提供)
取材・文/元川悦子
長野県松本深志高等学校、千葉大学法経学部卒業後、日本海事新聞を経て1994年からフリー・ライターとなる。日本代表に関しては特に精力的な取材を行っており、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは1994年アメリカ大会から2014年ブラジル大会まで6大会連続で現地へ赴いている。著作は『U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日』(小学館)、『蹴音』(主婦の友)『僕らがサッカーボーイズだった頃2 プロサッカー選手のジュニア時代」(カンゼン)『勝利の街に響け凱歌 松本山雅という奇跡のクラブ』(汐文社)ほか多数。