
突然ですが、あなたは人生で初めて買った・買ってもらったレコードやCD、あるいはカセットテープを覚えていますか? こんな問いかけをすると、予想以上にたくさんの人が子供の頃にお年玉で買ったドーナツ盤や親に買ってもらったシングルCDの思い出を懐かしそうに語ってくれます。
私の人生最初のCDは12歳の誕生日に買ってもらったバックストリート・ボーイズの『Backstreet’s Back』。メンバー5人からのメッセージや歌詞が書かれた冊子を隅から隅まで読み返したり、パソコンで再生してCD-Rの特典映像をニヤけ顔で眺めたりしながら所有感を思う存分に味わっていました。(超余談ですが推しメンはケビンでした)
中学生になると、ラジオで聴いたタイトルがうろ覚えの曲を街のミュージックショップで何年もかけて探したり、友達のために何日もかけてミックスCDやテープを作ったりと、思い起こせばいろいろな形で音楽を体験して、音楽を通して人とつながっていたんだなぁと気付かされます。
と、音楽好きをアピールしたあとで白状するのですが、実はもう何年も前からパソコンやスマホでしか音楽を試聴していません。一応、CDプレーヤーとして外付けドライブを持っていても、出番は年に数回ぐらい。mp3プレーヤーを使い始めた20年前に手持ちのCDをほとんど全てデジタル化し、手放さなかった数枚は実家のクローゼットの中で眠らせたまま。まあでも、聴きたくなったらいつでも配信サービスで聴けるんだから、わざわざ所有する必要もないよな。。。と思っていました。つい最近までは。
いつまでもあると思うなサブスクコンテンツ
「課金さえしていれば、音楽はいつでもストリーミングで聴ける」と思っていた自分ですが、考えを改めるきっかけの一つに最近起きた小さな事件がありました。25年ほど前に一世風靡したメタルバンド、システム・オブ・ア・ダウンの2001年のヒットアルバム『Toxicity』が突然Spotifyで再生できなくなったのです。Spotifyだけで月間リスナーが2400万人以上もいる人気バンドなので、衝撃はあっという間に音楽情報サイトやSNSで広まりました。
全世界で1200万枚も売れた大ヒットアルバムですが、おそらく私のようにデジタル化のトレンドに流されて円盤を手放したファンは少なくないかもしれません。ネットでは「Spotify!お願いだからなんとかしてくれ!」「人生最悪の日だ」「あのアルバムは酸素と同じぐらい人生に欠かせないのに」「去勢されたような気分」などパニックに陥ったファンの阿鼻叫喚が響き渡り、しまいには「政治的なメッセージを発信するアーティストがFBIに狙われているのでは?」という陰謀論のような説まで出る事態に。
そんなに好きならちゃんとCD買っとけよ! とツッコみたくなりますが、日常で聴く音楽をサブスクに任せっきりにするのはここ数年ですっかり当たり前のようになってしまったので無理もありません。結局Spotify側のバグだったのか、原因は謎のままですが、『Toxicity』は次の日にはシレッと視聴可能の状態に戻っていました。しかしこんなふうに自分の大好きな音楽がなんらかの事情でプラットフォームから消えてしまう可能性はゼロとは言い切れません。音楽好きとしては、サブスク視聴だけに頼るのも考えものだなと思ったので、今回は世界のphysical media(物理的なメディア)事情を探ってみました!
フィジカル音源を救うカギは「コミュニティ」?
世界のCDセールスは年間240億枚も売れた2000年にピークを迎え、そこから徐々に減少しており、いま世界中でCD販売・レンタル店が次々と閉店しています。イギリスでは2016年~23年にかけてUKのミュージックショップが約9割も閉店しているそうです。ですが、大手チェーン店が市場から撤退する一方で、個人営業の店は少しずつ増えているんだとか。長きにわたって愛されてきたフィジカル音源がニッチになっていく時代、生き残りをかけた危機感がコミュニティの結束感を強くしているのかもしれません。そこにはアナログカルチャーに憧れや好奇心を持つデジタルネイティブのZ世代やα(アルファ)世代の発信力が一役買っており、インディーズを中心とする一部の音楽シーンでは音源が当たり前のようにカセットテープやレコードで販売されています。
フィジカル音源にあってサブスクの音楽にないもの、それはジャケットのアートや空間を包み込むようなあたたかいサウンドだけではありません。日々消費する情報がどんどんアルゴリズムに影響されてゆく昨今、AIではなく自分の感性で能動的に選択したという主体性が感度の高い若者にとって魅力的な要素なのです。
ウォークマンやiPodが爆発的に売れていた頃は「いつでもどこでも好きな音楽にひとりで浸れる」のがウリだったと思いますが、最近ではホームパーティー形式で各々が持ち寄った好きなCDやレコードを高級オーディオ機器で順番に楽しむ「リスニングパーティー」がX世代(1960年代後半~80年代前半生まれ)やミレニアル世代(80年代前半~90年代半ば生まれ)の間で静かな流行という話もあります、「うちに来てレコードでも聴かない?」なんて昭和めいた誘い文句、もしかしたら令和の時代に復活するかも?
インスタでは、亡くなった父親のLPレコードを紹介するカナダの20代女性のアカウントが注目を集めています。無類の音楽好きだったお父さんが生前集めていたレコードはおよそ1万枚! 父親を弔いながら「音楽を通して対話と探求を楽しむコミュニティを作りたかった」彼女は膨大なコレクションを整理し、毎回1枚ずつ解説とともに音源を紹介しているうちにコミュニティはフォロワー43万人以上にも増えています。
今回は音楽にしぼって海外のフィジカルメディアのトレンドをご紹介しましたが、映画や電子書籍など、同様にプラットフォーム頼りにしているエンタメコンテンツはたくさんあります。毎月決まった料金を払えばいつまでも無限に楽しめると思っていたけど、本当にそれでいいんだろうか? と、考えてみたくなりますね。
もちろん欲しい物を全部フィジカルで所有するのは難しいし、昔のようにジャケ買いで失敗するのはイヤだけど、本当に大好きなモノはやっぱり手に取れる場所に置いておきたい! と思ったら、普段は封印している物欲がメラメラと顔を出してきそうになります……いかんいかん。
ああ、いつかアナログプレーヤーが似合うおしゃれな部屋に住んだりして「うちに来てレコードでも聴かない?」なんて誘い文句をさりげなくカッコよく言ってみたい…(お前が言うんかい!)
プロフィール
キニマンス塚本ニキ
東京都生まれ、ニュージーランド育ち。英語通訳・翻訳や執筆のほか、ラジオパーソナリティーやコメンテーターとして活躍中。近著に『世界をちょっとよくするために知っておきたい英語100』(Gakken)がある。
取材・文/キニマンス塚本ニキ