
新橋駅前のSL広場からすぐ、2024年11月にオープンした「グランハマー」。地下1階から屋上まで9フロアにわたり、「観る・食べる・遊ぶ・癒す」を体験できるフードエンターテインメントレジャービルとして注目を集めている。
その6階にあるのが、一風変わったスナック「蜜柑」。カウンターにはなんと「ことばのプロ」であるアナウンサーが立ち、会話を盛り上げる。文化放送のキャスティング事業部が窓口となり、スナック×アナウンサーという異色のコラボレーションを実現した場所だ。
「蜜柑」とはどんな場所なのか、座・グラン東京窓口責任者の今村昂平さんと株式会社浜倉的商店製作所トータルディレクターの安藤 素さんに取材した。
日本の酒場文化を次世代につなぐ施設「グランハマー」
「蜜柑」を運営する株式会社浜倉的商店製作所の安藤さんによると、同社は2008年に「恵比寿横丁」をオープンさせて以来、約20年間にわたり日本の酒場文化をアップデートし次世代に繋ぐ取り組みを続けてきたという。
「当時、横丁や大衆酒場は若い人が行く場所ではなく、特に20代の女性はとても入れる雰囲気ではありませんでした」と安藤さんは振り返る。
その実態を”もったいない”と感じた同社代表は「自分らしく楽しんで飲める場所は大衆酒場や横丁だ」という考えのもと、若い人でも足を運びやすい横丁として恵比寿横丁を開業。そこで横丁を楽しんだ若者が、従来の横丁や大衆酒場にも興味を持ち、酒場文化が活性化する、という好循環を生み出すことを目指した。
この20年間で恵比寿横丁、渋谷横丁、新宿カブキhallなどを展開してきたが、「ただ美味しいだけでは当たり前の時代」となり、エンタメや体験を加えた新たな展開として「グランハマー」が誕生した。
「1階には居酒屋があって、誰でも気軽に入れる。横丁にいる流しさんと一緒に歌うとカラオケをしたくなる、上の階に行けばショーをやっている、さらに上がると芸者さんもいる、地下に行くとまた別の楽しみもあって……。言うなれば、横丁だけではできなかった要素が縦に積み重なった『縦丁』といったところでしょうか」(安藤さん)
グランハマーは、昭和時代にあったレジャービルの魅力をふんだんに踏襲した施設とのこと。令和版の「飲食を中心としたエンタメレジャービル」の構想の中には、昭和文化を象徴するスナックも当然必要だということで「蜜柑」が誕生した。
「居酒屋を楽しんだ後、二次会でカラオケやスナックに行くというのは、昭和世代からすると当たり前の流れでした。だからスナックは絶対に必要だったんです」と安藤さんは語る。
なぜアナウンサーがスナックのママに?
「蜜柑」が一般的なスナックと大きく異なるのは、カウンターに立つのが現役アナウンサーであること。言葉を巧に扱う彼女らが提供するのは、質の高いコミュニケーションだ。
今村さんによると、「スナックを開くことはもともと決まっていましたが、ママにアナウンサーを抜擢することになったきっかけは、アナウンサーの方から『やりたい』という声があがったことでした」とのこと。
アナウンサーたちの「一日ママをやりたい」という希望が契機となり、さらにメディアの多様化が進む中で、「リアルな場所」を求めていた文化放送との10年以上の関係性も相まって実現した企画だという。
文化放送のキャスティング事業部と連携し、日替わりでさまざまなアナウンサーがキャストを務める。そのため、訪れる日によって異なる「ことばのプロ」との時間を楽しむことができる。
さらに「地方と都市部をつなぐ」というビジョンのもと、都市部のアナウンサーだけでなく地方在住のアナウンサーもキャストとして迎える予定とのこと。「ご当地ママ」や「出張ママ」といった企画も構想中だ。
スナックでも輝くアナウンサーの圧倒的スキルとは?
「蜜柑」に立つアナウンサーたちは、プロだからこその能力を発揮している。今村さんによると、単なるスナックのママ役ではなく「お客様が楽しめる会話を前提としながら、誰にスポットライトを当てるかなど、独自の工夫をしてくれています」とのこと。
実際、アナウンサーの強みは多岐にわたる。「カラオケの声が綺麗なのも特徴ですし、ただ普通に話している時でも声のトーンが美しく、滑舌も綺麗です」と今村さん。「たった一言『司会進行は○○です』と言うだけで、一瞬で場の雰囲気が盛り上がるんです」
会話においても、語彙力があって返しが早い。「言葉の戦いでは絶対に勝てません。リターンがすごいんです。1つ言うと、15くらい返ってくるんですよ。一瞬で論破されますから(笑)。下手に勝負を挑まないほうがいいですよ」と、自身の経験を元にしたアドバイスをいただいた。
ことばのプロを相手に舌戦を挑むことができるのも、ここならではの魅力なのかもしれない。
さらに「聞くタイミングと話すタイミングの切り替えや、間の取り方も絶妙。一般的なスナックだと単に『もっと飲んでくださいよ』となるところですが、お客様のほうが『もっと話したいから』と、自然と追加で注文してくれています」と、今村さんはアナウンサーの技術の高さを伝えてくれた。
「普通のスナックでは、若い子が何も喋れず、おじさんが気を遣って場を盛り上げようとする場面を何度も見たことがあります」と今村さん。
蜜柑に立つアナウンサーは、インタビューやMCで培った話を聞く技術を活かし、その場の全員から自然な会話を引き出してくれる。
多彩なフロアで体験する新しい日本文化
グランハマーには「蜜柑」だけでなく、ユニークな体験を提供する施設が他にもある。例えば、「蜜柑」と同じフロアにある「紅艶」では、気軽に芸者遊びが体験できる。
「芸者さんとのお座敷遊びができる料亭などは、通常一見さんでは入れません。ですが、『紅艶』は誰でも入店が可能です。さらに一度ここに足を運んでいただくと、一見さんではなくなるので、その芸者さんがいらっしゃるお店にも今後行けるようになるんです」と、画期的なシステムについて安藤さんは説明する。
細かなルールはなく、1万5千円から体験できるハードルの低さも魅力だ。このように、歴史ある文化を体験しやすい形で提供することで、若い世代にも日本文化に触れてもらう工夫がなされている。
グランハマー全体の構造も独特だ。地下1階の「海女城」では、中央に約20トンの水槽を設置した空間で海女さんによる素潜り実演を見ながら、産地直送の料理を楽しむことができる。
1階と2階の「シンバシyokocho」では地域別の酒場が集結し、全国各地の料理を楽しめる。3階のショーレストラン「座・グラン東京」、5階のエンターテインメントフロア「HAMACLUB」など、フロアごとに異なるコンセプトで多様な体験を提供している。
スナック文化の新たな可能性
「蜜柑」では、単に「スナックのママ」を演じるのではなく、アナウンサーたちが普段培っている技術や、コミュニケーション術を活かしたおもてなしが魅力だ。ボトルを開けるだけ、お酒を勧めるだけといった従来のスナックとは一線を画す、洗練された時間が流れている。
さらに「蜜柑」では今後、従来のスナックの枠を超えた体験を提供していく計画だという。
今村さんによると「今後は『ヒーローインタビュー体験』や、ナレーションの仕事をする方に台本を読んでもらうなど、普段体験できないコンテンツを展開予定です」とのこと。
「若い世代にもぜひ気軽に足を運んでほしい」と今村さんは繰り返す。
特に入りやすい時間帯として18時から20時を挙げる。21~23時は混雑するが、早い時間帯ならゆっくり話してもらえるという。
チャージ料は8000円で、平均1万2000~3000円ほどで楽しめる。さらに、時間制限がないのも大きな魅力だ。
「最近はスナックも時間制が多いですが、私たちは明朗会計で、若い人でも無理のない金額で、最大限楽しめるような料金設定を心がけています」と今村さんは強調する。
現在の客層は40~50代の男性サラリーマンを中心に、大人数のグループや女性客も訪れている。「蜜柑」という名前のカジュアルさや、商業ビルの中にあるという立地も、スナック初心者にとってのハードルの低さにつながっている。
「昔の商店街では、昼は喫茶店、夜はスナックに変わるお店もありました。それはすごく楽しい場所で、家族みんなで来るような場所でした」と安藤さんは昔のスナック文化を懐かしむ。
グランハマーの魅力は、昭和時代にあった「レジャービル」の概念を現代的に再解釈し、一つの建物の中でさまざまな体験ができる点にある。居酒屋から始まり、ショーを見て、アナウンサーのいるスナックで一杯……というような、多様な日本文化を一晩で体験できる場所としての価値を提供している。
こうした取り組みは、単に昔の良き文化を懐古するのではなく、現代のライフスタイルに合わせてアップデートし、次世代に継承していく大切な試みだろう。
「蜜柑」を含むグランハマーの挑戦は、日本の酒場文化と都市型エンターテインメントの新たな可能性を切り拓いている。
取材・文/宮﨑駿
フリーランスのライター・編集者。障がい者雇用メディアの立ち上げに参画し、編集長を経て独立。キャリア・働き方、マイノリティを主なテーマに掲げ活動。他にも漫画・アニメなどのエンタメ系コンテンツ、動物に関するコンテンツなどの執筆を手がける。趣味は漫画と愛犬との散歩。
撮影/小倉雄一郎