
昔の工業製品とは、何と芸術的か!
昔のものが全て良いとは言わないが、しかし数十年前の工業製品には「魂」というものが込められている。技術者の「こうでなければならない!」という意向が、製品の随所に発揮されているのだ。今回の記事で解説するフィルムカメラ『オリンパス PEN』はまさにそのような製品である。
1959年に発売された手のひらサイズのコンパクトカメラだが、現代の目で見ても「これはすごい!」と思えるほどの「昭和の名品」。21世紀の若者にこそ、このようなカメラが必要なのではないか。そんなPENを片手に、筆者の地元静岡市で開催された国際的イベントへ足を運んでみた。
静岡ホビーショーをフィルムカメラで撮影しよう!
静岡市民にとって、5月は何かと忙しい季節である。というのも、この時期に静岡ホビーショーが開催されるからだ。
「ホビー産業の祭典」として、今やその名が広く知られるようになった静岡ホビーショー。タミヤ、ハセガワ、ウッディジョーなどの名だたる模型メーカーがブースを構え、意欲的な新製品を公開する。これは、筆者のPENにとっては絶好の撮影場所ではないか!?
1950年代、世界各国のカメラメーカーは「今までよりも簡単に操作できるカメラの開発」に熱を入れていた。プラスチックという、金属よりも安価に大量生産できる素材が一般化し、各メーカーはより低コストのカメラを開発できるようになったのだ。
昔のカメラは、レンズの絞りやシャッター速度、焦点距離などを全部自分の手で設定しなければならなかった。カメラを構えてリリースボタンを押せばポンと撮れる……という代物ではない。それを極力簡略化し、専門知識のない子供でも撮影できるようにしよう。
しかし、簡略化を達成するにはどこかで必ず「機能の犠牲」を経なければならない。また、発売価格を安価にするとなるとどうしてもチープな製品になってしまいがちだ。
実際に製品としての質を落としたカメラも少なくない中、PENは「譲れない部分はチープにしない」という考えを貫いた。安価なカメラにはコスト面で不向きなテッサー型レンズを採用し、シャープで質の高い写りを目指した。
これには「PENがハーフサイズカメラだから」という事情もある。35mm版を縦に半分に割ったハーフサイズカメラの写真は、引き伸ばす過程でどうしても画質が悪化する。それを補うためのレンズ性能である。
文句なしの発色
実際に、このPENで撮影するとどのような写真が出てくるのだろうか。
今回の使用フィルムは『FUJIFILM 400』。本当は白黒フィルムを使いたかったが、こちらは現像に時間がかかるため、やむなくカラーネガフィルムを使う。
ビックリするほどシャープな写りである。いや、まさかここまで発色がハッキリしているとは!!
明るい色に着色されたプラモデルを撮影すれば、それをよく観察することができる。筆者はもっと「エモい」仕上がりを予想していたのだが、実際にできたのは現代のデジカメと肩を並べられるんじゃないかと思えるほどのしっかりとした画面。
なお、中央に黒い線が入っているのは、これがハーフサイズカメラだから。本来であれば、半分を1枚として印画紙に焼き付ける。
発売当時の「6,000円」とは?
PENは当初から「6,000円で買えるカメラ」を目指して開発された製品である。
1959年当時の6,000円とは、どれほどの価値だったのだろうか?
1960年、プロ野球を引退して間もない馬場正平(ジャイアント馬場)は力道山から月給5万円を約束されてプロレスに転向したが、のちに「試合もしてねぇのにとんでもない」と3万円に値切られた……というエピソードがある。なぜ5万円だったかというと、馬場が巨人に在籍していた最後の年の月給と同じ条件だからだ。投手だった馬場は巨人にいた5年の中で、その殆どを二軍暮らしに費やした。つまり、月5万円とは巨人の二軍投手を雇えるほどの価値だったということだ。
馬場は高校を中退して巨人軍に入団したが、ごく普通の高卒者の初任給はせいぜい8,000円程度ではなかったか。その中で、カメラといえば2万円もしくは3万円もする代物だった。「手軽なカメラ」自体が存在しなかったのだ。
PENの6,000円という小売価格は、まさに革命的だった。
インフレーション時代の救世主
そんなPENは、令和の今においても安価に買い求めることができる製品である。
筆者自身、この個体をヤフオクにて6,800円で落札した。1959年の発売価格と大差ない数字である!
現在、写真用フィルムはサイズを問わず高騰し続けている。4月も富士フイルムは価格改定を行い、35mmカラーネガフィルムは20%以上も値上げするに至った。残念ながら、フィルムカメラは「財布に厳しい趣味」になってしまったのだ。
そんな状況下において、36枚撮りフィルムで72枚の写真を撮影することができるハーフサイズカメラは、フィルム写真家の間では「インフレーション時代の救世主」となりつつある。それもただ単にコスパが良いだけでなく、
「こんな写真、見たことない!」
と言わせてくれるような極上の1枚を確実に撮ってくれるのだ。
文/澤田真一
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