
秋葉原電気街の目抜き通り、雑居ビルの1階は所狭しとフィギュアが並ぶ中古ショップ。
エレベーターで2階へ上がり、トビラが開くと、ピンクの内装と萌えソングのBGMが迎えてくれた。一見メイドカフェのようだが、ここは「アキバ歯科」。正真正銘の歯科医院だ。
オタクの夢が詰まった萌え歯医者
コンセプトは「萌え歯医者」。院長の湯川譲治さんを除けば、歯科助手も歯科衛生士も、受付スタッフも、全員メイド風のコスプレで迎えてくれる。
「おかえりなさいませ、ご主人様♥」とまでは言わないが、患者をあだ名で呼ぶ(希望する場合)などスタッフの接遇はフランク。趣味のコスプレやアニメの話で、患者と盛り上がることも少なくない。
壁には湯川さんが集めたコスプレイヤーのチェキが並ぶ(ツーショットも多数)。
「彼女はウチの歯科助手の近衛りこさん。フォロワーが20万人以上いるコスプレイヤーなんです」と、ちょっと大胆なコスプレ写真を見せてくれた。どうやら、筆者が知っている、あのそこはかとない緊張感が漂う歯科医院とは、流れている時間が違うようだ。
もちろん施術もコスプレ姿で行い、希望すれば歯科衛生士の「指名」(チェキ付き)も可能だ。
歯ブラシ+当日撮影のチェキ+推しのスタッフとのはみがき練習がセットになった「キラキラはみがきセット」も3000円で販売している。(ともに物販として提供)
「歯医者が怖い」をなくしたい
ご想像のとおり、湯川さんは、自身もコンセプトカフェの常連で「推しに使う金は惜しくない」と豪語するゴリゴリのオタクだ。それだけに「ファッションオタク(オタク受けを狙って表面的にオタクのふりをする人)とだけは思われたくない」と言い、あくまで「ホンモノ」にこだわる。
「コスプレが好きで、歯科の資格を持つ」超希少人材を、自らコンカフェに通い詰め、自らリクルート。今では20人弱の組織になった。
「最初は興味本位の患者さんが多かった」というが、3年目にして予約は埋まり、2院目の開業も視野に入れるほどに。
「趣味全開でやってます」と高笑いする湯川さんだが、背景には、サポートしなければならない患者の存在がある。開業以前には、大学病院で「歯科恐怖症」の患者の治療にあたっていた湯川さん。場合によっては投薬、時には全身麻酔を使用しなければ、治療ができないこともあるという。
しかも、「歯医者が怖い」ということに恥ずかしさを感じ、素直に不安を訴えられない人が多い。一般に注目されることは少ないかもしれないが、実は根深い問題なのだ。
一方、湯川さんもはじめから、現在のような「萌え歯医者」を構想していたわけではないが、自身が通うコンカフェの中に、ヒントを見出していた。
「人に言えない内面の秘密を、推しと互いに話すことが楽しかった」と湯川さん。「歯医者が怖い」も、共有してうれしい秘密にできるのではないかと考えた。
はじめは「近くのコンカフェを待合室代わりに使えれば」程度に考えて、秋葉原での開業を検討したらしい。ただ、近衛さんをはじめ、人材との運命的な出会いがあり、条件のよい物件も見つかった。「すべてが、そっち(萌え歯医者)に向かっている」と直感し、現在のスタイルを作り上げたという。
「歯医者もひとりの人間。先生と呼ばれるより、近くで寄り添う人間だと思ってほしい」と湯川さんは自身のスタンスを語る。「私もスタッフも(趣味の話題も含めて)よくしゃべります。説明しなければならないことはたくさんあるし、質問や相談がしやすい雰囲気にはなっていると思います」(湯川さん)
それにしても、湯川さんにとってアキバ歯科での仕事は、好きなメイドカフェに毎日通っているようなもの。かわいいメイド助手(衛生士)たちに心を惑わされないのか、 と聞いてみると…
「それもそうだ、とは思うのですが…必死な仕事モードのときは、あまり意識しなくなりました。だから、プライベートではコンカフェにはちゃんと通って、上客でいられるよう、しっかりお金を使ってますよ笑」。
趣味も仕事も全力なガチオタ歯科医がつくった唯一無二の空間。ぜひ体験してみてはいかがだろうか。
取材・文/小越建典