
環境活動への取り組みが、企業の競合優位性に繋がって来た。とはいえ、実際に会社で何をしているかというと、オフィスでの紙ごみ分別程度で、大きな取り組みに繋がらないのが現状である。そんな中、従業員が徒歩で移動したりマイボトルを使ったりすると、ポイントを獲得できるアプリが注目されている。
スタジオスポビー(東京都中央区)が開発したエコライフアプリSPOBY(スポビー)は、アプリから二酸化炭素(CO2)排出削減量を算出し、算出量に応じてポイントを付与する。ポイントは企業が協賛する特典と交換でき、企業は脱炭素量を精緻なデータとして開示できる。
今回は代表取締役の夏目恭行さんに、どのように活用できるのか、CO2算出測定の仕組みなどを聞いてみた。
脱炭素は「差別化できる戦略領域」になっている
――はじめまして、夏目さん!環境活動への取り組みは、経費削減に直結しないことから、なかなか進めにくい分野の一つですね?
夏目さん はじめまして。まさにご指摘の通り、環境活動、とりわけ脱炭素は短期的なコスト削減には直結しづらいため、企業にとっては取り組みづらいとされてきました。ただし、ここ数年で状況は一変しています。サプライチェーン全体での排出管理が求められる時代となり、ESG評価やスコープ3(注1)対応、人的資本開示といった文脈の中で、脱炭素は「差別化できる戦略領域」へと進化しました。
とくに注目すべきは、企業単位ではなく、「人の行動」単位での脱炭素効果が測定・証明できるようになってきたことです。脱炭素の本丸は、インフラでも制度でもなく、“暮らしの選択”にあります。実際、環境省の調査では、脱炭素の意欲は9割にのぼるのに、行動に移せている人は3割にとどまるとされています。このギャップこそが、最大の“余白”であり、企業や自治体が向き合うべきフロンティアだと私たちは考えています。
そこで私たちは、日常の行動を見える化し、貢献量を可視化し、行動変容を後押しする仕組みとして「SPOBY(スポビー)」を開発しました。
――スタジオスポビーが開発したアプリSPOBY(スポビー)は、アプリの位置情報や写真から二酸化炭素(CO2)排出削減量を算出し、ポイントを付与する仕組みです。開発の動機や苦労などを教えてください。
夏目さん 2022年5月にサービスを開始したSPOBYは、「生活者の行動が、社会的に価値を持つ時代をつくる」ことを目指して開発しました。これまでの脱炭素施策は、再エネや工場の省エネ、EV導入といったインフラ中心の“上流”施策が中心でしたが、実はCO2排出の約4割は私たちの暮らしの中から生まれています。にもかかわらず、生活者の行動を定量的に測定する術はこれまで存在せず、“やっているつもり”で終わってしまっていたのです。
加えて、企業にとってもこの領域はスコープ3に含まれる重要な排出源ですが、「測れない=管理できない」ために長らく放置されてきた経緯があります。SPOBYはその“見えなかった排出”を、位置情報や写真、センサー情報から自動で測定し、誰の、どの行動が、どれだけ社会に貢献したかを“証明”することができます。
2022年のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告でも、行動変容によって地球環境全体の温室効果ガス排出の40~70%を削減できる可能性があるとされています。まさに「行動の時代」が来ている。そして、それを正しく測る技術と仕組みが、ようやく整ってきたのです。
――現在、アプリでこうした脱炭素を目指したサービスは他にありますか?
夏目さん 気候危機の深刻化とともに、エコ活動を支援するアプリは増えてきています。ただし、多くのサービスは自己申告やアンケート形式に依存しており、「正確な行動データ」として使えるものはごく一部にとどまります。
SPOBYの特徴は、スマートフォンのセンサーやGPS、AI画像解析によって、生活者の行動を客観的かつ網羅的に可視化できる点です。さらに私たちはそれを、ただの“記録”にとどめるのではなく、「社会的評価」や「制度との接続」にまで引き上げようとしています。
つまり、SPOBYは単なる“行動記録アプリ”ではなく、“価値変換インフラ”です。すでに脱炭素ポイントを自治体や企業と連携して経済価値に変換する取り組みも始まっており、制度的な活用との接続に向けた具体的な検討・準備もすでに進めています。
ここまでを一気通貫で提供しているサービスは、国内では現時点で他に例がないと考えています。
SPOBYは “行動記録アプリ”ではなく、“価値変換インフラ”
――“価値変換インフラ”であるアプリSPOBYについて、もう少し詳しく教えてください。位置情報や写真から二酸化炭素(CO2)排出削減量を算出できる仕組みや「マイボトル機能」、「地産地消」とは?
夏目さん SPOBYでは、日常生活の中で脱炭素につながる行動(移動・選択・生活習慣)を、スマートフォンのGPSやモーションセンサー、さらにAI画像解析を使って自動で判定します。たとえば「移動」は、一定距離を徒歩や自転車で移動した場合、その位置情報や移動距離、時間帯などのデータから、移動手段として妥当性のある候補(たとえば自家用車、バス、電車など)をアルゴリズムが推定し、それぞれの排出量との比較に基づいて、削減貢献量を排出係数により算出します。
「マイボトル機能」では、使い捨てのペットボトルを使わずに自分のボトルを使った様子を写真で登録してもらい、AIが内容を解析。CO2換算された脱炭素ポイントが付与されます。
「地産地消」のケースでは、地域産の食材や製品を購入することで、長距離輸送に伴う排出を回避できると見なし、削減量としてスコア化されます。記録は食品表示ラベルや位置情報を用いた形で判定されます。
このように、従来は可視化できなかった“暮らしのなかの削減努力”を、AIとセンシング技術で定量化することが、SPOBYのコアテクノロジーです。
いろいろなエコ活動に対応するSPOBY
夏目さん もう少し詳しく解説すると、SPOBYでは、日常生活の中で実践できるさまざまな行動に対応しています。具体的には、以下の4つのカテゴリで構成されています:
【1】移動に関する行動 ・徒歩・自転車での移動(自動車に代わる手段としてCO2削減) ・リモートワーク(通勤に伴う移動排出の回避) ・公共交通機関の利用(移動手段の選択肢として排出削減効果が高い)・階段昇降(エレベーター利用を避け、電力消費を削減)
【2】消費・購買に関する行動 ・マイボトルの使用(ペットボトルの代替) ・カーボンフットプリント表示商品の購入 ・地産地消(地域産品を選ぶことで輸送由来の排出を削減)
【3】家庭内での行動 ・コンポストによる生ごみの堆肥化(焼却処分の回避) ・電気・ガスの省エネ行動(生活インフラ由来の排出削減)・食べ残し判定(食事の記録と食品ロス削減)
【4】地域貢献的な行動 ・フードドライブ(余剰食品の寄付による食品ロス削減) ・廃食油の回収(リサイクル燃料等への転用)
これら4つの行動はすべて、SPOBYを通じて記録・判定され、CO2削減量としてスコア化されていきます。今後も、社会的インパクトのある生活行動を順次機能として追加していく予定です。
――こうしたエコ活動をすると、ポイントがもらえるんですね?マイボトル一本でポイントはいくつ付きますか?
夏目さん マイボトルと言っても、様々な素材大きさがありますので今回は500mlのステンレスボトルを例に挙げてお話しさせていただきますね。脱炭素量は、基本的に「もし代わりに使い捨てのペットボトル1本を使っていた場合に発生したであろうCO2排出量を、マイボトルの利用によってどれだけ削減できたか」という考え方で計算します。
よって弊社での算出方法では500mlのステンレスボトルは、約143グラムの脱炭素量になるため、脱炭素ポイントが143付きます。なお、マイボトル自体の製造過程における排出量も加味したうえで、繰り返し使用によって回収できるCO2貢献量として評価しています。
――アプリは個人のスマホにダウンロードされますが、これをどうやって企業のエコ活につなげているのでしょうか?
夏目さん SPOBYは個人向けアプリとして提供していますが、企業には「法人向け管理画面」を提供しています。従業員の皆様が日常の脱炭素行動をSPOBYで記録すると、その情報は匿名化された上で集約され、部署単位や全社単位でのCO2削減量として可視化されます。
この仕組みによって、たとえば部署ごとの削減スコアをランキング形式で表示したり、目標達成に応じた表彰やインセンティブ制度を導入したりする企業もあります。これにより、従業員のモチベーション向上やチーム間の一体感醸成にもつながり、「楽しみながら環境貢献できる職場づくり」に貢献しています。また、企業全体のCO2削減実績として定量的に把握できるため、環境報告書やESG開示資料などでの活用も進んでいます。
こうした従業員単位の取り組みは、企業のスコープ3対応や人的資本開示にも資する動きとして注目されつつあります。単なる「啓発活動」にとどまらず、環境・健康・エンゲージメントをつなぐ具体的な施策として機能する点も、SPOBYが選ばれている理由のひとつです。
環境意識の定着や職場文化の形成に役立つ
――エコ活動は「見える化」しにくいので、自分がやったエコ活動が数値として目に見えるのは、とても新鮮ですし、次もやろうという気になりますね!ポイントが付くのも嬉しいです。
夏目さん 現在、SPOBYは100社を超える企業に導入されており、製造業、金融、小売、運輸、住宅関連など業種も多岐にわたります。従業員の行動データをスコア化し、組織内での可視化・評価を行うことで、環境意識の定着や職場文化の形成に役立てていただいています。
また、企業だけでなく自治体との連携も進めており、大阪府、愛知県、福岡市などと「脱炭素エキデン」プロジェクトを実施。地域住民が日常生活の中で実践する脱炭素行動をSPOBYで記録し、そのスコアをポイント化して、地域の商店や企業とのインセンティブ施策に繋げています。
もちろん、会社に所属していない個人の方も、アプリをダウンロードして自由にご利用いただけます。自治体が関与するプロジェクトの場合、その地域にお住まいの方には独自の特典が用意されていることもあります。
――7月に関西万博で、ステージイベントを実施されます。
夏目さん はい。私たちは2023年12月に大阪府と「脱炭素エキデン大阪」に関する連携協定を締結し、府民の皆さま一人ひとりの行動変容を後押しするプロジェクトを始動させました。これは大阪・関西万博の開幕を契機に、企業や行政、地域住民が一体となってCO2削減に取り組む新たな枠組みであり、SPOBYを活用して脱炭素活動をスコア化し、「EXPOグリーンチャレンジ」への貢献を目指すものです。
そしてこのたび、「脱炭素エキデン大阪」の成果を発信する場として、2025年7月26日(土)17:30~19:45、大阪ヘルスケアパビリオン内のリボーンステージにて、ステージイベントを開催します。当日は、脱炭素を“堅い話”ではなく“楽しく参加できる体験”として感じてもらえるよう、さまざまな企画をご用意しています。ぜひお立ち寄りいただければ嬉しいです。
本イベントでは、日々の行動をどう“社会的価値”へと変換していくか、官民連携のリアルな取り組みが紹介されます。環境、健康、まちづくり、企業経営といったキーワードに関心をお持ちの方にとって、新しい視点や実践のヒントを得られる場になるかもしれません。
――最後に今後の展開について教えてください
夏目さん 今後の展開としては、まず生活者による日常行動の削減貢献を、より制度的・社会的な価値として“通用させる”ための枠組みをさらに整えていきます。私たちは現在、関係省庁や大学・自治体と連携しながら、行動変容によるCO2削減量の定量化・証明に向けた仕組みづくりを進めています。これが実現すれば、SPOBYを通じて記録された一つひとつの行動が、「クレジット」や「インセンティブ」「証明書」といった新たな価値に変換される世界が拓けてきます。
また、今後はSPOBYを通じて蓄積される行動データを、学術的にも活用できるよう開かれた形にしていくとともに、脱炭素貢献を可視化する“社会インフラ”としての普及を視野に、海外展開にも踏み出していきます。
目指すのは、日々の選択がきちんと報われる社会です。もし日々の行動でCO2削減を実現していても、それが記録されていなければ、節税していても申告していないのと同じです。SPOBYは、その“申告”を可能にするプラットフォームです。言い換えれば、これまで善意で行われてきた脱炭素行動に、きちんと“値札”をつける仕組みとも言えます。記録し、証明し、社会の評価と交換できるようにしていくことで、個々の選択に社会的な意味を持たせていきたいと考えています。行動の価値が、誰かの目に見えるかたちで証明される仕組みを、これからも育てていきたいと考えています。
――確かに、善意だけに頼ったエコ活動は継続できません。話を伺う前は、流行りのポイ活の亜流的な印象でしたが、SPOBYのエコポイ活は人々の新しい価値創造や環境活動の定着を目指したものだとわかり、考えさせられました!ありがとうございました。
注1スコープ3
モノがつくられ廃棄されるまでのサプライチェーンにおけるGHG排出量の捉え方として、「スコープ1」「スコープ2」「スコープ3」という分類方法があります。これは、GHGの排出量を算定・報告するために定められた国際的な基準「GHGプロトコル」で示されているものです。(資源エネルギー庁、知っておきたいサステナビリティの基礎用語より)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/scope123.html
スタジオスポビー代表取締役夏目恭行さん
テレビ業界にてドラマ制作に携わった後、大手ゲーム会社にてゲームプロデューサーとして複数タイトルを管轄。 2013年にフィットネス事業部に移り、 経営サミットメンバーとして主にシニアビジネスの創出に従事。2017年に株式会社スタジオスポビー(旧:CUVEYES)を設立し、人の行動変容を促進するエコライフアプリ「SPOBY」を展開。脱炭素を気軽に楽しく実行できる仕掛けづくりを行い、複数自治体の社会課題解決に従事している。シンポジウム、セミナー登壇を通じて脱炭素に関する普及啓発活動を行う。
https://spoby.jp/
文/柿川鮎子
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