
SNSの普及で、これまでの定義では人間関係とは呼べない新しいタイプの人的交流が出現している。この新たな人的交流は一部の人々にとって不気味で危険な「妄想の培養器」になるという――。
昔から映画スターやアイドル、有名人などのファンになって“追っかけ”をしたりする人々はいるが、その一方で思いをこじらせたファンがストーカー化して事件になることもある。
かつてはこうした事件の被害になるのはひと握りの芸能人や有名人などだけであったが、SNSが普及した今日、もはやSNSユーザーの誰もがこうしたことに巻き込まれる可能性があるとも言えそうだ。なぜならSNSにはさまざまな思い込みを膨らませる温床の側面があり、SNSを利用をするということは、人々のこうしたさまざまな“妄想”のすぐ近くに身を置くことなのである。
「SNSによる妄想増幅」とは?
カナダ、サイモン・フレイザー大学の研究チームが今年2月に「BMC Psychiatry」で発表した新しい研究では、SNSは妄想的思考の“培養器”として機能し、歪んだ自己認識を強化し、過剰な精神主義的認知を促す可能性がある「SNSによる妄想の増幅」という新しい概念モデルが紹介されている。
研究チームは、SNSを頻繁に利用する精神疾患を抱える人々が妄想的な自己像を構築・維持している可能性があることに着目し、脆弱な個人の現実感覚の歪みを招いているという仮説を立てた。
SNSの使用と精神疾患との関連性を調査するため研究チームは、2004年から2022年の間に発表されたこのテーマに関する2623件の学術論文のデータを分析した。
このうち155件の研究が研究対象基準を満たし、研究チームによる分析レビューでは統合失調症、双極性障害、身体醜形障害、摂食障害、自己愛性人格障害、境界性人格障害、自分が相手に愛されていると妄想的確信を抱いている状態であるエロトマニア(erotomania)など、社会認知に関連する精神疾患に焦点が当てられた。
研究チームはこれらの障害を持つ人々がSNSをどのように利用しているか、その利用頻度、関わり方(投稿やコメントの状況など)、そして症状への影響などについて調査した研究を特定した。またSNSでのやりとりによって精神疾患症状が誘発されたり悪化したりした人々の症例報告も検証した。
■妄想性思考を伴う人はSNSの利用率が高い
分析の結果、妄想性思考を伴う精神疾患を持つ人々において、SNSの利用率が不釣り合いに高いことが明らかになり、最も強い関連性が見られたのは、ナルシシズム、身体醜形障害、摂食障害を持つ人々で、彼らは自己イメージの構築と正当化のためにSNSに依存する傾向があることが特定された。
これらの人々は、過度な自撮り、他者との強迫的な比較、オンライン上のユーザーからのフィードバックの強迫的なチェックといった行動が見られる。
特にエロトマニアはSNSによって症状が促進されやすく、SNSで有名な人々をフォローしたり、交流したり、メッセージを送ったりできることで、個人的な関係があるという幻想が生まれ、強迫的な行動や社交的メッセージの誤解につながる可能性が高まる。
研究者らは「SNSによる妄想増幅」と呼ばれるモデルを提唱し、SNS環境がいかに歪んだ自己認識を助長するかを説明し、不安定な自己意識を持つ個人は、より一貫性のある、あるいは理想化されたアイデンティティを構築するためにSNSを利用する可能性があると指摘する。
なぜSNSによって妄想が膨らむのか?
妄想を膨らませ、歪んだ自己イメージが醸成されることで何が問題になるのか。
SNSでのやり取りには現実世界との関連性や説明責任が欠けているため、期待や願望で歪んだ自己認識は現実からますます乖離していく可能性がある。SNSの仮想世界はユーザーが現実世界の矛盾を感じることなく妄想を維持することを可能にし、歪んだ信念を時間とともに強化していくのだ。SNSはまさに「妄想の培養器」になっているのである。
たとえばYouTube視聴が日課になっている人々の多くはお気に入りのユーチューバーがいると思うが、そのユーチューバーとどのように交流するかはさまざまで、イベントなどに参加して実際に対面交流する者もいれば、一切交流はせずに単に視聴しているだけというケースも少なくないだろう。
時折コメント欄に書き込んだりすることはあるにせよ、おおむね視聴しているだけの一方通行の人間関係は「パラソーシャル(parasocial)」な関係とも呼ばれており、かつてはその対象は一部の芸能人や有名人だけであったが、SNS全盛の今日、ユーチューバーをはじめとするパラソーシャルな関係を築くことができる人物はそれこそ無数に存在する状況になっている。
一方通行の人間関係に潜む闇
一方通行の人間関係であるパラソーシャルもまた人的交流であり、ユーチューバー側は面識はないにせよ不特定の視聴者の目を意識して発信していることから、やはりそこには“人間関係”があると言わざるを得ないのだ。
そして「妄想の培養器」であるSNSにおいてこのパラソーシャルな人間関係は現実と乖離した願望や思い込みで形作られやすいことになり、しかもその膨らんだ妄想が誤りであることを指摘する声は自分以外からはほぼ発せられない。
妄想が妄想のまま個人の中で完結している限りにおいては何の問題もないと思われるが、「妄想の培養器」の中で膨らんだその思い込みが何らかの展開を見せることがないとも限らない。その場合、その妄想は現実に則するものではなく否定されることはほぼ間違いないため、往々にして悲劇的な顛末を辿ることになりそうだ。今年3月には動画のライブ配信中の女性が路上で襲われ命を落とすショッキングな事件も起きている。
2015年の調査で世界中で20億人を超える人々がSNSを積極的に利用しているといわれ、10年後の現在はさらにユーザーが増えているのは確実だが、その利用にあたってはSNSにあるこうした深い闇についてもよく理解しておかなければならない。
※研究論文
https://bmcpsychiatry.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12888-025-06528-6
文/仲田しんじ
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