
「にじさんじ」のANYCOLORと、「ホロライブ」のカバーの業績が堅調に推移しています。2社ともに物販に力を入れており、推し活人気も相まって稼ぐ力を高めているのです。
VTuber事業にはグリーや大丸松坂屋百貨店も参入するなど、市場の過熱感も顕著。一方で、登録者数世界一の「がうる・ぐら」が「ホロライブ」からの卒業を発表するなど、大物VTuberの離脱という課題も目立ち始めました。
イベントの売上が2倍に拡大したANYCOLOR
ANYCOLORは3月に2025年4月期通期業績の上方修正を発表しました。売上高は従来予想比4.4%増の407億円、営業利益は同4.1%増の154億円に引き上げています。2024年4月期は、営業利益が期初予想をやや下回って着地していました。
改めて、ANYCOLORの強さを見せつけた形です。
※決算短信より筆者作成
上期はグッズの発送スケジュールの遅延が発生。売上が計画を下回るなど苦戦を強いられていました。しかし、3Qでは遅延を解消してコマースの売上が回復しました。グッズ販売のコマース事業は、売上高全体の6割程度を占める重要な収益基盤。ANYCOLORの株価は2月12日の高値3570円から3月4日には2722円まで23.8%下がりました。収益性の低下に市場が警戒していた様子がわかります。
決算発表後の3月18日には一時3565円をつけており、早期の課題解消がポジティブに判断されました。
これまで強みが発揮できていなかったイベントも成功させています。3Qは「にじさんじ歌謡祭2024」、「NIJISANJI COUNTDOWN LIVE 2024→2025 」などの大型イベントを開催。3Q単体のイベント事業の売上高は前年同期間のおよそ2倍となる14億2800万円に急拡大しました。
トレーディングカードの大ヒットで念願の物販を強化
カバーも収益性を高めています。
2月に2025年3月期通期業績の上方修正を発表。売上高を従来予想比15.1%増の420億円、営業利益を同1.4%増の74億円に修正しました。カバーは2022年3月期の営業利益率が14%ほどでしたが、足元では18%程度にまで高めています。
その主要因となっているのが、ANYCOLORのコマースに該当するマーチャンダイジング分野の拡大。3Qは前年同期の2倍となる54億4800万円に拡大しています。
カバーはもともとライブやイベントに強みを持っていました。しかし、大型のイベントは人件費や資材の高騰によって採算性が悪化しています。そうした中で、戦略的に利益率の高いマーチャンダイジングを成長させてきたのです。
売上の急成長に寄与しているのが、2024年9月に発売したトレーディングカード「hololive OFFICIAL CARD GAME」。これがヒット商品となりました。
カバーは3割だったマーチャンダイジングの売上比率を5割にまで引き上げることに成功しています。この領域の拡大は悲願とも言えるもので、会社が勢いづいていることを示す好材料になりました。
国立国会図書館にまで足を運ぶようになったVTuber活動
こうした中で、「がうる・ぐら」の卒業が発表されたのです。
「がうる・ぐら」は470万近い登録者数を持つ、世界トップのVTuber。「ホロライブ」の看板タレントとも言える人気者でした。卒業の理由として、運営側との意見の相違を挙げました。
これまでも、「湊あくあ」や「紫咲シオン」など登録者数が100万を超える大物VTuberが「ホロライブ」から相次いで卒業しています。そしてやはり、似た理由を挙げています。
これは何も「ホロライブ」だけに限りません。「にじさんじ」に所属していた「セレン・龍月」を半ば強制的に契約解除したのは有名な話。本人はマネジメント体制の不満を口にするなど、炎上騒ぎになりました。
VTuberの運営会社はマネジメントの難しさという壁に直面しているのです。
卒業したタレント本人が、具体的にどのような悩みを抱えているのかはわかりません。ただし、VTuber市場が成熟する中で、会社の方向性が変化しているのは確か。そして、VTuberのマルチタレント化が進みました。
動画配信においては、ゲーム配信などの鉄板ネタをベースとしつつも、視聴者を引き付けるための企画を考え続けなければなりません。「にじさんじ」の人気VTuber「月ノ美兎」が、2024年8月に「「カチカチ山」とかいう和製サウスパーク、いつからヌルくなったのか」という動画を公開し、その企画力と並外れたリサーチ力が大いに話題になりました。国立国会図書館にまで足を運んで検証したというこの動画は、200万近く再生されています。
これは本人が好きだからこそできた離れ業ですが、動画の再生数を伸ばすためのハードルが上がっているのは間違いありません。
VTuberに高い企画力と実行力が求められるようになっているのです。
経営陣と対話する頻度の強化を図るカバー
そして、ANYCOLORもカバーも音楽活動に力を入れています。VTuberは歌やダンスで視聴者を魅了するのが当たり前になってきました。「ホロライブ」の「轟はじめ」などは、プロ顔負けのダンスを披露することで知られています。
それに加え、人気VTuberや同期によるユニットで活動することも頻繁にあります。人間関係に配慮する必要が出てくるのです。ファンを大切にしつつ一人でのんびり活動したい考えるタレントにとっては、会社の要求が煩わしいと感じるかもしれません。
カバーはマネジメント部門の再編を行い、手厚くサポートする体制を整えました。国内外で影響力のあるインフルエンサーのマネジメント組織を統括していた人物を責任者として採用。経営陣とタレントの対話頻度を強化し、事業展開に対してタレントの声を反映しやすい形に変更しました。大物VTuberの相次ぐ離反を受けてのものでしょう。
卒業後したVTuberが「転生」と称して新たに活動することは珍しくありません。マネジメント事務所は、そこに所属するメリットを際立たせる必要があります。
文/不破聡