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NTTが量子ビットを高次元化した「量子ディット」により光量子操作の理論限界を突破、高速長距離量子通信の早期実現につながるか

2025.05.26

日本電信電話(以下「NTT」)は、子ビットを高次元化した「量子ディット」を用いた新たな光量子操作を提案して、その量子操作の成功率が従来の理論限界を大きく上回ることを示した。

今回提案された光量子操作は、従来と同等の実験技術で実現可能なものであり、高速な長距離量子通信の早期実現につながる成果といえる。

以下、同社リリースをベースに、その概要をお伝えする。

1:実験の背景

現代の情報社会において、光は欠かせない存在だ。それと同様に、量子計算や量子通信といった量子技術においても、光は欠かせない存在であると考えられている。

光を用いた量子情報処理の代表的な実装方法では、光の最小単位である光子(※1)を利用したものがある。そこでは、例えば「パルス状の単一光子がどのタイミングで送られてくるか」で量子的情報を表現する。

最も一般的に用いられる方法は、2つのタイミングの重ね合わせ状態(※2)を考えることで、単一光子を量子ビットとして利用するものだ(図1左)。

図1:単一光子を用いた量子ビットと量子ディットの比較:異なるタイミングで進行する複数の光パルスのどれに1光子が存在するかで量子的な情報を表します。量子ビットでは0と1の二通りの状態からなる二次元的重ね合わせ状態を考えるのに対し、量子ディットでは0, 1, 2, …とより多くの状態からなる高次元的重ね合わせ状態を考えます。

一方で、3つ以上のタイミングを考え、単一光子をそれらの重ね合わせ状態として利用することで、より多くの量子的な情報を一度に送ることも考えられる(図1右)。

このような3つ以上の値の重ね合わせ状態をとるものは量子ディットと呼ばれており、何通りの値を取るかが量子状態の次元に対応しているため、量子ディットは量子ビットを高次元化したものに対応している。

光子からなる量子ビット(あるいは量子ディット)による量子情報処理においては、「融合ゲート(※3)」と呼ばれる、独立に準備された量子ビットを”つなげる”役割を持つ量子操作が非常に重要となる。

しかし、通常の融合ゲートでは、理論的にも最大で50%の成功率でしか機能しないという限界が存在し、このことが量子計算や長距離量子通信(※4)などの大規模な量子情報処理の実現における大きな障壁となっていた。

また、量子ビットの代わりに量子ディットを使ったとしても、これまで知られていた方法ではその成功率がさらに大きく下がってしまうという状況でもあった。

■2:研究の成果

本研究では、量子ディットに対する新たな融合ゲートを提案し、その成功率が50%を上回ることを理論的に示した。

この融合ゲートは、通常の融合ゲートで用いられる技術と同等の技術を用いて実現できる(図2)にも関わらず、成功率が量子ディットの次元(つまり、光子を送るタイミングの数)に応じて大きく向上する。

また、この融合ゲートの具体的な応用例として新たな長距離量子通信方式を提案し、従来方式と比べて一桁程度の大容量化が可能なことを数値的に示した。

図2:提案した融合ゲートの具体的な実験セットアップ:従来の融合ゲートは、今回提案した融合ゲートで次元(=光子を送るタイミングの数)を2とした場合に対応するため、必要な実験セットアップは(光子検出器で識別する必要のあるタイミングの数が増えることを除いて)従来手法と提案手法で変わりません。一方で、その成功率は1-1/𝑑と次元に応じて大きく向上します(例えば4次元で75%、10次元で90%です)。

■3:技術のポイント

本研究で高い成功率が得られた理由は、異なる次元間での量子操作を考えたことにある。従来方式では、量子ビットから量子ビットへの量子操作(あるいは、量子ディットから量子ディットへの量子操作)が考えられていた(図3左)。

それに対し本研究では、量子ディットから量子ビットへの量子操作を考えている(図3右)。入力される量子ディットには元々3つ以上の値(=光子が存在しうるタイミング)が存在したのに対し、出力される量子ビットは値を2つしかもたないため、どの2つの値を用いて量子ビットとするかによって、様々なパターンを考えることができる。

このパターン数の増加により成功とみなせる事象の数が増えることで、量子ディットの次元に応じた成功率の向上を得ることが可能となった。これは、「一度に送れる量子的な情報の量が増える」という典型的な量子ディットの利点とは異なる、新たな量子ディットの応用例となっている。

図3:従来の融合ゲートと今回提案した融合ゲートの比較:今回提案した融合ゲートでは、入力される量子ディットには光子が存在しうるタイミングが3通り以上(図では5通り)存在するのに対し、出力時にはランダムに2つのタイミングが選択されることで量子ビット的な状態になります。複数のタイミングのうちのどの2つが選ばれたとしても融合ゲートとしては成功になるため、光子が存在しうるタイミングの数(つまり、量子ディットの次元)を大きくすることで、成功率が向上できます。

4:応用例:長距離量子通信の大容量化

長距離量子通信を実現する代表的な方法として、送受信者間に設置された中継地点を利用する「量子中継」がある。

量子中継では、まず中継地点間で(短距離の)量子通信を行なうことで、量子力学的な相関である「量子もつれ(※5)」を共有する。

その後、各中継地点間で共有された量子もつれを融合ゲートによって”つなげる”ことで、送受信者を結ぶ量子もつれとし、これを利用することで送受信者間の量子通信を実現している。

この方法で量子通信を実行するには全ての中継地点で融合ゲートが成功する必要があり、一度でも失敗するとやり直しとなってしまう。そのため、この量子通信の効率を表す「量子通信容量」(単位時間当たりに送受信者間で共有できる平均的な量子もつれの量)は、主に融合ゲートの成功率によって決まることになる。

今回、従来の融合ゲートの代わりに今回提案した融合ゲートが利用できるような量子中継方式を新たに設計することで、量子通信容量が一桁程度向上できることが示された(図4)。

図4:従来手法と提案手法の通信距離に対する量子通信容量の比較:量子ディットの次元を𝑑=10または𝑑=100とし、光子検出器の検出効率と量子メモリの結合効率を95%と仮定しています。中継地点の個数を増やすことで中継地点間の距離を短くすることができますが、その代わりにより多くの融合ゲートを成功させる必要性が生じるため、中継地点の個数には最適値が存在します。図中の各点上の数字が通信容量を最大化するために最適された中継地点の個数を表しています。

また、今回提案した量子中継方式は量子メモリ(※6)を用いる方式となっており、その他の方式と比較すると、早期実現が期待できる方式となっている(図5)。

図5:今回提案した長距離量子通信方式の位置づけ:量子中継方式は大きく分けて3種類の方式があり、原理実証実験が行われているものもありますが、いずれもまだ実用化段階にはありません。これまでNTTでは、全光量子中継方式(※7)などの量子メモリを用いず、代わりに多数の光子を用いる方式(図中の(3)に対応)を提案してきました。この方式は非常に高速な量子通信が可能となるため、量子通信の究極的なゴールと呼べるものですが、現状では必要な技術レベルが高く、実現までに時間を要すると考えられています。一方で量子メモリを用いる方式(図中の(1)に対応)は、比較的必要な技術レベルが低いという利点があるものの、非常に低速であることが問題視されてきました。本研究で提案した方式は、量子メモリを用いる方式でありながらこの問題点を回避し、高速な量子通信を可能とします。

■5:今後の展開

今回新たに提案した融合ゲートを基本的な量子操作として利用することで、様々な光量子情報処理の性能を飛躍的に向上できる可能性がある。

特に、今回具体的な応用例として提案した量子通信方式では、従来方式の課題であった通信速度が一桁程度向上した。これは、国家間や大陸間といった長距離での量子通信の早期実現につながる成果と言える。

現在、量子コンピュータの研究開発が世界的に行なわれており、従来の暗号方式が安全でなくなる危険性がある。そのため、量子コンピュータによる攻撃に対しても安全な通信を提供可能な、量子通信の早期実現が社会的重要課題のひとつとなっている。

※1 光子:
例えば水の最小単位は水分子(H₂O)ですが、光にも最小単位が存在し、光子と呼ばれています。太陽光やレーザー光などの光も全て光子の集合体ですが、ここでは光子一つだけからなる特殊な光(=単一光子)を考えています。
※2 重ねあわせ状態:
量子力学における重ね合わせ状態は、物体が同時に複数の状態を取る(ように思える)不思議な現象のことです。例えば、窓ガラスに光を当てることを考えてみます。窓ガラスは大部分の光を透過させますが、一部の光は反射してきます。では、窓ガラスに当てる光を単一光子にするとどうなるでしょうか。単一光子の場合には、一部は透過し、一部は反射する、というようにさらに分割することは出来ません。その代わりに、このときの光子の状態は、透過した場合と反射した場合の重ね合わせ状態になっています。
※3 融合ゲート:
多くの量子情報処理では、量子もつれ(※5)を多数の量子ビット間に生じさせる必要があります。しかし単一光子を用いる場合には、量子もつれ操作が確率的にしか動作しないことから、一度に多数の量子ビット間に量子もつれを生じさせることは容易ではありません。そのため、量子もつれ状態にある少数の量子ビットをいくつか準備して、それらを”つなげる”ことで多数の量子ビット間に量子もつれを生じさせる、という方法がよく用いられます。このときに、”つなげる”操作を担うのが融合ゲートと呼ばれる量子操作です。
※4 長距離量子通信:
通常の通信はビットを送受信するのに対し、量子通信では量子ビットを送受信します。通信の長距離化における問題は、通信距離が長くなればなるほど光信号の強度が指数的に弱くなることです。通常の通信では、中継地点で光信号の増幅を行うことで対処できますが、量子通信では単純な光信号の増幅は出来ないという性質があるため、より複雑な方法で長距離化を行う必要があります。このことから、長距離間の量子通信は、短距離間(およそ数百km以下)のものと比べて、より高度な技術が必要となります。
※5 量子もつれ:
量子もつれは状態間の量子力学的な相関を表す概念で、様々な量子情報処理の実現で必要となる一種の資源と考えられるものです。例えば、2つの量子ビットがそれぞれ0か1のいずれかの値をとるという場合を考えます。もし、一方が0ならもう一方も0、一方が1ならもう一方も1というように、片方の状態によってもう一方の状態が(ある程度)決まる場合には、これらの量子ビットの状態間には相関があるということになります。このような状態間の相関は、通常の統計的な相関によって説明できる場合もありますが、量子力学的な相関を利用することである意味で統計的な相関よりも強い相関が作れることが知られています。
※6 量子メモリ:
量子ビットを一定時間保存し、また取り出せるようなものを量子メモリと呼んでいます。特に量子中継などの応用では、単一光子を効率良く保存できる量子メモリが必要となります。
※7 全光量子中継方式:
報道発表「定説を覆し、長距離量子通信に必要な「量子中継」の全光化手法を確立 ~全光ネットワークに「量子インターネット」としての新たな未来像~」 https://group.ntt/jp/newsrelease/2015/04/15/150415a.html

関連情報
https://group.ntt/jp/newsrelease/2025/05/21/250521a.html

構成/清水眞希

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