
2025年に大阪・関西万博(EXPO 2025)が大阪・夢洲で開幕しました。会場面積は約155ヘクタールにもおよび、パビリオンの数は180以上と、2日かけても回りきれないほどの規模です。
万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン(Designing Future Society for Our Lives)」であり、人々が未来の社会像を共に描く場となっています。そんな万博会場で注目を集めているのが、NTTグループが出展するNTTパビリオンです。
NTTパビリオンの概要
NTTパビリオンは会場東ゲート近くに位置し、「PARALLEL TRAVEL(パラレル・トラベル)」をテーマに掲げています。これは「時空を旅するパビリオン」というコンセプトで、次世代情報通信基盤「IOWN(アイオン)」を活用した空間伝送技術によって、離れた場所とその場の空間そのものをつなぐ体験を提供するものです。距離を超えて“場”を共有し、お互いの存在を感じあえる未来のコミュニケーションを体感できるよう設計されています。
NTTパビリオンの外観は白い格子状の外壁に囲まれた未来的な建築デザインが特徴です。パビリオン建物は「感情をまとう建築」をデザインコンセプトに、3棟の展示棟と1棟の管理棟から構成されています。柱の代わりに国内初採用となるカーボンファイバー素材のテンション構造(張力構造)を使い、大空間を実現するとともに建材の軽量化・省資源化も図られています。外壁を覆う格子状のポリエステル布は後述する体験と連動して動的に変化し、建物全体が来場者の感情に呼応する演出も凝らされています。まさに見た目から未来を感じさせるパビリオンで、多くの来場者の関心を集めています。
次世代通信基盤「IOWN」とは?
NTTパビリオンの核となる「IOWN」とは、NTTが提唱・開発を進める次世代情報通信基盤の名称です。IOWNはInnovative Optical and Wireless Network(革新的光・無線ネットワーク)の頭文字から名付けられており、光技術を中心とした新しい通信プラットフォームの構想です。現在の通信ネットワークと比べて「大容量」「低遅延」「低消費電力」を兼ね備えていることが大きな特徴で、ネットワークの端から端まで信号を光に置き換え、さらにコンピュータ内部の処理にも光技術を取り入れることで飛躍的な性能向上と省エネを目指しています。例えばIOWNでは、従来より格段に高速なデータ伝送やリアルタイム性が求められる通信が可能となり、通信の遅れ(レイテンシー)や容量不足による制約を大幅に低減できます。また光技術の活用によりエネルギー効率が高まり、データ量増大時代における消費電力の課題にも対応する革新的な基盤となっています。
NTTはIOWN構想によって、「まるで相手が隣にいるような存在を感じるコミュニケーション」を実現したいと考えています。離れた人同士が視覚・聴覚だけでなく、触覚や嗅覚、味覚といった五感すべてでつながる世界が将来当たり前になるだろう、とNTTは予想しており、その未来に向けて研究開発を進めているのです。IOWNは単なる通信速度向上ではなく、人と人、人と世界の関わり方そのものを変革しようとする壮大なビジョンなのです。
今回の大阪・関西万博は、NTTがこのIOWNの技術を一般の方に体験してもらう初めての大規模な場となっています。実際、万博開幕前の2025年4月2日には、IOWNを活用した世界初のリアルタイム3D空間伝送実験が行われました。大阪・吹田市の万博記念公園(1970年の大阪万博会場跡)に設置したステージ上のパフォーマンスを、約25km離れた夢洲のNTTパビリオンにIOWNネットワークで丸ごと伝送し、映像と音声、さらに振動までリアルタイムに再現することに成功したのです。この実験では、日本のテクノポップグループPerfume(パフューム)が新曲ライブを披露し、その模様を空間ごと遠隔地に届けるという前例のない試みが実現しました。NTTの最先端技術とエンターテインメントが融合したこの成果は、「離れた場所でも同じ体験を共有できる未来」を象徴する出来事となりました。
NTTパビリオンで体験できる未来のコミュニケーション
NTTパビリオンでは、IOWNの技術を駆使した未来のコミュニケーション体験を3つのゾーンに分けて紹介しています。1回の体験ツアーは約70名が参加でき、所要時間は20分程度で、各ゾーンを順番にめぐるガイドツアー形式になっています。それでは各ゾーンでどのような体験ができるのかを見ていきましょう。
• Zone1:コミュニケーションの進化と普遍 – まず最初のゾーンでは、人類のコミュニケーション手段の進化を振り返りつつ、その本質的な価値を体感できます。展示ブースには古今東西の通信手段の道具が並んでおり、手紙、モールス信号機、黒電話(手回し式の電話機)、そしてスマートフォンに至るまで、時代ごとの通信機器が実物展示されています。背面の大型ディスプレイでは、通信技術の歴史や人々のコミュニケーションの移り変わりを示す映像が映し出され、コミュニケーションが人間にもたらす「感情」や「つながり」の普遍的な大切さを感じられる構成です。
• Zone2:IOWNによる3D空間伝送体験(メインコンテンツ) – 続くゾーン2では、NTTパビリオンの目玉ともいえるリアルタイム3D空間伝送のデモンストレーションを体験できます。世界的テクノポップユニットPerfumeがスペシャルパフォーマーとして登場し、IOWNの技術によって彼女たちのライブパフォーマンスが目の前に再現されます。参加者は3Dメガネを装着し、立体映像で映し出されるPerfumeのダンスを鑑賞します。その映像はまるでPerfume本人が目の前にいるかのような迫力で、時間と空間を超えてライブに立ち会っている感覚を味わえます。また、床下には百数十個もの振動子が埋め込まれており、Perfumeのステップに合わせて振動が伝わってきます。足元から体に伝わるリズムにより、本当のライブ会場に近い臨場感を体感でき、視覚・聴覚に加えて触覚でもパフォーマンスが楽しめる仕掛けです。離れた場所にいるPerfumeのパフォーマンスをその場に居ながらにして五感で“追体験”できるこのゾーン2は、IOWN技術の凄さを直感的に感じられるハイライトと言えるでしょう。
• Zone3:「Another Me」未来の可能性との出会い(エピローグ)– ゾーン3では、仮想世界に存在する「もう一人の自分」と対話するというユニークな体験が用意されています。入口でまず参加者全員が全身写真を撮影し、それを元に仮想空間上に自分の分身である「Another Me」を生成します。生成AI(人工知能)技術を活用したシステムにより、そのバーチャルな自分の容姿や表情を自由に変化させたり、年齢を若返らせたり、さらにはダンスを踊らせたりすることもできます。壁一面の大型スクリーンに映し出された「もう一人の自分」は、まるで鏡の中の別次元の存在です。普段の自分とは異なる姿で動く様子を見ることで、自分の新たな可能性や個性に出会う不思議な感覚が得られます。日常ではなかなか味わえない「自分との対話」を通じて、未来の自分像を想像したり、自己理解を深めたりできるでしょう。
各ゾーンの体験を終えた後、出口付近には体験の余韻をさらに深める追加展示も用意されています。例えば、「せかいがきこえる伝話」と題したブースでは、誰もが共感できる身近な日常の一場面を再現し、人と人との心温まるコミュニケーションを振り返ります。また、万博会場内の別のパビリオンである「いのちの動的平衡館」とNTTパビリオンとをIOWNのネットワーク(いわゆるオールフォトニクス・ネットワーク/APN)で結び、**お互いの心拍(鼓動)を含むデータを伝送し合う実験的展示もあります。離れた場所同士で鼓動を感じ合えるこの「いのちふれあう伝話」では、音や映像に加えて触覚情報まで共有することで、人と人の命のつながりを実感することができます。さらに、自分の「Another Me」から音声メッセージが届いたり、NTTが開発中の大規模言語モデルAI「tsuzumi」と会話ができる「Another Me Planet」というコンテンツもあり、最新AIとの対話体験も楽しめます。このようにNTTパビリオンでは、通信技術がもたらす未来のコミュニケーションを様々な切り口で体験でき、来場者は終始ワクワクしっぱなしの20分間を過ごすことになるでしょう。
IOWN技術の革新性がもたらす社会への可能性
NTTパビリオンで披露されているIOWNの技術は、単に万博の目玉展示というだけでなく、今後の社会に大きな変化と可能性をもたらすものとして期待されています。IOWNが実現する超大容量・超低遅延のネットワークは、人と人とのコミュニケーションのあり方を根底から変える潜在力があります。たとえば遠く離れた家族や友人同士が、まるで同じ部屋にいるかのように会話したり抱き合ったりできる「テレプレゼンス(遠隔臨場)」が日常化するかもしれません。離れた場所にいる人同士が触れ合いや臨場感を共有できれば、高齢化が進む社会で自宅にいながら介護や診療を受けたり、地方に住む子どもが都会の学校の授業をまるで教室にいるかのように受けたりすることも可能になるでしょう。また、エンターテインメントの分野でも、今回のPerfumeのようにアーティストのライブを世界中どこからでも現地さながらに楽しめるようになれば、コンサートやスポーツ観戦の在り方も大きく変わるでしょう。IOWNは人々の距離の壁を取り払い、「距離に縛られない豊かな生活」を実現する基盤として社会に貢献すると考えられています。
さらに、IOWNがもたらすもう一つの重要な価値が環境負荷の軽減です。現在、デジタル社会の進展に伴いデータ通信量が爆発的に増加しており、それに比例してデータセンター等の電力消費も大きな課題となっています。NTTはIOWN構想によって2030年代までに通信インフラ全体の消費電力を飛躍的に削減する目標を掲げています。具体的には、IOWNの技術でデータセンターの電力消費を2032年度までに現在の1/100にまで低減するという壮大な目標です。今回の万博のNTTパビリオンでは、その第一歩として光電融合デバイス(フォトニクスと電子の融合素子)を世界で初めて実装し、従来比1/8の低消費電力でリアルタイム空間伝送を実現することに成功しました。この成果は、IOWN技術が将来いかに省エネで持続可能なICTインフラを構築できるかを示す重要な証と言えます。今後IOWNが普及すれば、私たちがインターネットやクラウドサービスを利用する裏側で消費されるエネルギーが大幅に削減され、地球環境への負荷軽減にもつながるでしょう。
NTTパビリオンでのデモ体験は、このように技術と社会課題の両面にアプローチしたIOWNの可能性を肌で感じさせてくれます。未来の通信基盤が実現すれば、人々の生活様式や社会の仕組みはどう変わり得るのか――来場者は体験を通じて、その一端を垣間見ることができるのです。技術の最先端を楽しく体験しながら、同時にその技術がもたらす未来への展望を感じられるのも、万博ならではの醍醐味でしょう。
おわりに
大阪・関西万博のNTTパビリオンで展開されている次世代通信基盤「IOWN」を軸とした体験は、訪れた人々に未来のコミュニケーションの姿を鮮烈に印象付けています。高速・大容量かつ低遅延の通信によって物理的な距離を超え、人々が感動や喜びをリアルタイムで共有できる世界は、決して遠い夢物語ではないことを実感させてくれます。会場で繰り広げられる体験を通じて、「技術の進歩が人々のつながり方をどう変え、私たちの暮らしをどう豊かにしてくれるのか」という問いに対する希望ある答えの一端が示されているように感じられます。
大阪・関西万博は、最先端技術のショーケースであると同時に、人類の未来に向けたメッセージの場でもあります。NTTパビリオンのような取り組みは、テクノロジーが人々の幸せや社会課題の解決にどう貢献できるかを楽しく体験させてくれます。万博会場を後にする頃には、誰もが未来への期待とポジティブなエネルギーを胸に抱いていることでしょう。IOWNが拓く次世代の通信基盤は、未来社会をより良く変えていく大きな原動力となるはずです。NTTパビリオンでの体験をきっかけに、私たちも未来の暮らしに思いを馳せながら、来るべき新時代に想像を膨らませてみてはいかがでしょうか。
文/スズキリンタロウ