小学館IDをお持ちの方はこちらから
ログイン
初めてご利用の方
小学館IDにご登録いただくと限定イベントへの参加や読者プレゼントにお申し込み頂くことができます。また、定期にメールマガジンでお気に入りジャンルの最新情報をお届け致します。
新規登録
人気のタグ
おすすめのサイト
企業ニュース

自動車の「ワイパー」が消える日がやってくる!?

2025.06.04

未来オムニプレゼンスは、カトウとスズキによって運営されるSFプロトタイピングカンパニーだ。彼らの使命はクライアントからの依頼に基づき、未来を「予測」するのではなく、未来を「創る」ことにある。

 ある晴れた初夏の朝、カトウとスズキのもとに、一通の相談が舞い込んだ。相談の主は、長年にわたって自動車製造のトップシェアを誇る老舗メーカー「ハイライン・モーターズ」。その研究開発部門の責任者であるタカミが、あるテーマを持ち込んできたのである。

「うちのワイパー技術を、どうにか次の世代に進化させたいんです」

 ワイパー――車のフロントガラスに備えられた、雨や雪を払い視界を確保するための装置。自動車が誕生してから100年以上が経ち、車はEV化や自動運転、空飛ぶクルマの開発など大きく進歩したにもかかわらず、ワイパーはその登場以来目立った変化がなかった。

 もちろん、撥水ガラス、センサー連動の自動ワイパー機能、雪に強いヒーター付きなど、細かな改良は行われてきた。しかし「左右に往復るゴムブレードで水滴を払い落とす」というコア構造は、ほとんど変わらない。そのためユーザーからは「ワイパーの作動音や拭き筋が気になる」「高速走行時に浮いてしまう」「結局、昔ながらの欠点が残ったまま」といった不満の声が絶えない。自動車業界では「ワイパーこそが最後の未開拓領域」などと揶揄されるほどだ。

「実はうちも社内でいろいろ手を打ってきたんですが、どうしても決定打がない。そこで、御社のSFプロトタイピング手法を使って、新たな発想を得たいと思ったんです」

 タカミの言葉を聞きながら、カトウとスズキは顔を見合わせる。彼らの会社・未来オムニプレゼンスは、クライアントが抱える課題をテクノロジーや社会背景まで総合的に分析し、「今はまだ存在しない未来のかたち」を大胆に描き出すことで新しいコンセプトやアイデアを提案する――いわば“未来創造のプロ”だ。

「わかりました。ワイパーの未来、創らせていただきましょう」

 スズキがにっこりと微笑み、そう答えると、タカミはほっとした表情を浮かべる。同時に、その瞳には期待と少しの不安が混ざった光が宿っていた。どんなプレゼンが飛び出すのか。過去に未来オムニプレゼンスが手がけたプロジェクトは、突飛なアイデアと先進技術の融合で幾多の成功と話題を生み出してきた。その実績があるからこそ、ハイライン・モーターズは彼らに賭けることを決めたのだ。

 タカミが帰った後、カトウとスズキはすぐさまブレインストーミングに入った。2人がまず取りかかるのは“ユーザーが本当に求めている価値”を浮き彫りにする作業だ。

「ワイパーを“動かす”ことがゴールなんじゃない。運転中に“クリアな視界”を得るのが目的だよな」

「そうだね。ワイパーという形態にこだわる必要があるかどうかも含めて、ゼロベースで考えてみよう」

 ワイパーの「過去」「現在」「未来」を俯瞰する中で見えてくるものがあるはず。そこで彼らは、いつもの流れで“SFプロトタイピング”の物語を作り上げることにした。

 以下は、未来オムニプレゼンスによってハイライン・モーターズに納品された「ワイパーの未来」を描く物語である。

【Case24:ワイパーの進化 「アクティブ・コーティングとマイクロセンサー」】

 主人公は、地方都市に住む会社員ミサキ。彼女は車を買い替えようと大手自動車メーカーであるハイライン・モーターズのディーラーに足を運んだ。ショールームに入るなり目に留まったのは、ハイライン・モーターズが発売したばかりの新モデル「HX-Vision」。何やら従来のワイパーブレードが見当たらないが、セールス担当者は「これが最新技術のアクティブ・コーティングですよ」と胸を張って説明する。

 アクティブ・コーティングとは、フロントガラス全体に施された特殊な撥水・防汚加工を指す。ただし、従来のコーティングという言葉で想像されるような液体を塗るものではなく、ガラスの表面に特殊なコート層が重ねられている。これだけなら従来の撥水ガラスと似たものに思えるが、最大の特徴はガラスに埋め込まれた「マイクロセンサー」との連動だ。

 雨粒や汚れを検知した瞬間、ガラス表面で微弱な電圧が生成され、電場が切り替わる。するとガラス表面に施されたコーティング層の分子配列が変化し、水滴を効率よく滑らせると同時に、泥や花粉などの微細な汚れを“浮き上がらせる”効果を発揮する。走行中の気流に乗って汚れを吹き飛ばすため、ブレードで掃く必要がなくなるのだ。

 ちょうど今は雨季で、ミサキが店舗を訪れた日も雨が降っていた。早速試乗して雨の中を走行してみる。するとどうだろう、驚くほど静かに視界がクリアになる。大きな雨粒がついても、すっと広がってサッと流れ去る。これまでワイパーが往復運動する音に煩わしさを感じていた彼女にとって、この静かさは感動的だった。さらに、マイクロセンサーは天気予報や走行ルート上の気象情報を解析して、あらかじめコーティングの効果を最適化してくれるらしい。これなら長距離ドライブも怖くない。

 この技術によりワイパーのゴムブレードから解放されたら、雨の多い季節でもストレスなく通勤やドライブを楽しめるだろう。初期コストは若干高めだが、ブレード交換やワイパーモーターのメンテナンスが不要な点も魅力だった。

 さらにディーラーの説明によると、この「アクティブ・コーティング」には、対雨以外にも有効な機能が備わっているという。日中の強い日差しがガラスを照らすと、コーティング内の光学層が反応し、熱線のカット率を自動調整してくれるらしい。これにより、真夏の暑い日には車内の温度上昇を抑え、エアコン効率を向上させる効果が期待できる。逆に寒い冬場には、熱線のカット率を抑え、太陽の暖かさを有効活用するという具合だ。また、夜間の対向車のヘッドライトの眩しさも軽減されるらしい。ミサキはこの多機能ぶりに興味をそそられた。

 試乗を終えた彼女は、あらためてカタログをめくりながら、コーティングのメンテナンス方法について尋ねた。店員によると「常に表面の『自己診断』データを車内のAIと連携させる仕組み」によって、コート層やセンサーの不具合を自動でチェックできるという。もし損傷や性能低下があれば、運転席のディスプレイ上に通知が届き、メンテナンスプログラムに沿ってDIYで補修が可能な部分と、ディーラーに持ち込むべき部分を区別してくれる。たとえば、小さなキズや微細な汚れなら専用クリーナーを使ってホームケアができるが、センサー自体の再キャリブレーションや大きなクラック修復は専門家が必要になるといった具合だ。そもそも、物理的なワイパーや液体を塗り固めた従来のコーティングなどではないため、消耗品という概念は不要であり、毎年の法定点検時などにチェックすれば基本的には快適に維持できる。

 技術的には、微細な電極パターンがガラスの縁に沿って配置されており、これがセンサーや分子配列制御のための電圧を発生させる。目視ではほとんどわからないが、よく見るとガラスの縁から淡い光が走るように感じられることがあるという。実際、ミサキが助手席に座りながらディーラーのスタッフに解説してもらうと、周囲の湿度や温度、気圧に応じてコーティングの反応状況が可視化され、モニター上にリアルタイムで数値が表示された。まるでガラスそのものが生き物のように、刻一刻と環境に適応しているようだ。

 「HX-Vision」は、フロントガラスだけでなく、サイドやリアの窓、それからサイドミラーにも簡易版のアクティブ・コーティングが施されている。フロントほど高度な撥水・防汚機能ではないものの、雨天時や埃っぽい道を走る際に、全方位での視界確保に寄与する。実はこの技術、すでに公共バスの車窓や大型トラックにも採用が検討されているらしく、車種を問わず安全性を高める汎用技術としての発展が期待されているそうだ。

 一方で、ミサキは疑問にも思った。そうした先進的な仕組みがある一方で、故障したらどうなるのか、という懸念だ。例えば、豪雨の中や雪が降り積もる厳冬期に、突然センサーエラーが起きたら視界が確保できなくなるのではないか。店員は「最悪の場合でも、従来型の緊急用ブレードを装着できるように設計されています。ただし通常はカバー内部に格納しておくので、目立ちません」と説明してくれた。メーカーとしても、まだ完全には『ワイパーレス化』に踏み切りきれていないわけだが、逆にいえばユーザーには安心材料となる。何かあったときに物理的なブレードに切り替えられる仕組みは、現行法規や保険面でも必要とされているそうだ。

 実際のユーザー事例としては、冠水した道路を走る際や農道を通る際など、泥水を浴びたり大量の砂ぼこりを被ったりしても、少し車を走らせれば視界が戻るケースが報告されているらしい。とくに農業地帯や林業地帯などでは、これまで泥汚れのたびにワイパーを酷使していたが、「HX-Vision」はそれを軽減できると期待されている。また、ここまで機能が複雑になると故障リスクも増すが、センサー異常は車載AIが逐一監視するため、リアルタイムでディーラーやメーカーのサポートセンターに情報が送られる仕組みになっている。その上で、ソフトウェア上のトラブルであれば、ほとんどの場合は通信による遠隔操作でリアルタイムに対処してもらえるのも特筆すべき点だろう。いざというときの対処がスムーズに行える点がユーザーの安心に繋がる。

 結局、その日のうちにミサキは購入を即決した。高価なオプションゆえに迷いはあったが、「ブレードがない」という意外性と、あの静かでクリアな視界を手に入れられるなら高い買い物ではないと感じたのだ。そして納車の日、彼女は改めて「HX-Vision」に乗り込む。突然の夕立に見舞われたが、ワイパーブレードを動かす音もなく、ほぼ無音で視界が開けていく。その瞬間、ミサキは未来に足を踏み入れたような感覚を味わい、思わずハンドルを握る手に力がこもった。

 この近未来的な技術が一般に普及するには、まだいくつかの課題があるという。まずは量産コストの削減や、極寒地域や砂漠地帯などの過酷な気象条件での信頼性実証、さらには法整備上の問題も解決しなければならない。しかし、その一方でアクティブ・コーティングやマイクロセンサーの活用は、ガラスだけにとどまらず、車体全体の表面制御技術へと波及していく可能性を秘めている。将来的には車の外装パネルも同様の機能を持ち、汚れやキズを自己修復するボディが当たり前になるかもしれない。

 そんな思いを巡らせながら、ミサキは夕立の道路を滑るように走る。明るくなり始めた空は、雨がもうすぐ止むことを知らせていたが、今はそれが残念にすら感じる。「ワイパーという存在そのものがなくなるなんて、夢みたい」――そう呟く彼女の目には、従来とはまったく異なる“ガラス越しの風景”が映っていた。

———以上が、依頼に基づいて作り上げられたSFプロトタイピングのストーリー全文である。

未来オムニプレゼンスが描いたのは、ワイパーが「単に雨を拭う装置」から「視界と安全、さらには快適性を総合的に実現するシステム」へと進化する姿だ。もちろん、すべてが実現可能とは限らない。しかし、このストーリーが示唆するのは、「視界が悪いならブレードを往復させる」という一方向的発想にとどまらず、素材科学、光学、電磁制御、AI解析など多様な技術を融合させることで、未来のモビリティは格段に安全かつ快適な移動体験を提供できるという可能性である。

 SFプロトタイピングとは、まだ実用化されていない技術を「物語」という形で先取りし、その影響や課題を議論する手法だ。こうして生まれた物語をベースに、現実の開発ロードマップを策定したり、試作を繰り返したりすることで、新しい市場や技術が具体化していく。今回のワイパー進化プロジェクトも、その一例である。

 プレゼン当日、カトウとスズキはハイライン・モーターズ本社の会議室にて、タカミをはじめとするエンジニアやデザイナー、経営陣に向けて壮大な未来像を披露した。

そこでカトウは笑顔で言う。

「SFプロトタイピングは“夢物語”を描くためのものではありません。あり得ないことをあり得る形に落とし込むための最初の一歩なんです」

 スズキが続ける。

「すでに研究されている素材やセンサー技術は数多くあります。どれも“あと少し”のブレイクスルーがあれば、我々が描いた未来像に近づいていくでしょう」

 ハイライン・モーターズの経営陣は、最初は半信半疑だったものの、物語が示すユーザー体験や、市場へ与えるインパクトの大きさに魅力を感じ始めていた。簡単な話ではないが、それでも技術的にはすでにいくつかの大学やベンチャー企業が手掛ける材料技術の延長線上にあり、実現性も高そうだ。まずはここからスタートし、ゆくゆくは可変透過レイヤーや自己修復機能などを統合していくロードマップを描く――そういう実行計画に落とし込めそうだ、とタカミはうなずく。

「まるで夢のようですが、現場の研究者たちは燃えそうですね。もともと“ワイパーを変えたい”という想いはずっとありましたから」

 タカミの言葉には、長年ワイパーの進化に挑んできた研究チームへの敬意もにじんでいた。

 プレゼンを終えた後、カトウとスズキはタカミと共に屋上のラウンジへ向かった。眩しいほどの太陽が照りつける中、遠くに見える街並みには、未来を暗示するような無数の高架道路と、自動運転車が縦横無尽に走っている。

カトウがふと目を細めて言った。

「ワイパーって、“当たり前すぎる”存在でしょう? それって、想像力を働かせる余地がないと思われてきたからですよね。でも“当たり前”こそ、大きく変革できる可能性がある。その象徴が今回のプロジェクトなのかもしれません」

 スズキもうなずく。

「この先、雨の日にブレード式のワイパーが動く光景は、ある意味で懐かしい“レトロ”になっていくんでしょうね。けど、それはそれで“味わい”があるから、あえて残したいユーザーもいるはず。私たちは、そういう文化的な嗜好にも配慮した上で、より自由度の高いシステムを提案していければと思っています」

 タカミはそんな二人のやり取りを聞きながら空を見上げる。突き抜けるような青空に、かすかに雲が漂う。その雲からいつ雨が落ちてくるかはわからないが、もし降ってきても、ワイパーという装置の「往復動作」に捉われない新しい未来が待っているかもしれない――そう考えると、彼の心は不思議とワクワクしてきた。

「よし、やってみましょう。うちの技術陣をフル動員して、まずは近未来のロードマップを形にするところからスタートしたいです。お二人も引き続き力を貸してください」

 タカミの言葉に、カトウとスズキは力強くうなずく。

 こうしてワイパーを巡る新たな物語は一歩を踏み出した。過去の常識や制約に囚われず、“視界をいかにしてクリアに保つか”という本質的な課題に向き合い、テクノロジーを活用して未来を切り拓こうとする姿勢。それこそが、未来オムニプレゼンスの真髄だ。彼らはただ未来を予測するのではなく、未来を創る。その果てに、どんなシナリオが待っているのだろうか。

 もしかしたら、数十年後、私たちの子孫は「昔は雨が降るとゴムの棒を左右に動かしていたらしいよ」などと懐かしそうに話すかもしれない。一方で、クラシックカーのファンたちが、あえて往復するワイパーの動きを楽しむ文化も生まれるかもしれない。いずれにしても、今日のこの日が、ワイパーが本当の意味で“進化”するターニングポイントになる

 未来オムニプレゼンスは、今日もどこかの企業や団体から「未開拓の未来」を創る相談を受けている。彼らのアプローチが光を当てるのは、往々にして“当たり前”すぎて見過ごされてきたものだ。ワイパーの進化はその最たる例だろう。

 もしあなたの周りにも「当たり前すぎる困りごと」があったなら、ぜひ思い出してほしい――未来は予測するものではなく、創るものだ。たとえば、車のフロントガラスを流れる雨粒の一滴さえ、イノベーションの種に変わりうるのだから。

 雨の降る街で、静かにブレードを往復させるワイパーの姿が消える日が来るのか、それともブレードと新技術が共存していくのか――その結論は、今まさに生まれようとしている物語の先にある。人の想いと技術が交差する瞬間、当たり前は当たり前ではなくなる。ワイパーの未来を創るSFプロトタイピングの物語は、こうして幕を開けたばかりだ。

文/未来オムニプレゼンス(SFプロトタイピングユニット)

@DIMEのSNSアカウントをフォローしよう!

DIME最新号

最新号
2025年4月16日(水) 発売

DIME最新号は、「名探偵コナン 熱狂の舞台裏」。長野県警全面協力!劇場版最新作の舞台の新聖地とは?長野県警トリオ〟をあしらったトリプルジッパーバッグの付録付!

人気のタグ

おすすめのサイト

ページトップへ

ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号 第6091713号)です。詳しくは[ABJマーク]または[電子出版制作・流通協議会]で検索してください。